第5話 ランゲル島

「せっかくなんだから、『爆破』とか『バク』とか、そんなコードネームじゃなくて、私の本当の名前……『シュライエット』って呼んで欲しいな」


シュライエット。ユニークスキルの粗暴な破壊性とは対照的な、美しい名前だ。


「……初耳なのだけれど。あなた、私には本名なんてないって言ってたわよね?」


と、熊川さん……麻奈さん(一週間後についに水上さんと籍を入れるらしく、麻奈さんと呼ぶようにエレベーター内で言われた)。


「うん。、本名の名乗りは重要な意味を持つから。そう易々とはしないよ……たとえ、尋問でも」


私たちにとって?

それは、黒子ビハインドザシーンにとって……という意味だろうか?それとも……


「シュライエット……名乗りの意味。あなた、ひょっとして……」

「ほら、たどりついちゃった。さすが、あらゆる情報の集積点……『支配者』」

「そう。あなた、ランゲル島の生き残りなのね」


ランゲル島。

聞いたことはある。確か、新興宗教––––一応言っとくが、別にテロを起こすような過激なものではない––––が自給自足の生活を送っていた島。

二年前に突如現れたダンジョンによって、島民が全滅したんだったか。


「二つ訂正すべき点があるね。まず一つ目、私たちの宗教は決してここ百年以内にできたようなものではなく、1000年以上の歴史があること……そしてもう一つ、全滅ではなく生き残りがいたこと」


と、シュライエット。


「それが君だと?ならば、なぜ黒子ビハインドザシーンに?」

「お金だよ。私は、黒子ビハインドザシーンに売られたの」

「…………」


人身売買。有史以来、人類に蔓延る悪しき習慣。現代になっても、移民、難民、養子など、形を変えて生き残り続けているビジネス。


その商品であったと、彼女は告白した。


「別にそのことでどうこう言うつもりはない。力を持っていたのに戦わなかったのは私だし、生き残った人がランゲル島ではない場所でやり直すのには金が必要だった」


俺はこの問題をどう扱ったらいいのかわからなかった。

多数を生かすために少数を切り捨てる。それを悪と断じるのは簡単だし、逆もまた然りだ。

見方を変えれば、集団を生かすために、一番生き残る確率の高い者ユニークスキル所持者を犠牲にしたとも言える。


だが……


俺はなんとも言えないもどかしさを感じ、歯噛みする。

そんな俺をクスリと笑うと、シュライエットは続ける。


黒子ビハインドザシーンはユニークスキルを持っていた私を兵士に仕立て上げた。それが一年前。それからは組織のために働く毎日を送って……そして、今に至る、というわけ」

「……ランゲル島の生き残り。そんな情報は一切ない」

「それはそうよ。なぜなら、私たちの宗教には名前はないから。だから、ランゲル島というアイデンティティがない今誰も見つけることはできない……もちろん、私も」

「…………そう」

「それで、旦那様。私の身の上話はこれで終わり。代償として、何かお話してくれない?」


…………だんなさま。だいしょう。


なんだか言葉選びがおかしいような気がするが、俺はひとまず無視してチラリと麻奈さんに助けを求める。


「……いいわよ。外の情報や、協会の内部情報を彼女に漏らしたりしなければね」

「……だそうだ。何が聞きたい?」

「そうね。まずは……」

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