<19・死のシューティング。>
シューティングゲームなんて楽しそう!と年頃の少年なら思うかもしれない。
此処がどこぞのゲームセンターなら。
友達と一緒に遊びに来ていたのなら。
そして自分達が誘拐されて、無理やり命がけのゲームに参加させられているわけでなかったら。
「どうせまたろくなものじゃない」
嵐がぼそりと呟いた。狭霧も心から同意である。部屋の中が暗くなり、目の前の白い壁に草原と丘を模したポップなアニメーションが表示されても印象は変わらない。確かに、ウサギやらネズミやらが点数ボードを出して立っている様は可愛らしいと言えなくもないが。
『そちらの可愛い点数ボードが、今回の標的となりマス!試しに、お手元の銃で撃ってみてくだサイ』
アナウンスがそう告げると同時に、ぴろぴろぴ、と電子音が鳴り響いた。そして画面の左上に、三人分のユーザー名が表示される。
SAGIRI:score 000000。
SERA:score 000000。
ARASHI:score 000000。
total 000000。
恐らくこの00000の部分に、ゲームで獲得したポイントが表示されるのだろう。試しに狭霧は銃を構え、一番手前に立っているウサギのボード(10点と表示されている)に標準を合わせてみた。引き金を引いた瞬間、赤いペイントのようなものがボードにべったりと付着して、持っていたウサギが目を回して倒れていく。
キラリン!と魔法少女が鳴らしそうなSEと共にスコアが変化した。
SAGIRI:score 000010。
やはり、撃てば撃つほどポイントがあそこに加算されていくというわけらしい。
六ケタ、ということは999999点がマックスなのだろうか。
トータルとわざわざ表示されているあたり、三人で点数を競うというゲームではなさそうだが。
『このアナウンスが終わったあと三分間、練習時間を設けマス。そのあと本番デス』
ひゅるるるる、と気球に乗ったクマが画面上を通過していく。どうやらこの黒いクマは悪役ポジションであるらしい。ばこんばこんと気球から爆弾を落として、丘に立っていくボードを壊していく。しかも、ボードを壊されたウサギやネズミは驚きふためいて逃げ惑い、しばらくボードを出してくれなくなるのだ。
パアン!と風船が弾けるような音がして気球が破裂した。クマがまっさかさまに丘へと落ちていく。見れば、嵐が銃を構えていた。どうやら、クマの気球に向けて発砲したということらしい。嵐のスコアに影響はないが。
「あのクマ、点数にはならないけど撃ち落とせる。出てきたら即行で始末した方が良さそう」
「なるほどな」
点数を稼ぎつつ、あの妨害クマを倒していくというゲームらしい。おおよそ納得した。これは本当に、遊園地のアトラクションなどであったなら普通に楽しいゲームであったのかもしれなかった。
問題は、此処がそんな愉快な場所ではないということ。
このゲームだけなら、どう見ても命の危険はない。爆弾を落とされても、僅かに銃が震えて振動が来ただけで、それこそ電撃が走って痺れるなんてこともないようだった。――今まで散々人に命を賭けさせてくれた運営である。当然、これだけで終わるとは到底思えない。
『皆さんは是非、協力してたくさんスコアを稼いでくだサイ。三人合わせて10万ポイントを稼ぐことができれバ、皆さんの勝ちデス。第四の試練クリアとなりマス』
ただし、とアナウンスは続ける。
『もしクリアできなければ、皆さんはこの部屋から出られまセン。ゲーム終了後に、その部屋のスプリンクラーから硫酸の雨が降り注ぎマス。皆さんはドロドロに解けてジ・エンドでございマス!』
「無駄にペナルティ凝らないでよ!」
世羅が悲鳴に近い声を上げた。
「何で今回に至っては毒ガスじゃなくて硫酸なの!?そんなに怯えさせたいの、ねえ!?」
「趣味が悪い」
「以下同文。……なんだ、その恐怖を煽る為だけのペナルティは」
全身に硫酸の雨を浴びて死ぬなんて、毒ガスよりも恐ろしいではないか。考えるだけでぞっとしてしまう。
さらに、アナウンスはとんでもないことを言い出した。
『なお、中盤からはゲームのキャラクターたちが反撃してくるようになりマス。黒いクマのキャラクターは、気球に乗って爆弾を落としてボードを破壊するだけでスガ、赤いクマのキャラクターは自分も銃を持っていてこちらを攻撃してきマス。赤いクマのキャラクターが出現すると、scoreの下にダメージゲージが出現しマス。被弾したプレイヤーは、被弾の赤いゲージがどんどん長く伸びていきマス。被弾しても、scoreが減ることはありまセンが……』
アナウンスの向こう。
これを流している相手は、笑っているのだろうか。
『scoreが一番低かったプレイヤーは、ゲーム終了後にペナルティがありマス。このダメージゲージの分だけ、リアルにダメージを受けて貰うのデス。例えば一発撃たれた人が最下位だったなら銃弾一発分、十発撃たれた人ならば十発分といった具合デス』
「なんだと……!?」
