<20・隠された攻略法。>

 ぴんぽんぱんぽん!というコミカルな音が鳴った。とにかく、10万ポイントを稼がなければ全員が死んでしまうことになる。硫酸の雨を浴びてどろどろに溶けて死ぬなんて流石に笑えもしない話だ。仲間の命までかかっているとあれば尚更である。狭霧は世羅、嵐とともに銃を構えた。


『行きまスヨ!……スタート!!』


 画面の中。丘の上に、ウサギやネズミ、ネコといったキャラクターたちが一斉に出現した。それぞれスコアボードを掲げている。最初の練習でも思ったことだが、このゲームただ闇雲に撃ち続けていても10万ポイントなんてとんでもない数字には到達しないだろう。こちらは三人しかいないのだ、一人につき平均して3万ポイント稼いでも足らない。しかもクマが出現したら、嵐はその討伐に回ることになっている。彼は自分達よりポイントが稼げない可能性が高いと思っておくべきだ。


――大切なことは、ただ撃ちまくることじゃない。高いポイントを出しているキャラクターを瞬時に見極めて、より正確に仕留めることだ!


 一見すると闇雲に、とにかく一匹でも多く倒していった方にも見えるが。ポイントの数字はバラバラで、それこそ一桁のものから三桁のものまで同時に出現している様子である。一桁をちみちみ撃っていてもほとんど稼げないのは明白。というか、ボードは基本的に一度打ち込むと倒れてしまって同じ場所に次が出現するまでタイムラグがあるため、ひたすら一か所を狙い続けるという戦法が取れないのだ。

 狭霧は素早く画面上を見渡した。自分はシューティングゲームなど、一部のコンピューターゲームやゲームセンターで齧った程度しかプレイしたことがない。多くの的を的確に当てていくことができない以上、積極的に大物を狙っていくべきだろう。


――よし、アレだ。


 表示される点数と、ボードを持っているキャラクターに法則性はないようだが。それでもネコが持っているボードが高得点である傾向にあるようだ。岡の上でゆっくり移動していたネコに標準を合わせ、引き金を引く。ヒット。ボードが赤く染まり、一気に200点が追加された。


――よし次はあそこで回転しているネコ……500点!


 喋る余裕などない。コミカルな音楽とともに出現する動物達を、三人はひたすら無言で撃ち続けた。一番上に、残り九分のタイマー。アナウンスははっきり言わなかったが、このゲームの制限時間は十分間ということらしい。

 十分間で、10万ポイント。どう楽観的に見積もってもギリギリだ。それでもやるしかないと、狭霧は引き金を引き続けたのだった。




 ***




――やはり、何かおかしい……!


 残り時間五分と表示されたところで、狭霧は唇をかみしめた。ちらり、と全員のスコアボードを見る。


 SAGIRI:score 006569。

 SERA:score 007312。

 ARASHI:score 010350。

 total 024232。


 既に、時々黒いクマと赤いクマが出現するようになっている。その都度嵐が即座に射撃して撃ち落とし、今のところ自分達全員の被ダメージは最小限に抑えられていた。それでもなんだかんだと一番ポイントを稼いでいる嵐は流石といったところだろう。

 だが、それでも三人合わせてまだ3万ポイントにも満たない状態である。残り時間半分しかないのに、これは非常にまずいと言わざるをえない。

 ただ。それは自分達の腕だけが問題ではないのではないか、ということに狭霧は気づきつつあった。


――そもそも、三桁のボードの数が少なすぎる。大物中心で狙いに行っている俺が、さほど点数を稼げていないのがいい例だ。この調子では、どう頑張っても10万ポイントなんて稼げそうにない……!


 どういうことだ、と焦りながらも必死で頭を回した。最初から自分達が、ほぼクリアできないようなゲームをさせられていたのか?いや、今までの傾向からしても、主催側はクリアする方法がないようなゲームを持ちこんでくることはないはずだ。そして、できれば狭霧に生き残って欲しいのだろうという意図も感じているわけで。つまり、狭霧が“どう頑張ってもクリアできない”ようなゲームを用意するとは、正直到底思えないのである。


――俺がさほどシューティングゲームが得意でないことくらい、無理やり拉致できるような連中が掴んでないとは思えない。とすると。


 なんとなく、彼等が自分にどんな役目を期待しているのかは想像がついている。作戦によって、皆を導く策士、あるいはリーダー。頭を回せば、仮に犠牲が出てもクリア自体は可能になるように作っていると考えるのが自然だ。

 ならばこのゲームにも、何か攻略法があるはずである。ただ高得点狙いで撃ち抜いていくだけではない、何か別の方法が。


――ん?


 その時ふと、画面の中に既視感を覚えた狭霧。こうしている間にも、丘の上には動物達がボードを持って出現し、あるいは移動しながら弾が撃たれるのを待ち続けている状態なのだが。

 一匹だけ、妙な動物がいるのである。

 それが、画面の中央にじっと鎮座したままぼんやりしているウサギだ。あくびをしていて、いかにも他のキャラクターたちと比べるとやる気がないのが見てとれるビジュアルである。掲げているボードは、僅か1点。だから自分もスルーしていたのだが、何度か弾が当たったのかボードは既に赤く染まっているようだった。

 そう。もう、赤く染まっているのに、倒れないのである。

 このウサギは何度か撃たれているにも関わらず、1点のボードを掲げたまま欠伸をしつつ静止しているのだ。


――何故、1点なんて誰も狙わないようなボードをど真ん中に配置した?そして、どうして撃たれても倒れることがないんだ?


