<25・されど愛は語る。>

「本来その理屈で行くと、狭霧君だけじゃなくて私も記憶を消されないといけなかったはず」


 世羅は体を震わせながら、語る。


「でも、そうはならなかった。……そもそも私は選ばれたメンバーの中に入ってなかった。身体能力が凄いムードメーカーの信吾さん、料理を中心に家事能力がすごい千佳さん、幼いけれど聡明で各種ゲームが上手い嵐君、そしていつも冷静に答えを見つけることができる“探偵”の素質を備えた狭霧君。みんなと比較して、私は本当に何もなかった。本当に、ただの普通の女の子だったから」

「世羅……」

「だから主催者も期待していなかったんだと思う。どうせすぐ死ぬキャラクターっていうのもあるだろうし、私が他人のフリをするならそれで問題ないと考えたってところじゃないかな」


 でも、と彼女は続けた。


「もし主催に口止めされなくても、きっと私は……」


 その先の言葉が何であるのかは、容易く想像がついた。きっと彼女は、自分の意思で口を噤んだということだろう。狭霧の記憶が戻ってしまうことで都合が悪いのは主催ばかりではない。万が一その記憶がデスゲーム中に戻って、自己犠牲を発揮されてしまうのが困るがゆえに。狭霧に、生きて欲しかったがゆえに。


『大体そんなところです』


 仮面の女は、そんな狭霧を見ながら淡々と語る。まるで何の感慨も感じていないというように。


『ゆえに世羅さん、貴女がここまで生き残るのは想定外でした。一番戦力外だと思っていましたからね。……しかし、他の参加者への対応もベストなものでしたし、いざという時は合理的な思考もできる。この短い時間の中で出来た仲間を仲間と正しく認識し、そのために怒りを燃やすこともできる……案外貴女こそが、真の“正義の味方”の素質を備えた人物だったのかもしれませんねえ』

「そんな風に褒めらてもちっとも嬉しくないよ。ていうか、いい加減モニターごしに見てないで私達の前に姿を現したらどう?こんなクソゲームに無理やりみんなを連れてきて……正直ぶっ殺したい気持ちでいっぱいなんだけど?」

『なんとも勇ましい。それでこそ英雄候補というものです』


 ナメてんのか、と世羅が小さく吐き捨てるのが聴こえた。彼女自身は自分の意思でゲームに参加したとはいえ、それでも選択の余地がなかった面はある。参加しなければその場で殺されていたはずなのだから。

 怒りが限界に達しているのは間違いなく事実だろう。それは、狭霧も同じであったが。


『再三になりましが、我々にとって仙道狭霧さん、貴方こそが我々の求める人材の筆頭でした』


 世羅の怒りなどどこ吹く風と言わんばかりに話を続ける女。


『なぜ我々が、急遽外部から“リーダー”をスカウトしなければならなくなったのか?理由は単純明快です、聖戦の日、皆を鼓舞し士気を高めてくれる英雄が必要不可欠となったから!そう、さながらあのジャンヌ・ダルクのように!まあ、我々が求めるリーダーには、できれば作戦立案もできる人物が好ましいですが』

「歴史の偉人の名前を出すな、失礼極まりない」

『おっと、ご気分を害しましたか?それは申し訳ない』


 女は大袈裟に例をするような仕草を見せる。ひらりと翻った青いローブの裾に、金色の刺繍がくっきりと見えた。赤い目に六枚羽を持つ天使。これが、このカルト教団の紋章か何かなのだろうか。


『我々の教団は、近いうちに邪教と戦争になります。長きに渡り我々を迫害してきた東の忌々しい教団とね。その聖戦を勝ち抜かなければ、この国にも、この世界にも未来はありません。邪教の連中は、この世界に恐ろしい悪魔を呼び下ろそうとしています。我々は聖戦に打ち勝ち、なんとしてでもその野望を打ち砕かなければいけない。だがしかし、今の我々には戦場で兵士を導いてくれる優秀なリーダーがいません』


 だから、このゲームで見出すのです、と。彼女は熱がこもった口調で語る、語る、語る。


『大切なのは、見知らぬ兵士達を前にしても億さぬ度胸とコミュニケーション能力、カリスマ性!そして……仲間のために怒り、悲しみ、その感情を原動力に戦うことができる素質!貴方がた二人は本当に素晴らしい。まさに、我々のメシア足りうる存在と言えましょう!なんせ第四の試練までクリアされたのですからね。私もこの教団のリーダーとして、本当に嬉しく思いますよ』

