<23・弱虫の勇気。>

 わかっている。

 本当のところ自分は、彼女に感謝するべきだったのかもしれない、ということは。

 嵐を見捨てたと本人は言うが、実際は合理的に“確実に狭霧を生き残らせようとした”までのこと。というか、突然さっきまでの態度を翻して狂ったように自分が身代わりになろうとするような仲間がいたら止めるのは当然のことなのではないか。


――間違いなく、俺は恵まれていた。


 はっきり言って、身体能力的にも頭脳的にも、自分がここまで生き残れてきたのは奇跡でしかないと思うのだ。確かに攻略法の類を見つけたこともあったが、それはあくまで運が良かったからに過ぎない。たまたま自分が見つけただけで、任されただけで、他のメンバーだってきっとタイミングが合えばわかったようなことばかりだと思うのだ。


『お前の言う通り……お前に恩があると思っていろいろ遠慮してたのは事実だけどな。うん、それを抜きにしてもお前はいいやつだ。俺にはわかる』


 自分は、信吾のようにはなれない。

 底なしの明るさでみんなを励ますことも、その圧倒的なパワーで怪物に立ち向かうことも。


『ここを出たらまた作ってあげるわ。おなかいっぱい、貴方の好きなものをね。何も、脱出したらもう二度と会ったらいけないなんてことないんだもの』


 自分は、千佳のようにもなれない。

 自分と息子の確執がある分、誰かに優しくしたいのだと思うことも。料理と持ち前のおおらかさでみんなを元気づけることも。


『このままじゃ三人とも死ぬ!僕は……それだけは絶対嫌だから!守らせて!!』


 自分は、嵐のようにもなれない。

 一番自分を肯定してくれるべきはずの親に拒絶され、大人に尊厳を踏みにじられて。それでも、命がけで誰かの役に立ちたいなんて努力することも。


――俺が、生き残れたのは仲間に恵まれたから、それだけだ。誰も、初めて会う他人を邪見にしなかった。力を合わせることに積極的で、自分の身だけを守ろうなんてしなかった。そんな人達だったからこそ、俺は今まで救われてきたんだ。


 このゲームの中だけが、今の自分にとっての唯一の記憶。だからこそ。

 その短い時間を満たしてくれる存在が彼等であって良かったと、心からそう思うのだ。


――そして、世羅。


『君は賢いし、頑張ってる。役立たずなんかじゃない。絶対絶対、そんなことない。信吾さんだってきっとそんなこと思ってなかったよ。君が迷うなら、私が何度だって言うから。役立たずじゃない、要らない子じゃないって……!』


 彼女がいてくれて、救われたことはたくさんあったと思う。嵐に言ったあの言葉は、今思うと別の誰かに本当は真正面から言いたかった言葉なのかもしれないが。それでも、間違いなく嵐の救いになったはずだ。

 誰かのために本気で怒ることができて、泣くことができて、そして誰かに心を寄せて抱きしめることのできる普通の女の子。自分達の中に、そんな彼女がいてくれて本当に良かったと思う。女の子だからということに甘えず(それは千佳もそうといえばそうだが)、いつだって本気で戦う姿勢を見せてくれた。そんな彼女がここまで生き残ったのは、必然と言えば必然だ。

 仲間達は、みんな、狭霧にはないものを持っていた。自分が持っていないものを補ってくれた、だからきっと意味があったのだ。

 例えそんな面子を選んだことそのものが、連中の策の一つであったとしても。選ばれた彼等に罪があろうはずがない。

 命は散っても変わらない。彼等が自分にとって、まぎれもない大切な友人達であることは。


――そういえば、有名な少年漫画のヒーローが言ってたっけ。俺は一人じゃ何もできないんだ、って。


 昨今のラノベやアニメでは、主人公が最強無敵の力で一人でどんな敵でも倒せてしまうというものも少なくないようだ。誰も勝てない最強の力、完璧な存在。きっとそういうものになりたくて、憧れる読者視聴者が増えているのだろう。自分には絶対なれないものに憧れて、自分がそんな世界の主役になれたらと夢を見る。世知辛いことの多いご時世ならば、そういう妄想ができる世界を楽しみたくなるのも分からない話ではない。

 しかし、これと対極の台詞を、とある国民的漫画の主人公が話したことがあって随分印象的だったのを覚えているのだ。不思議なことだ、自分自身のことはほとんど思い出せていないのに、そんな妙な雑学は断片的に覚えているなんて。

 主人公の少年は、けして完璧ではなかった。

 バトル漫画の主役なので戦いには滅法強いがそれだけだった。作戦を立てられる頭脳もないし、戦いだって負けてしまったり苦戦することもないわけではない。絵が上手だったり音楽ができたり、料理ができたり医者の真似事ができるわけでもない。

 できないことだらけ、ヌけているところだらけ。でも本人は、それを誇らしいもののように宣言したのである。自分にはこんなにもたくさんできないことがある、一人では何もできない。だからこそ――仲間が必要なのだと。自分達は、それでいいのだと。


――一人で、何でもできなくたっていい。……俺も、そう思っていいのかな。


 凡庸な一人の人間なりに、自分だけにしかできないことを探して、探して、繋ぎとめて。チートスキルなんかない普通の人間同士で集まって、大きな力になることを夢見てもいいのだろうか。

