第5話 ユークリッド空間

今回の旅行の一大イベントはもちろん、海水浴である。

澄火に言われた通り、先にビーチへと向かうと、すでにエルヴィーラ王女の配下の人たちによって、ビーチパラソルやバーベキューセットなどが用意されていた。


俺はセットされているパラソルの下に腰を下ろして、澄火達を待つことにする。


「こちらをどうぞ」


と、ヴァイオレットさんが飲み物を持ってきてくれる。俺はお礼を言って受け取って飲む。

いわゆるトロピカルジュースというやつだ。かなり凝っていて、上から紫からブルーグリーンへと色の層ができている。


「その左手の指輪……」

「はい?」

「何かすごい力を感じます。先ほどはつけていらっしゃらなかったような」

「……まあ、色々とありまして」


俺は煙に巻こうとしたが、ヴァイオレットは踏み込んできた。


「先ほど見かけた澄火様も同じものをつけていらっしゃいました。ひょっとして、結婚の証ですか?」

「……いえ。“永遠とわに一緒にいる”という誓いの証ですよ」

「……何が違うんですか?」


ヴァイオレットが首を傾げる。


「結婚は愛によって成立するものでしょう?」

「澄火様との間に愛はないと?」

「ええ。依存ならありますが」

「愛と依存など……ほとんど変わりませんよ」

「全く違うものですよ。愛する人を失った時に残るのは哀しみですが、依存している人を失った時に残るのは世界の崩壊です」

「……少し意味がわかりません」

「まあ、戯言ですから」


俺の価値観を理解してもらおうとは思わない。


「澄火も俺との結婚は拒否するでしょう。代わりに他の人と結婚することもありませんが」

「……歪んでますね」

「人間関係なんて、そんなものです」


俺はトロピカルジュースをぐるぐるとかき混ぜる。紫とブルーグリーンは、混ざり合って禍々しい色になった。


「エルヴィーラ陛下を……どうするおつもりですか?」

「……はい?」

「この島に招くぐらいです。エルヴィーラ殿下も、あなたを憎からず思っているはずです」

「…………」

「あなたのその歪んだ関係に、殿下も巻き込むおつもりですか?」


歪んだ関係に巻き込む……か。


「……人はユークリッド空間に生きているわけではありませんよ」

「…………」

「探索者能力を持つ王族という特殊な立場に生まれてしまったのならば、ありきたりな関係は誰とも築けるはずがない……そのことはあなただってわかっているはずだ。

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