「まだ最後に試すっていうんだろう。俺達に何をさせる気だ」

『ああ、すみません、長話が過ぎましたね。それではそろそろ最後の試練について説明いたしましょう』


 本当に長い話だった。出るのは退屈の欠伸ではなく、呆れのため息であったが。

 リーダーの素質云々、についてはある程度理解できる話だ。本当に皆を引っ張る素質がある者というのは、ラノベにあるようなチート無双できる勇者などではない。何でもできてしまうような完璧超人、それこそ“お前一人で充分だろ”というタイプに仲間なんて必要ない。某少年漫画の主人公が言った通り、“一人で何もできない”ことを自覚し、自らの弱さを認める勇気を持つ者のところにこそ仲間は集うのだ。努力の必要もない完璧な存在には、仲間の葛藤や悩みを理解することも叶わないだろう。何かが欠けた人間の方が、それこそ仲間を愛する気持ちだけは一級品にある“凡人の気持ちを理解できる凡人”こそが、本当のリーダーに相応しい人物なのかもしれなかった。

 それは、正義の味方、という言葉に置き換えても同じ。

 泣いている子供を見かけても、“何で泣いているのかわからない、不快だから泣き止め!”と叱りつけるばかりの人間がヒーローに相応しいはずがないのだから。

 でも。


――だからって。デスゲームに投げ込んでその素質を見出すなんて、狂っているとしか思えない!人の心ってものがないのか、あんなにたくさんの人を傷つけて、死なせておいて!!


 そして、狭霧は確信を得ていた。

 恐らくこいつらがリーダーを求めていたことも、その素質という話も本当だろう、でも。

 

 やはり、自分の予想は正しかった。このゲームを脱出した後、自分が想像した通りのことが起きれば――全ては証明されることだろう。あのメモを、世羅に渡しておいて正解だったと言える。同時に、嵐から回収しておいたことも。


『今、お二人の目の前のテーブルには、拳銃が二丁ありますね?それは、文字通り本物です』


 教壇のボスを名乗る女は、心の底から楽しいと言わんばかりに語る。


『そのうちの片方には実弾、もう片方には何も入っていません。重さはどちらも同じ、少なくとも素人目にはどちらがどちらかわからないようになっています』


 簡単ですよ、と女はあっさりと言い放った。


『その二丁の銃口を、人間の胴体に押し当てて引き金を引く。どちらがされても構いません。そうすれば、生き残った者を此処から出してあげましょう。その奥のドアは外に繋がっています。銃が二丁とも発射されればロックが開く仕組みです』

「おい、それって……!」

『誰が、どのように、誰に撃つのかはお二人で相談して決めてくださって構いません。なんなら争って下さってもいいですよ?ただし、制限時間は二十分のみ。それを過ぎると……この部屋のダクトから、大量の蛇が放たれますのでご注意を。しかも今度は第三の試練の時の蛇と違って本物の毒蛇。それも、最強最悪と言われた黄金の蛇です』

「また蛇……!?」


 蛇が苦手らしい世羅が青ざめる。最強最悪の黄金の蛇と言われると、既にほぼ一種類しか思いつかない。というか、こういうことを知っているあたり自分は爬虫類に興味があったのだろうか。


「ゴールデン・ランスヘッド・バイパー……」


 思わずその名前を呟くと、女は“正解です”と手を叩いて見せた。


『よくご存知でしたね』

「ブラジルのケイマーダ・グランデ島……通称“スネーク・アイランド”に住む伝説級の蛇だ。実際に人が噛まれた記録はないが、それでも噛まれたらまず一時間以内で死ぬ毒蛇だとは言われているな。噛まれた場所から肉が壊死していき、地獄の苦しみの中で死ぬだろうと言われている。……そんなものを本当に、一介の宗教団体が、それも大量に用意できるとは思えないが」

『我々の科学力を見縊らない方がいい。既に貴方も見たでしょう?我々が作った生物兵器の一体を』


 やはり、あのゴリラ頭のクマはそういうことだったのか、と歯噛みする。

 命への冒涜としか思えない。それこそ自分達は、人工的に黄金蛇を作り出すこともできると言いたいのだろう。


『信じられないなら、そのまま二十分お待ちいただいてもいいですよ?お勧めしませんがね、我々としてもできれば生き残っていただきたいですし』


 くすくすくすくす、と。人をデスゲームに巻き込んでおきながら自身はのうのうと安全地帯にいる女は言う。


『我々が最後の試練で試したいのは、“乗り越える力”。さあ、最後に残った大切なお仲間を前に、貴方がたがどんな選択をするのかをぜひ見せてください!』


 憎たらしい。仮面の狂信者は、ひらひらと手を振ってみせる。まるで幼い子供がするように、無邪気に。


『それではでは!良い選択を!』


 それを最後に。

 ぶつり、と映像は途切れて、沈黙してしまったのである。

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