<24・地獄の底の真実。>
『仙道さん、秋津島さん。お二人は、この世界で最も“優秀な人材”というものは、どういった存在だと思いますか?どんなスポーツも網羅できる強靭な肉体の持ち主?どんな戦場であっても生き抜けるようなゲリラ戦のエキスパート?それとも、ライバル企業を抑えて自社製品を上手に売り込める凄腕のセールスマンでしょうか。有名大学を卒業した、頭脳明晰な政治家でしょうか?』
画面の中で女は両腕を広げ、どこか恍惚とした様子で一人語り続ける。
『それも間違いではありません。しかし、肝心なことが一つ抜けているのを忘れてはいけないのです。お二人はまだ高校生だからご存知ないのかもしれませんが……就職活動において最も重視されるのは、頭の良さでもなければ学歴でもないのです。まあ、あんまり学歴が残念だと書類で落とされるなんてこともあるかもしれませんが……そもそも書類選考だけでその人が全てわかるのなら、面接なんて必要ないのですよ』
何が言いたいのかは、大体想像がつく。狭霧はぽつり、と呟いた。
「コミュニケーション能力。そんなところだろ」
すると、モニターの向こうが動いた。女性は“素晴らしい”とでもいうように手を叩く。どうやら、こっちの音もあちらに聞こえる仕様にはなっていたらしい。
『そうそう、その通りです、仙道さん。この世界で、一番重要な能力だと言っても過言ではありません。リーダーシップやカリスマ性と言ってもいいかもしれませんね。……そもそも、世界を変えるような巨大企業を作った社長や、あるいは一国を統べる大統領や独裁者……彼等が最も優れていたところはまさにそこなのです。彼等の多くは、ライトノベルにあるようなチート能力など一つも持ち合わせてはいません。拳銃一発で殺されるような脆弱な肉体と、一般人とさほど変わらないような身体能力、頭脳の持ち主であることも少なくはないのです。ただ……人々を魅了する演説のうまさ、カリスマ性、コミュニケーションの能力に優れていたわけですね』
そりゃそうだろう。
優秀なリーダーとは、一人で何でもできてしまうような人材ではない。むしろ、どこか欠けた点を、仲間や部下を使ってうまく補える人間こそを言うのだ。その欠点を自覚した上で、自分にはないものを持っている人材が己の元に集まってくるように仕向けることができるのである。
人の心をよく理解し、人間的魅力が溢れたリーダーならばただ会話をするだけで多くの部下達を癒し、慰め、励ますことができるだろう。彼等に士気を高められた者達は、進んで辛い仕事もこなすようになるし、リーダーの役に立つように努力も欠かさないようになるはずである。
そう。
こんな話、語られるまでもなく既に想像がついていたこと。正義の味方ゲームとは、つまり。
「あんたらは、正義の味方……英雄に相応しい“リーダー”を作り出すための実験をしていた。そういうことだろ」
忌々しい。吐き捨てるように狭霧は告げる。
「俺達も。前のゲームに参加した者達も、そういう人選で選ばれて無理やり拉致されてきたわけだ。このゲームを通じて、絶対的な英雄を作り出すために」
『目的としてはそうなのですが、その前段階には少々誤解がありますね。確かに私達は、誰からも認められるような“正義のヒーロー”に相応しい人材を求めていました。ですが、当初の選定基準と、現在の選定基準は大きく異なっています』
例えば、と青装束の女は片手を掲げた。
『貴方達に見て貰った、別会場で行われた第二の試練の参考映像がありましたね。あの時は、二十代の男女が六人選ばれて参加するにいたりました。当初は“とにかく生存意欲が高いもの、名誉欲が強く、目的の為ならば努力を惜しまないであろう若者”という基準で選抜されたのですが……まあ、結果は見て頂いた通り。同じ試練を課しましたが、彼等は己が生き残ることだけに固執した結果、第二の試練で五人が脱落。第三の試練では一人しか生き残りがいなかったために、最後のトランプを取ることができず……まあ、タイムオーバーで死亡することとになりました』
その言葉に、あの時の映像を思い出す狭霧。
『じゃあねマユカさん。御愁傷様。私は、あの人の分まで生きるから』
自分一人だけでも生きていれば問題ない。そう考えて、意気揚々と第二の試練フロアを脱出した茶髪の女性。あの様子だと、ちゃんと彼女が出て行ったドアは次のフロアに通じていたようだが――まあ、やはりというべきか第三の試練で完全に詰んだということらしい。トラップの解除は、外で待つ人間と通路に突入する人間の二人がいなければ不可能なのだから。
なんとも、意地が悪いとしか言いようがない。第三の試練では二人必要ですよ、と予め知らされていたのであれば、彼女たちも仲間とともに生き残る道を模索したかもしれないというのに。
『これだけ手間暇かけたのに、英雄の誕生には至らなかった。そこで、もう一度ゲームを行うことにしました。次は“仲間同士で結束の強い者達”ということで、クラスでも仲の良い五人の男女を選んでゲームに投入したのです。能力のバランスも吟味しました。成績の良い子、頭の回転が速い子、運動神経の良い子……彼等五人が協力すれば、全員で脱出し、五人ともが“正義の味方”になれる可能性もないわけではないと考えたからです』
