<18・デスゲームのあとで。>
階段を降りれば、三人は再び真っ白な廊下を歩かされることになる。
窓がないため、ここが地上階なのか地階なのかもわからない。ただただ無言で、重たい足を動かすことしかできなかった。嵐には狭霧が背負うと言ったが、彼は断ってきた。自分の足で歩きたいし、歩けるからと。
「……どこかで、思ってた」
やがて。長い沈黙の後、嵐が口を開いた。
「これは、夢のようなものだって。……僕が家に帰りたくないと願ったせいで見ている、悪い夢なのかもしれないって。だから怖くなかった。どうせ家に帰ったところでまたお母さんに怒鳴られて、殴られるだけ。また新しい男の人が来ていたら怖い目に遭わされるかもしれないし、それならもう家に帰らなくてもいいかって。……死ぬならそれでもいいって思っていたから、怖くなかった」
「嵐君……」
「それに、信吾さんは目の前で死ななかったから。ひょっとしたらまだ生きているかもしれないって思っていたし、今もまだ少しだけ信じているけど。でも、千佳さんは違う。僕達の目の前で、動かなくなった」
やっと実感わいた、と彼はぽつりと呟いた。
「映像で酷いものを見ても、映像の中で誰かが死んでもどこかで他人事だった。でも、千佳さんは違う。……人が死ぬって。二度と動かなくなるって。喋らなくなるって……こういうことなんだ、って」
声はどんどん小さくなり、消え入りそうなものへと変わっていく。やっと理解したのだろう――現実を。今が本当に、命がけの状況であるという実感を得たのだろう。
否、それは狭霧も同じだ。
記憶喪失も、命を賭けて戦う状況も。最初から全て本気で挑んでいたつもりではあるが、それでもまだどこか夢のようにふわふわしていたのは否めない。そして、実際は主催は誰も殺すつもりなどないのではないか、信吾だって生きているのではないかという甘い希望があったのも事実だ。
だが、千佳の死ではっきりとわかってしまった。
奴らは自分達が死んでもいいと本気で思っていると。目的のためには、何人殺しても厭わないつもりで自分達を誘拐し、この恐ろしいゲームに投げ込んだのだと。
――結局、この組織の目的も……犯人の手掛かりも何もないままだ。
自分はなんて、無力なのだろう。拳を握りしめる他ない。何が何でも生き残るとは決めたが、果たしてこのまま漫然と言われる通りにゲームをしていていいのかどうか。次のゲームでまた誰かが死ぬかもしれないし、最悪全員が全滅必死なハードゲームを仕掛けられる可能性も充分あるというのに。
セイギノミカタゲーム。
その名称にも、結局意味があるのかどうか。どうやら自分を特別扱いしているらしいということ、自分を正義の味方に仕立て上げようとしているということは想像がついたがそれだけだ。そもそも、こんなゲームをさせられた暁に生き残っても、それで何かのスキルを得ても。自分が、ゲーム主催者の望むような行動をする保障がどこにあるというのだろう。
貴方は凄いので、うちの軍にスカウトします!なんてことを仮に言われても。そこで、はいそうですか、と納得して忠誠を誓う馬鹿がどこにいるのか。仮に脅されて入隊を強制させられたところで、降り積もった憎悪が消えることはない。虎視眈々と、復讐の機会を狙うに決まっている。これだけの手間をかけてそのような人材を作って入れて、一体なんの意味があるというのか。
――それとも、俺が知っている“正義の味方”とは違う解釈があるのか?
何かにスカウトされる、ではない?
あるいはこれがカルトな宗教団体か何かの仕業であったとしたら、最後に生き残った自分が神様の生贄に捧げられるなんてオチもあるのかもしれないが――。
「私、こいつらが絶対許せない」
考え続ける狭霧の横で、世羅が低い声で呟いた。
「信吾さんも、千佳さんも。自分の在るべき場所に帰ってやりたいことが、やるべきことがたくさんあったんだよ。それなのに、出逢ったばっかりの私達のために命を賭けてくれるような優しい人ばっかりだったんだよ。何でそんな人達が、こんな形で死ななくちゃいけなかったの?そうまでして得られるものにどんな価値があるっていうの?」
あるわけない。彼女は吐き捨てた。
「早く、このデスゲームを作った運営委員でもなんでも目の前に出てこないかな。出てきたら確実にぶっ殺してやるのに」
「落ち着け」
「でも!」
「俺だって怒りは感じている。あの二人の仇を取りたい気持ちはある。でも、そんなことは主催だって百も承知のはずだ。俺らに反攻する暇を与えると思うのか?」
「……っ」
目の前に奴らが現れて何かの演説をしたところで、絶対その場で攻撃できるような隙などくれないに決まっているのである。組織の人間が現れても武器でガチガチに武装しているのがオチだ。下手をしたら殴りかかった直後に銃でズドン!とやられて終わりということも充分考えられるはずである。
むしろ、モニターごしでしか姿を現さない可能性の方が高いだろう。それならばチャンスも何もない。
――いずれ落とし前をつけさせてやるにしても、このゲーム内でその機会が巡って来るとは、到底……。
え、と。
そこまで考えて、狭霧ははっとした。それはあまりにも荒唐無稽で、しかし現実にあり得ないとは言い切れないような一つの予想。
正義の味方ゲームという、名前。
自分達に、仲間との結束を植え付けた上で脱落者を出させようとするシステム。
そして、憎悪を嫌というほど煽って、最後に作り上げるものがあるとしたらそれは。
――まさか。
そんな馬鹿な、と言いたい。
こんなくだらない理由で、これほど立派な施設を作って。自分達五人を――いや、あの映像が本当ならばそれよりもさらに多くの人間を――無理やり拉致して。一部は記憶を消すような手間までかけて。デスゲームを開催し、それに強制的に挑戦させるようにする理由とは。
――……もしこの予想が正しいなら。“このゲームが終わった後に起きること”は……!
