第7話 水泳練習

「俺たちも泳ぎに行くか」

「……そうですわね」


エルヴィーラ王女たちはめいめいに立ち上がる。


「遭難しないように、アーティファクトで結界を設けておりますし、トップレベルの探索者が四人もいるので大丈夫だとは思いますが……怪我などしないように、十分に気をつけてくださいね」

「もちろんです」


と、ぺちぺちと誰かが俺の背中を叩く。


「その……私、泳げないのだけれど」


振り返ると、玲奈がそう恥ずかしそうに主張した。

文武両道・質実剛健を地でいく万能人間のようなイメージがあっただけに、少し意外に感じる。


「えっと……俺もそこまで泳ぐのが得意というわけではないけど」


学校の授業でなんとなく泳げるようになったくらいだ。フォームもあまり綺麗ではない。


「……それでも、探索者なんだから、泳ぐのは速いでしょう?」

「水面を走る方が多分速いけどね……いいよ、早速いこうか」


俺はチラリと澄火とエルヴィーラ王女の方を見る。俺が玲奈と話しているうちに、2人揃って海に向かったようだ。

リリアとシュライエットは、パラソルの下でのんびりとするようで、片手にドリンクを持ってくつろいでいる。


玲奈と2人で行動しても、特に問題はなさそうである。


確か泳ぐ時に最初に覚えるのは、バタ足だった記憶がある。

俺は玲奈と共に腰が浸かるくらいの深さの場所まで移動して、玲奈に仰向けで浮かぶように言う。


「……怖いわね」


そう呟きつつ、すっとけのびの姿勢を取る玲奈。そっと両手を掴んで俺は後ろ向きに速歩きをする。

普通のビーチでこんなことをすれば危なくてしょうがないが、ここは俺たち以外誰もいないプライベートビーチだし、俺の直感が働いている限り誰かと衝突することはない。


ぷはっと玲奈は水面から顔を出す。


「そのままバタ足をしてみようか。足先だけじゃなくて、足の付け根から動かすイメージで」

「……こうかしら?」


持って生まれた才能なのか、すぐにほぼ理想的なフォームでバタ足をし始める玲奈。どうやら自分の中でフィードバックを高速に回し、修正を重ねていっているようだ。


「……だいたい掴めてきたわ」

「手を放しても大丈夫か?」

「ええ……ひゃん!」


玲奈が可愛らしい悲鳴をあげる。

遠くでと澄火が水面に着弾したズドンという音に驚いたようだ。着弾地点には大きな水柱ができて、パラパラと水滴が上から降ってきた。


どうやら、かなりはしゃいでいるようだ。


「もう少しこのままでお願いするわ」


玲奈はそう言ってぎゅっと手を握りしめてくる。若干涙目になっているような気もする。


「何かあっても守るから、大丈夫だよ。怖がることはない」

「そうは言ってもね……私はあなたたちと違って一般人なのよ。死んでもポーションじゃあ再生できのでしょう?」

「まあ、安心してくれ。澄火も少しすれば落ち着くと思うし、ああ見えて気遣いができるタイプだから、こっちに被害を及ぼすようなことは……多分ないと思う」

「……多分?」

「…………さあ、練習を再開しようか」


話すだけ墓穴を掘るような気がしたので、俺は強引に話を打ち切り、玲奈の手を引いた。

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