第16話 王女

俺は慌てて我に帰り、「ごきげんよう」と返す。


「……ふふ。お座りになったらどうです?」


エルヴィーラ王女はくすくすと笑うと、対面の席を指し示す。

俺は素直に導きに従い、エルヴィーラと向かい合うように座った。


「ローズ」

「…………」


すっとどこからともなくメイドさんが現れた。


「お客様にも、紅茶とクッキーをお出ししてくださいな」

「…………」


メイドさんは一言も喋らずに一礼するとどこかへ消えていった。

おそらく探索者能力は持ってないと思うが、かなり強いことが伺える女性だ。


「もうお休みになっていると思いましたが」


俺は話題が見つからず、とりあえずそう話を切り出す。


「ええ。いつもであれば、もう寝ていますわ。若槻さんがこの時間庭園に来るという確信がありましたので、起きていたのです」


エルヴィーラはそういうと、深い知性を湛えた瞳でこちらを見る。


「……なるほど」


俺は自分の全てが見通されているような気分になった。俺はじっとエルヴィーラの瞳を見つめ返す。


「ふふ。そう警戒されなくても結構ですよ」

「すみません。人間不信が抜けないもので……」

「荻窪であったという一件ですか?」

「ええ」


あの荻窪ダンジョンでの一件は、俺に澄火以外の人間を信頼することを未だに拒絶してくる。

今俺が無条件で信頼している人物は……澄火と、あとは熊川さんくらいだろうか。


「よくご存知で」


あの一件は秘匿されているはずだが。


「これでも王族なので、こんな島に閉じこもっていても情報は入ってくるのです」

「……なるほど」


と、そこでローズさんが紅茶と、そして大量の茶菓子を運んできてくれた。

スコーンやクッキー、ビスケットがたくさんある。


俺は紅茶を一口飲み、早速クッキーを一つ摘む。


……うまい。


ちょっと止まらなくなりそうな、そんな中毒性のあるおいしさをしている。


「ふふ。美味しいでしょう?」

「……ええ」


俺は危うく暴食に走りそうになるも、エルヴィーラ王女の声に我を取り戻し、なんとか自制する。


「……この光源もアーティファクトですか?」


俺は話題を逸らすべく、周囲に視線を向ける。


「ええ。私の能力で生成したものですわ」

「この空間も?」


明らかにこの庭園は本来の中庭のサイズに合っていない。それこそダンジョンのように、空間を拡張しているとしか思えない大きさをしている。


「ええ。その通りですわ」


すごい能力だ。


「我がレイヴァント王国をご存知ですか?」

「いえ……恥ずかしながら」

「ふふふ。謝る必要はありませんわ……我が国が小さいのは事実。経済力も政治力も、とても大国には敵いません」


一応、国家間の平等原則というものがあるはずだが……悲しいことに、大国がその経済力や軍事力を背景として権勢を振るっているのが現実だ。

それは俺たちの住む日本だって同じである。


ダンジョン探索者協会、そしてそれに所属する探索者たちは基本的に政治不干渉であるため、そんな現実はいまだに全く変化がない。


「ですが、王族はそんなことを言ってられません」

「……ひょっとして、このアーティファクトの技術で王国を発展させている……とか?」

「そんなことはできませんわ。私の力はせいぜいこの島が適用の限度……ですが、はそのまま島の外にも持ち出せます」

「ひょっとして、叡智の塔というのは……」

「ええ。私の研究所……兼、工場ですわ。今は主にICチップを作ってますわね」


すごいな……それを国家財政に回すだけで、小国であれば簡単にその財政を賄えそうだ。

……もっとも、それに依存した先にあるのは破滅なような気もするが。


「私の話はそんなところですわ。今度は若槻さんのお話を聞かせてくださいな」


どうやら、今度は俺が話すターンのようだ。


「何が聞きたいんです?」

「そうですわね……」


これまで全く違う環境で過ごしてきた俺たちは、話題が尽きることなく会話を続けるのであった。

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