『つまり皆サンは、scoreを稼いで自分と仲間を助けつつも、敵の攻撃を防いでいかなければいけないということでスネ。クマは、赤いクマも黒いクマも撃つことで倒すことができマス。出現したのであれば、クマを優先的に倒すのも戦略の一つですので覚えておくといいでショウ』
やぱり、ただの楽しいシューティングゲームであるはずがなかった。
スコアが最下位の人は、必ずダメージを受ける。冗談ではなかった。三人でゲームをする以上、自分達の誰かは必ず最下位になることが確定している。その最下位の人間が無傷でない限り、必ず銃弾で撃たれるようなダメージを受けるということではないか。
「相変わらず、ゲスだとしか言いようがない。胸糞悪いったらありゃしない」
世羅が吐き捨てた。言葉が荒れているが、それも無理からぬことではあるだろう。
本当はそんなゲームなど参加したくない。自分が怪我をするのも、仲間に怪我をさせるのも御免なのだから。
だが。
問題は、10万ポイント、という数字。制限時間がどれくらいなのかわからないが、さっきのような10点のボードを地道に倒すだけではまず間違いなく間に合わないだろう。妨害を受けつつ、三人合わせてその数字まで到達しなければいけない。被弾まで、気にするような余裕があるかどうか。
『それでは、練習ドウゾ!』
考える時間を与えてくれるつもりはないようだった。狭霧は銃を構えて引き金を引く。撃たれるまでその場に立ちっぱなしのウサギなどのキャラクターと、ボードを持ったまま丘の上を走り回っているキャラクターがいる。また、持っているボードの大きさも異なる。小さなボードを持っているキャラクターや、よく動くキャラクターほど点数が高いのはお約束であるようだった。
練習は三分間。その間に、このゲームのコツと攻略法を考えなければいけない。
一分ほど過ぎた時、赤いクマが出現するようになった。こちらを見て、にやりと笑い、銃を構えて撃つ。どうやらみんな同じ動作をするらしい。一応、すぐに気づけば撃たれる前に攻撃することもできる仕様であるらしいが。
「これ、三人のうちの誰かをクマ討伐専用にした方がいい」
嵐が提案してくる。
「他の人と同じ的を狙うと弾が空ぶってしまうことになる。クマもそれは同じ。だったら、最初からクマが出たら確実に撃ち落とす人を一人決めておいた方がいい。そうすれば、残る二人はスコア稼ぎに集中できる」
「理屈はわかるが、でも」
「黒いクマと赤いクマを出現直後に倒せれば、確実に全員のダメージが減らせるしスコアも伸ばせる。だから」
右端に出現した赤いクマが、即座に後ろに倒れた。嵐が速攻で倒したのだ。
「僕がやる。今見てるかんじだと、僕が一番シューティングゲームが上手いから。……ゲームセンターでサボって時間稼ぎしてたから、いつも」
お小遣いだけはあったから、と少しだけ寂しそうに嵐が言う。色々と察してしまって、狭霧は何も言えなくなった。きっと、母親が再婚した相手や恋人はお金を持っていたし、連れ子の嵐にも相応程度にお小遣いをくれていたのだろう。――本当に欲しいものは、ほったらかしにしたままで。
「……そうすると、お前のスコアが一番少なくなる可能性が高い。それでもいいのか」
狭霧は呻く。もし彼が、再び自己犠牲のつもりでこの提案をしてきているようなら、自分が止めなければいけないと思ったからだ。
最下位になった者は、被ダメージ分の攻撃をリアルで受けることになる。それで自分が死んでもいいと、彼がいまだにそう思っている可能性は否定できない。
しかし。
「自分が役に立てると、まだ思ってるわけじゃない。僕よりも、二人の方が生き残るべきだとは思っている。でも」
嵐の眼は。
第二の試練で暴走した時とも、自分なんかと皆の前で泣きじゃくった時とも違っていた。
「今一番、考えているのは……三人で生き残ること、だから。例え僕が最下位になっても、被ダメージがほとんどなければ死なない。僕はちゃんと、僕を守るつもりで戦う。……信じてほしい」
また一緒にご飯を食べましょうと言った千佳も、アメフトの試合を見に来いと言った信吾もいない。
短い、本当に短い付き合いなのは間違いないだろう。それでもこの短い時間で、この少年もまた必死で変わろうと決めたのかもしれなかった。
いなくなってしまった人達に、報いることができる生き方を。
「……わかった」
狭霧は、頷いた。信じよう。彼の、“生き抜くための覚悟”を。
「世羅も、いいな?妨害者は、嵐に任せることにして俺達は点取りに集中する方向で」
「……うん、わかった」
ただ、と。世羅の表情が曇る。
「最下位以前に、このゲーム……10万ポイント取るのは相当厳しいかもしれない」
もうすぐ三分が経過する。しかし、スコアボード上の数字はさほど増えてはいなかった。いくら、相談しながら撃っていたといっても、だ。
三人合わせて、1万も届いていない。
三分でこれだとすると、10万ポイントを叩き出すのは――。
『三分経過いたしまシタ!』
無情にも、アナウンスは始まりを告げる。
『それでは行きまショウ、本番デスヨ!!』
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