「さ、狭霧君?どうしたの?」
狭霧が突然ナップザックからメモ帳とボールペンを取り出し、しゃがみこんでがりがりと文字を書き始めたので、世羅は困惑したように声を上げた。
これは、保険だった。このゲーム、自分が最後まで生き残る保証はない。生き残っても口がきけない状態になっている可能性はある。そして、この通路にも恐らく防犯カメラや盗聴器の類はあるだろう。カメラの正確な位置はわからないが、天井の方であるのはほぼ間違いない。
ゆえに、地面に置いて、自分の体で文面を隠しながら文字を連ねる。書くのは、二枚分。それを、急いで世羅と嵐のポケットに突っ込んだ。
「……この予想が当たっているかどうかはわからない」
小声で彼等に言う。
「ただ、もしもの時は……このメモを見てくれ。このゲームの後、間違った判断をしないために」
「え、どういう……」
「悪いが盗聴されている可能性がある以上ここで言うことができない。そのメモは、ゲーム後まで見なくていい。わかったな?」
「う、うん……」
狭霧の様子に、二人とも鬼気迫るものを感じたのだろう。何も言わずに、頷いてくれた。
――よし。
メモを書いたのも入れたのも、主催側には見えているだろう。しかし、それがどういった内容なのかまで予想することは困難であるはず。それが、彼らの真の目的を壊すものだとバレなければ、今はそれでいい。
勿論、自分の予想が外れている可能性もないわけではないのだ。奴らは徹底して、己の組織の正体に関しては伏せているし、ヒントも出さないように立ち回っているのだから。
でも、もしもこれが正解ならば。
ゲーム後、自分達は人生を変えるような決断を迫られる可能性が高いということになる。そこで足を踏み外せば、ある意味ではゲーム内で死ぬ以上の惨事に見舞われることだろう。
それは絶対阻止しなければいけない。自分達を救って散っていった、二人の心を無駄にしないためにも。
「……今まで、狭霧さんはいつも答えを見つけて、僕達を助けてくれた。さっきの宝探しだって、狭霧さんがバリケードを提案したり、通路で頑張ってくれなかったらそれこそ全員死んでいたかもしれない」
メモを入れたポケットを撫でて、嵐は言った。
「だから僕は、狭霧さんを信じる」
「……私も、信じるよ。……ゲームが終わって生き残ったら、その時に見ればいいんだね?」
「ああ」
自分達三人ともが無事に生き残ることができたら、あのメモはただ破り捨てればいいだけのこと。そうなることを、今は願うしかないのが辛いところだが。
――こんなクソったれなゲームを作ったどっかの馬鹿。……見てろよ。
そうこうしているうちに、三人は通路の終わりへ到達することになる。また、一枚のドアがある。その向こうで第四の試練が待っているということなのだろう。
――絶対に、お前らの思い通りになんか踊らない。ただの人間の意地を見せてやる……!
がちゃり、とノブを回した。そして、到着したその場所は。
「……今度は何?」
世羅が困惑したように呟いた。
「何をさせようっていうの、私達に……?」
それは、真っ白な四角い部屋。次のドアもなければ、相変わらず仕掛けっぽいものも何もない。ただ一つだけ奇妙なものがあるとすれば、地面に落ちている三つのレーザー銃のようなものだろう。
それは部屋の中心近くに三つ、等間隔で横に並べられている。そして地面にケーブルのようなもので繋がっているようだった。緑色の丸っこいデザインといい、わかるのはそれが明白に玩具の銃であろうということだけである。
『皆さん、お待たせしまシタ。第四の試練の説明をさせていただこうと思いマス!まずは、その三つの銃をおひとり様一つずつ手に取ってくだサイ!』
三人が部屋に入った途端、聴こえてくるアナウンス。
『今度のゲームは、楽しい楽しいシューティングゲームでございマス!』
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