<21・命の選択。>
アナウンスを聞いてまず最初に嵐がしたことは、銃を置いて狭霧の元まで歩いてくることだった。そして、自分のポケットに入れられたメモを、そのまま狭霧のポケットに突っ込み返したのである。
「もう僕が持ってない方がいいから」
「おい、嵐!」
それは、彼が自分の死を鑑みての行動だとすぐにわかった。ここで死者が出れば、どう足掻いても自分達はその人を置いていくしかなくなる――千佳に対してそうしたように。そうなれば、彼の遺体を回収するのは間違いなくこのゲームの運営サイドだ。そうなれば、衣服も念入りに調べられる可能性があるし、あのメモが連中の目に晒される危険性も充分考えられるのは事実である。
合理的。それはわかっている、でも。
「まだ死ぬと決まったわけじゃないだろう……!」
思わず、狭霧は声を荒げていた。
「ひょっとしたら助かるかもしれない!死なないで済むかもしれない!その可能性を諦めるな。一緒にここから生きて帰るんじゃなかったのか!!」
「狭霧さん……」
「さっきのアナウンス聞いただろう。あいつ、お前を役立たずだとか抜かしたんだぞ。そんなはずない、お前は充分すぎるくらい俺達の役に立った。俺達の支えになった。それなのにあんな風に言われて悔しくないのか。俺は少なくとも許せない。全部見ていたくせに、あんな言い方……!」
「狭霧さんも、そんな大きな声出せるんだ」
そう言われて。狭霧は初めて、自分がほぼ怒声と言っていいほどに叫んでいた事実に気づいた。はっとして固まる狭霧の肩を、ぽん、と叩く嵐。
「なんとなく気づいてた。狭霧さんはきっと、僕と同じ。見た目は静かでも、本当はとてもたくさんのことを考えているし、熱いところもたくさんある。信吾さんの時も、千佳さんの時も、真っ先に自分を責めた。それは、みんなを大事にしてくれていたから。出逢ったばかりの……僕のことさえも」
それでいい、と嵐は続けた。
「それで、充分。充分すぎるくらい、僕は救われる。……僕にとっては、このゲームは悪いことばかりじゃなかった。初めて、僕のことを必要だって言ってくれる人達に出逢えたから。赤の他人のことだって、一生懸命守ろうとして、頑張れる人がこの世界にいるんだって知ったから……世界は捨てたものじゃないって思えたから。何より」
その時。凍りついたようにいつも動かなかった嵐の顔に、今までとはまったく違う色が宿った。
小さな少年は、笑っていた――確かに。
それは大輪の花が咲いたようなものではなく、微かに揺れるコスモスのような儚いもので。それでも確かに、喜びの笑顔であったのだ。
「何より。……母さんにも要らないと言われた、役立たずだと言われた僕のために……本気で怒ってくれる人がいる。それで、充分。充分すぎるほど、僕は満足だから」
満足なんて言うな、と言いたかった。
それでも、そっと離れていく少年の手を狭霧は掴むことができなかった。引き留める手段がないことを知ってしまっていた。
本当は、自分だってわかってしまっている。あれだけ被ダメージの数値が出ていて、この華奢で小さな少年が都合よく生き残る可能性がどれだけあるほどか。それこそ、特大の奇跡でもなければきっと難しい。計算するまでもなく、分かりきってしまっている一つの事実。
「俺は、また、助けられないのか……?」
つい、縋るような声を出してしまっていた。
わかっている。本当は、本当のところは一番支えられていたのは狭霧の方だ。このゲームが始まる前の記憶がない自分にとっては、此処で出会った彼等だけが唯一の仲間であり、支えであったのだから。
自分の死を受け入れようとしている少年に、こんなことを言うなんて残酷すぎる。わかっている。わかっているのに。
「きっと、誰も思ってない。信吾さんも、千佳さんも。……それから、僕も」
狭霧と世羅から距離を取って、少年は佇む。どこか吹っ切ったような顔で。
「ちゃんと、救われた。……ありがとう、僕を、必要としてくれて」
「ま、待ってよ嵐君!」
呆然としていた世羅が、引き絞るような声で叫ぶ。
「こんなの駄目だよ、間違ってるよ!私、私嫌だよ、もう……!」
しかし。いつまでも、自分たちの最期の会話をさせてくれるような優しい主催ではない。ヴヴヴ、という音と共にシューティングゲームの映像が消える。部屋が明るくなり、再び真っ白な壁が現れた。
そして、どこからともなく響く、がたがたがた、という何かの駆動音。嫌な予感しか、しなかった。
「!」
がこん、と白い壁に穴が空いた。どうやら映像が投影されていた奥の壁にはいろいろと仕掛けが施されていたらしい。現れたのは、黒光りする銃口だった。それも、ハンドガンのような小さなものではない。ライフル以上の大きさを持った銃が、真っ直ぐ嵐を狙っているのである。
『それでは、ペナルティを執行いたしマス』
非情な声が、響き渡る。
『嵐サンの被弾数は、合計七発。よって、嵐サンには七発の銃弾を受けて頂きマス!』
冗談じゃない、と狭霧は思った。普通の拳銃の一発でさえ死ぬ可能性があるのに、あんなどでかい銃で七発も撃ちこまれて生き延びられるはずがない。ましてやあんな小さな体で耐えられるはずがない。
――俺達は拘束されてない……大人しく言われる通りにペナルティを受ける必要なんかない!
