第3話 儀式

俺はダンジョンで手に入れた、肌触り抜群で保温性能も高いブランケットを腕輪から取り出して、玲奈にかけてやる。


「モテモテだね、旦那様」

「……あんまりからかわないでくれ、シュライエット」

「……む、あまり私の名前をみだりに言ってはダメだよ?」


注意されてしまった。

そう言えば、シュライエットの生まれた地の宗教では、名前というのは特別な意味を持っているんだったか。

少し軽率だった。


「すまん、えっと……バク」

「……まあ、“名を明かす”という儀式はやったから、今は許してあげる」


名を明かすという儀式……ひょっとして彼女が“旦那様”と呼ぶようになったことと関係があるのだろうか。


「儀式のことが気になる?」

「……まあ」


なんだか“旦那様”と呼んでいることもあるし、ひょっとしてプロポーズとかそういう特別な意味を持つのだろうか?


「だいたい旦那様が考えているので正解だよ。……まあでも、旦那様があまり気に負う必要はないよ。旦那様はあの宗教の一員ではないわけだし」

「……ちなみに、本来はどういうものなのか、聞いていいか?」

「うん。まず、名を明かし合うという行為は、普通はその人との深い結びつきを表す……例えば、婚約とか、親友とか、腹心の部下とか、ね」


親密な仲……


「ただし、それが未婚の若い女性となると話が変わってくる。未婚の若い女性は、自身がいいと思った男に、2人っきりの状況で“名を明かす”。すると、2人との間で婚約が成立する」

「……なるほど」


男性が回避する方法は、女性と二人っきりにならないこと……と言ったところか。


「……あれ?でも協会本部では2人っきりじゃなかった気が」


澄火と麻奈さんが隣にいた。


「2人っきりじゃなくとも、証人を付けるという方法もあるんだ。証人はどちらかの家族、もしくは名を明かし合うほどの深い関係でなければならないし、そもそも事前の根回しがないとダメだから、あの場面では成立し得ないけど」

「……ん、私は証人になってもいいし、バクは今は麻奈さんの部下みたいなものだから、事後的には条件を満たせるかも?」


と、横から澄火が口を挟む。


「だって。じゃああとは旦那様の気持ち次第だね」


そういうと、じっと俺を見つめるシュライエット。


「……君のことをよく知らないし、結婚は考えられないかな」


俺は無意識にシュライエットの放った「爆縮」によって穴を開けられた場所に手を当てる。

シュライエットは探索者ということもあって美少女だし、元々の性格はそこまで悪いものではないんだろうんとも思う。好意を向けられるのは素直に嬉しいが……まだ少し、俺はシュライエットに気を許せない。


「そっか」


シュライエットは少し寂しそうにそう言った。


「……バクは、俺のどこをそんないいと思ったんだ?」


純粋な疑問からそう聞いた俺に、女性陣……つまり、機内にいる全員から非難の眼差しが降り注ぐ。


「……女の子にそういうこと聞いちゃダメだよ」

「……ん。しかも今振ったばかりなのに」

「師匠として、これは注意しなければなりませんね」

「この件はエルヴィーラ王女に報告しますね」

「……やめてください。俺が悪かったですから」


俺はそう言って撤退するしかなかった。


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