第2話 会話

三十分後。俺はバスに揺られ、ダンジョンの一つへときていた。

名称は、「荻窪ダンジョン」。


ダンジョンには、基本的にダンジョンが存在する地域の名が冠される。


司会曰く、一度もダンジョン災害が起きたことがないらしい。それも一つの要因となって、ダンジョン入場イベントの会場に選ばれたそうだ。


俺たちを乗せたバスは、ダンジョンの周囲を囲む厳重な封鎖を一つずつ抜け、そして荻窪ダンジョンのすぐそばに停車する。


一番前の席に座っていたので、先にバスを降りる。すると、同じバスに乗っていた星野も降りてきた。


「……よう」


俺は右手を挙げて軽く挨拶する。


「…………?だれ?」


星野は首を傾げた。

まわりからの生暖かい視線も相まって、俺の心に深刻なダメージが入る。


「隣の席の若槻だよ」

「…………隣?……学校の席の?」


星野はしばらく考えてそう答えた。


どうやら、記憶の片隅に俺の存在があったようだ。俺は少しほっとしつつ頷く。


「ああ。よろしく」

「……ん。よろしく、若槻。それから……イタズラされそうになった時、守ってくれてありがと」


星野はそういうと、にぱーっと微笑む。


確か、入学したての頃に、寝ている彼女にイタズラしようとした男子がいたのだ。


一応、日本ダンジョン探索者協会の審査に通るレベルの良心を持ち合わせていた俺はそれを止めた。


……てっきり星野はその間も眠りこけているのかと思ったが、危機を察して起きていたようだ。


「……ああ」


星野の笑顔はなかなかに魅力的で、俺はそう不審者のように頷くことしかできなかった。


「星野もこのイベントに応募してたんだな」

「……ん。うち貧しいくせに子供が多いから、稼がなくちゃいけないの」

「……そうなのか」


想像以上に重い理由だった。

日常から脱したいとかいう不純な動機の俺とは大違いだ。


「適性があるかはわからないけどね……ん、そろそろ始まるみたいだよ」


と、俺たちと同じバスに乗っていた司会が声を張り上げる。


「皆さんにはこれから一人ずつ、ダンジョンへ入っていただけます。もし適性があれば、その後資格の発行作業へと移りますので、この場に残ってください。もし、なければ……」


と、そこで説明司会の人は、一旦言葉を切る。この人はこの話法が好きなようだ。


「帰宅、病院への搬送、もしくはご遺族への連絡……と言った形になります」


最後のは、笑えない冗談である。

俺としても、目の前で人が死ぬのはできる限り目撃したくないというものだ。

それも、あんな死に様で。


「入りたくない、という方はいつでもおっしゃってください。後日、いつでも挑戦できますので。では、こちらへどうぞ」


そういうと、司会の人は颯爽と歩き始めた。


誰も先頭に行きたがらないので、仕方なく俺が先行する。

同じ考えだったのか、星野も同時に歩き出

した。


どちらが先行するかしばらく視線で争ったのち、結局2人並んで歩くことになる。


初めて入るダンジョンの通路には、いざという時に封鎖できるようにするためか、多数の隔壁が用意されていた。

一つずつが、見たことのないサイズをしている。厚さだけで、1メートルを軽く超えそうだ。


そんな通路を通過し、俺たちはダンジョンの入り口へと到達した。

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