なんとか、逃がせないものか。そうでなくても。
――まだ、まだ嵐よりは高校生の俺の方が頑丈なはずだ。せめて何発かくらいだけでも俺が庇うことができれば……!
それは、流れるように自然に出てきた考えだった。死にたいわけではない。皆との約束を反故したいとも思っていない。それでも、まるで染みついた本能のごとくそれは狭霧の中から湧き上ってきたのである。
嵐は自分は、親にも否定された存在だと言っていた。でも実際彼はこのゲームの中で間違いなく役に立ったし、少なくとも自分達が第四の試練をクリアできたのは彼のおかげといって間違いない。これからだって、きっと彼が役に立つ場面があるはずである。
自分よりも、嵐が生きていた方がいい。だって、そうだろう。
『何で俺は生きてるの』
自分なんかより、ずっと彼の方が役に立つはずだ。
あの人をみすみす死なせてしまった、自分よりもずっと、ずっと――!
「駄目、狭霧君っ!」
嵐の前に走り出そうとした瞬間、強く腕を引っ張られた。世羅だった。彼女は全身全霊の力で、狭霧の腕を引いて止めてきたのだ。
「駄目、駄目、お願いだから……っ!」
嵐に死んでほしくないはずなのに、何で止めるんだ。その時は本気でそう思った。その直後。
『執行しマス』
無情にも、その声が。
「あ、あらっ……」
ダン!
ダン!
ダン!
ダン!
ダン!
ダン!
ダン!
綺麗に、連続して七発。重たい銃弾は、それはそれは丁寧に嵐の体に撃ちこまれた。
腹、右肩、左腕、右足、左足、左肩、胸。
撃たれるたび、嵐の体は悲鳴もなくただ踊った。血飛沫だか、肉片だからわからないものが飛び散って、真っ白な床に花を咲かせていく。
永遠とも思えるような、地獄の時間の後。彼はばたりと、仰向けに倒れた。その小さな体から溢れたとは思えないほど、凄まじい量の赤い海を広げて。
「あ、あああ……」
その血は、狭霧の頬や、制服にも飛び散っていた。その場にへなへなと座り込む狭霧。わかりきっていても、はっきりと目の前で突きつけられてしまうのはあまりにも現実の重さが違う。頭がガンガンと痛む。耳鳴りが酷い。
ましてや今回は、身代わりになれたかもしれないから尚更に。
「なんで、止めた……お前だって、嵐に死んでほしくなかったはず、だろ……!」
酷いことを言っている。自分でもわかっていた。自分が世羅の立場でもきっと止めただろう。理解していても、止められなかった。
傷つけると知っていても、言わずにはおれなかった。
「俺の方が、役に立たない人間だ……嵐の方が生き残るべきだった、きっとそうだろう……」
「私は」
後ろに温もり。後ろから世羅に抱きしめられているとわかっていた。彼女が泣いていることも。
「私は、酷いね。嵐君に死んでほしくないって言いながら、結局選んだ。私は嵐君より、君を選んだ。君のことが一番大事だから」
響く嗚咽に、胸をえぐられる。数秒前の自分を殴りたくなった。自分は一体何故、こんな残酷な台詞を彼女に言わせているのだろう。
「役立たずなんかじゃない。君も嵐君も信吾さんも千佳さんもみんなみんなみんな。だからお願い、そんなこと言わないで。私はもう君から、そんな台詞聞きたくないの。全部、全部わかっていても聞きたくないの」
「世羅……」
「ごめんね。本当にごめんね。自分勝手で、ごめん。でも私はもう……二度と、君を死なせるなんて嫌、だから」
彼女が一体何を言っているのかさっぱりわからなかった。もう二度と死なせる、なんて。まるで狭霧が、一度死んで生き返った人間であるかのようではないか。
混乱の中、音を立てて銃口が引っ込んでいく。そして、先ほどの銃が飛び出してきた横の壁が長方形に開いた。奥に、さらに暗い廊下が続いているらしい。次はそちらから進め、というのが主催の意思であるようだ。
『改めまして、第四の試練、お疲れ様でシタ。新しい通路を開通いたしましたので、そのままお進みくだサイ』
どれほど悲しんでも、嘆いても時間は止まらない。残酷なゲームは、まだ続いている。五人いたメンバーが、たったの二人になってしまっても。
『次でいよいよ、最後の試練でございマス!それをクリアしたら、皆様を此処から解放いたしますので、頑張ってくだサイ!』
それでも前へ進めと、容赦なく迫るのだ。
人の心など必要ないと言わんばかりに。
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