「でも、それも失敗したんだろ。そもそも第三の試練の段階で、中学生は三人しかいなかった」
『ええ、全くその通り』
最低、と隣で世羅が呟く。大人達を拉致してくる話も酷いが、やっぱり中学生の子ども達をこんなゲームに巻き込んだという方が残酷に感じてしまうのも当然だろう。
しかも、仲良し五人組。第一、第二の試練で二人が欠けていた。どれほど恐ろしい想いをしたのかと考えたら、正直胸が痛むところである。
『しかし、結果は映像を見て貰った通り。若い力に期待したのですけど……彼等には自体を打開するための知恵も根性も足りてはいなかったのですよね』
何が知恵と根性なのか。あんな無茶苦茶な試練を子ども達に課しておきながら、忌々しい。
『エリカ、エリカぁ!マジでこっちやばい!頼む、急いでくれ。スイッチを離さないと俺らが殺されちまう!!』
信頼もあっただろう。仲間のためにと頑張っただろう。だからこそ血まみれになりながらも立ち向かったのだろうに、あと少しその力が及ばなくて。
そんな彼等の姿を見て、こいつらは何も感じなかったというのか。
『そもそもの話。私達が本当に必要としているリーダーは、仲間内だけで仲良くできるような存在ではありません。見知らぬ大人たちであってもまとめあげ、士気を高め、それぞれの素質や長所を見抜いて的確に指示ができるカリスマが欲しいのです。……そこで、我々は方針を転換しました。小学生から中高年まで、可能な限り男女バラバラの面識のないメンバーを“四人”選出しようとしたのです。見知らぬ他人であっても、見捨てられないような優しい心があり、親しくなれる素質を持つ者。それでいて、それぞれ何らかの秀でた能力を持つ者を』
え、と狭霧は眼を見開いた。
今、四人、と言わなかったか?
「どういうことだ、四人って……!?」
すると、画面の中の青装束は笑い声をあげた。いかにもおかしくてたまらない、というように。
『ああ、まだ……秋津島さんから何も聞いていないのでしたね、貴方は』
「何だと?」
『本来ならば、選ばれるはずがなかったメンバーがそこにはいるということです。……そうでしょう、秋津島さん』
「――っ!」
慌てて世羅を見れば、彼女がはっとしたように視線を逸らした。明らかに図星、といった様子で。
「お願い、やめて。その話はしないで。……狭霧君は何も覚えてないんだから」
世羅の言葉に耳を貸すこともなく、そういうわけにもいきませんよ、と女は切って捨てた。
『私達も、聖戦を目前にして焦っていたのは事実。ですので少々“強引”に選んだ人材を連れていくことにしたのですが。……まさかそこで、邪魔が入るとは思っていなかったのですよね。ましてや我々が最も英雄に近い候補と考えていた仙道狭霧を拉致する際にトラブルが起きるとは』
ということは、つまり。
「世羅、お前は本来選ばれるはずがなかったってことか……!?」
狭霧の言葉に。世羅は青ざめたまま、小さく俯いた。何も言わなかったが、その沈黙はそのまま肯定でしかなかった。
『私は、貴方に期待していました、仙道狭霧。過去のトラウマから、自分の価値を全く信じられない少年。それでいてその明晰な頭脳と判断力は賞賛に値する。己の価値を信じていないからこそ他人の価値を信頼し、自己犠牲も厭わない。まさに、理想の“正義の味方”の器ではありませんか。……ゆえに貴方を浚おうとしたわけですがね。その時たまたま、秋津島世羅さん、貴女がご一緒だったんですよ。だから』
ご退場願おうとしたんです、と。女はあっさりと言い放った。
『それなのに。……我々の銃弾から仙道さんは、秋津島さんを庇ってしまって。その結果、我々が最も欲しい人材であるはずの仙道さんが命を落としてしまうことになった』
「なっ……!」
そんな馬鹿な、と言いたかった。命を落としたって、自分は確かに今ここで生きているではないか、と。そんなことはありえないと。
だが。
『ごめんね。本当にごめんね。自分勝手で、ごめん。でも私はもう……二度と、君を死なせるなんて嫌、だから』
辻褄が、あってしまうのは事実。
あの時世羅が泣きながら言った、あの台詞と。
『まだ我々の技術で蘇生が可能な段階でしたから、我々は仙道さんのご遺体を運び込んだのです。そして、本来目撃してしまった秋津島さんはその場で口封じさせていただく予定だったのですが……』
きっと、仮面の下で女は笑っているのだろう。そんな声だった。
『秋津島さんは言いました。……自分もゲームに参加させてほしい、と。……ご本人が参加者になるのならば、口封じの必要はなくなりますからね。しかし、我々が求めるリーダーは、“赤の他人であっても仲間になることができ、皆の心を掴んで導くことができる”人材です。ゆえに、ある条件をつけました』
まさか。
狭霧は思い当たり、再度世羅を見た。彼女は俯いたまま、小さく頷いた。
「そうだよ。……それが、条件だったの」
今明かされる、衝撃の真実。
「狭霧君の、記憶を消すこと。それが、私が急遽ゲームに参加する条件だったの。私は自分が生き残るために、狭霧君を守って生き残らせるためだけに……その条件を、呑んだの」
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