 例えその結果壊れたものや失ったものがあったとしても。そこまで歩いてきた道のりには、きっと意味があると信じてもいいのだろうか。




『何より。……母さんにも要らないと言われた、役立たずだと言われた僕のために……本気で怒ってくれる人がいる。それで、充分。充分すぎるほど、僕は満足だから』




 世羅が言った言葉を、彼は確かに受け取ってくれた。必要としてくれる誰かがいるなら、自分は自分を蔑ろにしてはいけないのだと。

 あと少しで、狭霧はそんな世羅の心を裏切ってしまうところだった。


「世羅」


 最後のドアの前まで、辿りつく。


「ありがとう、ここまで一緒にいてくれて。生きていてくれて」

「狭霧君……」

「お前がいなかったら、きっと俺も……いや、他のみんなももっと早く折れていたかもしれない。本当に感謝している」


 結局、世羅にとって狭霧がどういう関係なのか、本当のところはわからない。彼女が言う通りの“友達”であるにしては随分と気遣われているように感じるのも確かだ――己が、実は恋仲だったのではと疑ってしまうほどには。

 でも、彼女はけして、狭霧を苦しめたくて本当のことを隠しているわけではない。嘘は良くないものだ、仲間内で隠し事をするべきではないなんていう人もいるが、そんなのは綺麗事なのである。時に人は守るための嘘もつくし、大切な人だからこそ秘密にしておきたいこともある。それが人間として当たり前のこと。むしろ、大切にされていたからこそ言えなかった言葉がたくさんあることに自分は感謝するべきなのである。

 きっと、彼女が知っている真実は自分が想像している以上に残酷なものなのだろうけれど。

 知ったら今よりもずっと、大きな絶望に足を囚われるかもしれないけれど、でも。


「約束する。俺は、もう……あんなことはしない。お前と一緒に生き残るための選択をする。たとえ、どこかで記憶が戻ったとしても」


 記憶がない状態の自分の言葉に、どれほどの効力があるのかはわからない。それでも言うべきだと思った。今言わなければいけないと、そう思ったのだ。


「……うん」


 世羅は。目に涙を浮かべて、頷いた。


「その約束、絶対忘れないでね。私も全力で、君と私自身を守るから」

「ああ」


 どちらともなく、手を繋いでいた。そして、目の前のドアノブに手をかける。


「行くぞ」


 がちゃり、と。最後のドアが開いた。現れた景色は、今までの廊下とは打って変わって壁も床も天井も全て青く塗られた部屋である。広さは、十畳程度だろうか。目の前に、前の部屋のリビングにあったテレビとは比較にならないほど大きなモニターがあり、その横には次の場所へ繋がるのであろう青いドアがあった。多分、またモニターで映像を見るまでは先に進むことはできないのだろう。まあ、それはいい。

 問題は。そのモニターの前に置かれた、細長い黒いテーブル。

 その上に――二丁の拳銃が置かれている、ということ。


――ロシアンルーレットでもさせる気か?


 もうこれだけで、良い予感はまったくしない。もし本当にロシアンルーレットだったなら、作戦も何もなく生き残れるかどうかは運になってしまう。勿論あのゲームも、必勝法というものはどこかにあるのかもしれないが、普通に生きてきて拳銃なんて見たこともないようにあただの高校生がそんなものを知っているはずもないわけで。


――いや、今までのゲームの傾向からして、必ず誰かが死ななければならないようなゲームではないはず。そもそも、運だけで生き残るようなゲームでもないはずだが……。


『よくぞ、ここまで辿りつきましたね』

「!」


 困惑していると、砂嵐だったモニターに映像が映し出された。今までのアナウンスとは違う。もっときちんとした人間の声だ。――まあ、多少加工されていてこもっているので、それが女性の声だろうということしか分からないことは同じであるが。

 映像の中で、白いテーブルの前に座っているのは一人の女性である。否、女性というのは声からの判断なので、実はそうではないかもしれない。なんせ、青いローブのような奇妙な衣装を身に纏っていて体格が分かりづらく、顔には金色の仮面をつけているからである。どこかのカルトな宗教団体のリーダーのような出で立ちだ、とそう思った。


『まずは、第四の試練突破おめでとうございます、仙道狭霧さん、秋津島世羅さん。皆さんの勇敢な姿は、私達と教団の幹部でしっかりと見させていただきました。素晴らしい戦いぶりに、心から感銘いたしました。仲間と協力しあい、知恵を絞り……お二人がここまで生き残って下さったこと、心から感謝しております』


 自分達二人の名前だけ、ということは。やはりどこかのカメラでモニターされていたということなのだろう。この映像もリアルタイムなのかもしれない。まあ、そうだとしてもこちらの声が届くとは限らないわけだが。


――生き残ってくれて嬉しいみたいな物言いしやがって。お前らが、俺達をこんなものに巻き込んだくせに……!


 今すぐモニターを叩き割りたい衝動を堪えて、仮面の女を睨みつける。今は堪えなければいけない。きっと隣の世羅も同じ気持ちであるはずなのだから。


『最後の試練の前に、生き残ったお二人にはお話いたしましょう』


 そして。画面ごしに、女は語り始めるのである。


『私達が何故、このようなゲームを開催し、皆さんを選んだのかを』


 自分達が一番、知りたかった秘密を。

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