第3話 果たして

ダンジョンに到着したことはすぐにわかった。

まるで、すぐそばに全く違う世界があるような空気感。


ただぽっかりと洞窟口を開けているようにしか見えないのに、異質な空気がひしひしと感じられる。


「これが……ダンジョン」


思わず声に出して呟いてしまう。と、司会がそれに反応した。


「ええ、これがダンジョンです。皆さんには、一歩ずつここへ入っていただきます。もし、適性がなかった場合、我々が強制的に外へ連れ出します」

「…………我々?」


俺は首を傾げる。

イベント主催側の人間は、司会以外見てないが。


「ええ。……シャドウ」


司会がそう呼ぶと、ずずずとダンジョンの一部から人が現れる。


「よう」


シャドウと呼ばれた人物は、姿を現したものの少し気を抜けば見失ってしまいそうなほどに気配が薄かった。

そのせいかわからないが、顔や体の輪郭もどこかぼやけて見えた。

おそらく、ステータス能力の一つ––––スキルの効果だろう。


「抜かりはありませんか?」

「ああ。周辺の魔物は殲滅完了。俺の気配察知にも引っ掛からねえ。この辺は今の所安全だぜ」

「了解しました。では、どなたかどうぞ」


しかし、誰も一歩前に踏み出さなかった。


ちょっと心の準備をする時間が欲しい。

ちらりと隣に星野を見ると、こちらもフリーズしていた。


「仕方ない、俺が行くか!」


と、1人の中年男性が自分を鼓舞するようにそう言って一歩踏み出す。

周囲から尊敬の眼差しが降り注ぐ。


男性はグングンと体を伸ばして準備体操をすると、ダンジョンの境界に一歩踏み出した。


––––そしてその直後。


「ぐあああああああああ!」


と男性が絶叫を挙げる。


「いかん!」


シャドウがそう言って慌てて駆けつけ、ポイっとこちらに放り投げる。

男性はどさっと地面に着地(というより墜落)し、ゲホゲホと咳き込む。


「ガハッ」


そして、内臓のどこかが傷ついたのか、男性は吐血した。

ビシャシャシャシャと血が地面に落ちる。


「……………………」


衝撃的な光景に、場が重苦しい沈黙に包まれる。

映像の中の男は、苦しむだけで吐血はしていなかった。

どうやら、適性がない時の反応にも個人差があるようだ。ダンジョンに入ってから死ぬまでの時間にも個人差があるのだろう。

人によっては、即死……なんてこともあるのかもしれない。


一番にダンジョンに入った勇気ある男性はそのまま、シャドウに担がれて運ばれていった。


「えー、次に行きたい方はいますか?」


それを見届けて、司会はあっけらかんとそう言った。

司会にとっては、これくらいのことは日常茶飯事なのだろう。


……にしても、少しはデリカシーというものを考えて欲しいが。


「じゃあ、俺がいきます」


俺は一歩踏み出す。

成功するにせよ失敗するにせよ、早くこの場から離れてしまいたい。


俺はダンジョンの境界へと進み、そして……一歩乗り越えた。


……なんともない。


試しにその場でぴょんぴょんと跳ねてみるが、特に何もなかった。


––––よし。よしよしよし。


どうやら、俺にはダンジョン適性があったようだ。


俺は思わず飛び上がりたくなるくらい嬉しかったが、ここではしゃいだらかっこ悪いと思ったので、自然と上がる口角をなんとか引き下げる。


「おめでとうございます!」


ちょっと空々しい司会の拍手に合わせて、自然と拍手が湧き起こった。

俺は照れくさい気持ちになりつつ、頭を下げる。


「しゃあ、次俺いくか!」


そして、俺の成功を皮切りに、次々と挑戦者が現れ始めた。

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