 もしかしたら、これは。


「え!?狭霧君なにを……それ1点だよ!?」

「悪い、確かめたいことがある!世羅、三桁のボードを持ったネコのキャラクターが丘の四隅に出現しやすいからチェックしててくれ」

「わ、わかったけど……!」


 ポインターの先を見た世羅がさすがに驚いて声を上げた。だが、今は細かな説明をしている余裕がない。狭霧は欠伸ネコの1点ボードに狙いを定めて連射し始めた。当然、ポイントは1点なので、スコアの上昇も微々たるものとなってしまうが。


『いたーい!』


 突然、そのネコが甲高い声で喋った。そして怒った顔に変わり、これでいいんでしょ!と言わんばかりにボードを差し替える。

 その点数、なんと5000点!


――これだ!


 狭霧は引き金を引いた。一気に5000点のポイントが入る。これは非常に大きい。


――そういうことか……!堂々と置いてあるギミックだからこそ、そう簡単には気づけない。1点のボードなんか誰も気に留めない。でもそこに、このゲーム攻略の鍵があった……!


 あの1点ボードを一定数撃つことで、5000点のボードが出現するという仕組みであったらしい。なるほど、この莫大な点数がなければ、10万ポイントを稼ぐことはまず不可能に近い。最初から、これに気づけるかどうかがカギとなっているゲームであったのだ。

 怒ったネコのボードが真っ赤に染まって倒れていき、再び欠伸をしたネコと1点ボードに変わる。残りの時間は既に四分しかない。残る時間で、自分はひたすらこの1点ボードの猫を撃ち続け、出現する5000点を確実に取っていかなくては。

 このまま5000点を稼ぎつつ、合間に近くの別のボードも取っていく。それを繰り返せば、きっとどうにか10万ポイントに到達することもできるはずだ。


――よし、この調子なら……!


 イケる。着実に点数を稼ぎながら狭霧がそう思った、次の瞬間だった。


『わははははは!レッド・アラート!レッド・アラート!!』

「!?」


 突然、どこからともなく低い笑い声が聞こえてきたのである。さながらそれは、異世界転生系のアニメによく出てくるような“魔王様”の声であるかのよう。嫌な予感に身震いした瞬間、大量の大量の黒いクマと赤いクマが出現したのである。


「なっ……!」


 他の動物達の隙間を縫うように大量に配置されたクマたち。まずい、と狭霧は冷や汗をかいた。この数、いくら嵐の腕がよくても全てを捌ききることは不可能だろう。赤いクマはもちろん、黒いクマもまずい。今ここで、5000点ボードのウサギを消されてしまったら間に合わなくなってしまう。

 自分もクマ討伐に参加するべきか、そう思った瞬間。


「クマは僕がなんとかする!赤いクマは一端無視して黒いクマから全部倒す!」


 嵐が叫んだ。


「狭霧さんと世羅さんは、ポイントを稼ぎ続けて!時間がないから!」


 でも、と本当は反論したかった。黒いクマだけならすぐに倒すこともできるかもしれない。しかし、赤いクマを無視していたら奴らはプレイヤーにどんどん弾を撃ってきて被弾ダメージを増やしてくるのだ。

 それはつまり、最下位の人物がそれだけのダメージを負うということを意味している。狭霧が高得点ボードを見つけたこと、世羅が三桁ボードを中心に狙い始めたこと、そして嵐がクマ討伐に集中したことで既に三人の順位は逆転している。今最下位なのは嵐だ。このままでは、彼が。


「このままじゃ三人とも死ぬ!僕は……それだけは絶対嫌だから!守らせて!!」


 初めて聞くような、嵐の大きな声が狭霧を突き動かした。躊躇う余裕はない。狭霧は再び、点数ボードに標準を合わせる。左から右へ、嵐が次から次へと黒いクマを撃ち倒していくのが見えた。同時に、赤いクマの弾丸がどんどんこちらに飛んできているのも。

 もう、左上の数字もゲージも見なかった。見る余裕がないというより、見るのが恐ろしかったのだ。

 そして、ついに。


『そこまでデース!!』


 ぴんぽんぱんぽん、という始まった時と同じ軽快なタイムが鳴った。必死になって引き金を引き続けたせいで、腕が固く痺れている。恐る恐るスコアを見た。点数は。


 SAGIRI:score 055112。

 SERA:score 028313。

 ARASHI:score 025956。

 total 0109381。


――超えた、10万ポイント……!


『おめでとうございマス!10万ポイントを越えましたので、第四の試練クリアでございマス!』


 クリアはした。

 しかし、その代償はあまりにも大きい。何故なら、被ダメージゲージは三人とも大きく横に伸びてしまっているのだから。あの一番最後のラッシュがあまりにも大きかった。黒いクマを討伐せずに赤いクマをみんなで倒していたら――否、その場合は果たしてポイントが足りたかどうかといったところなわけで。

 一位と二位である、狭霧と世羅はいい。しかし、最下位になってしまった嵐は。


『それでは、ランキングは発表しマス!一位は55112ポイントの狭霧サン!二位は28313ポイントの世羅サン!そして、一番役立たずの最下位は25956ポイントの嵐サンでシタ!ペナルティは、嵐サンになりマース!』


 狭霧は奥歯をギリギリと噛み締める他なかったのである。

 何が、一番役立たずだ。自分達が彼にどれだけ助けられたか、こいつらだって見ていたはずなのに――と。

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