<15・命がけの宝探し。>

 何とも意地の悪いゲームだ、と狭霧は思った。

 何故ならばこのステージ、限りなく高い確率で誰かが傷つくことになる。謎解きもへったくれもなく、とにかく少しでも早くトランプを剥して戻ってくるしかないわけで。

 しかも、実は最低でも二人以上生き残っていなければほぼ絶対クリアできない仕様ではないか。恐らく、同様のステージを生き残ったであろう、前回の映像の茶髪の女性は――同じような第三の試練に挑む羽目になっていたら、ほぼ確実にここで詰む結果になっていただろう。一人だけでは、外のボタンを押し続けることができないのだから。


「……やっぱり、ジョーカーが一枚足らないね」


 あのあと。全員でもう一度フロアをくまなく探したが、トランプは見つからなかった。アルバムに、見つかっていないジョーカー一枚を覗いた全てのトランプを収めて、世羅がため息をつく。


「あの通路の奥に行くしかない。誰が入るか、誰がスイッチを押すか、キッチンに残るかを決めないといけないよね」

「そうだな。ただ、スイッチを押す役目は嵐には厳しいな。位置が高すぎる。シンクの上に乗ってもいいが、今度は嵐であっても狭すぎて身動きが取れなくなりそうだ」

「ということは、私か千佳さんか狭霧君、だね」

「ああ」


 このゲーム、通路に入る者も奥でスイッチを押す者もリスクを負うことになる。さっきの三人組のように、結局全員生き残れないなんてケースもあるだろう。

 トランプを取って即行で戻れば被害は少なくて済みそうだが、壁に相当ぴったり貼りつけられているようだし、剥すのに数分はかかるものと思っておいた方がいい。一応、キッチンにある道具を活用すれば短縮することもできそうだが。


――開始までの十五分も、実際ゲーム時間と変わらないな。


 というか、この部屋に入ってから少しだけあった待機時間もゲーム時間だったようなものだ。はっきり言って、ゲームが始まってから全てのトランプを探し始めていたのでは時間が足らなかったことだろう。

 そういう意味でも、意地が悪いとしか言いようがない。説明してもいないことから意図をくみ取れ、というのは好きではなかった。ゲームに限らず、人間関係でも同じ。過剰に“空気を読め、空気を読め”と言うような人間が一番空気を読めていなかったりするものである。そもそも、そんなに理解してほしいことなら恥ずかしがって内で口に出してくれというのが本音だ。


「あの映像で、蛇が出てくる場所はわかっている」


 ちらり、と狭霧はキッチンの床の隅を見た。なるほど、よく見るとパッカリ開きそうな四角い切れ込みがあるではないか。


「それを逆手に取れば、多少罠の効果を減らす、こともできるかもしれない」

「例えば?」

「あの観音開きをがっちりガムテープで塞いですぐに開かないようにする。その上で蛇が滑るように油を撒く。また、スイッチまで多少距離があるから、それまでの間にバリケードを作る。小さな蛇だろうから隙間から完全に抜けないようにするのは難しいだろうが、時間稼ぎ程度にはなるはずだ」


 はっきりと武器にできそうなものはキッチンの包丁くらいしかなかった。可燃性のスプレーとマッチ、もしくはガスバーナーでもあれば簡易的な火炎放射器も作れたのだが、さすがにそこまでは親切でなかったらしい。市販の殺虫剤はあったが、蛇にどれくらい効くのかどうか。


「残念ながらシール剥しはなかったが、フライ返しはあったから剥すための道具として活用できそうだ。それを持って一人は通路に入り、可及速やかにトランプを剥して戻ってくるしかない。……残る問題は、誰がカードを取りに行き、誰がスイッチを押すのか、だ。俺はどの役目でも構わない。ただ、嵐にはスイッチを押さずに此処に残って欲しいと思っている」

「狭霧さん……」


 嵐は何かを言いかけて、そのまま俯いて押し黙った。本当は、自分が一番危険な役目をやると言いたかったのだろう。それでも沈黙したのは、さっきの世羅の言葉が効いているからに他ならない。

 彼も一生懸命、自分なりに変わろうとしている。強くなって、自分の環境と運命に立ち向かおうとしているのだろう。――生き残らせてやりたい、と切に思う。年上として、一人の人間として。


「……私が」


 世羅が口を開きかけた、その時だった。


「よし、じゃあスイッチを押すのはあたしがやるわ」

「え!?」


 それを遮るように、千佳が言いだしたのである。


「世羅ちゃんか狭霧クンが、奥に入ってトランプを取って来て頂戴。……あたしがボタンを押し続ける限り、通路に入った人に危険はないのよね?……何が何でも押し続けるわ。大人の意地にかけてね」

「で、でも!」

「わかっているのか。一番危険な役目だぞ」


 狭霧が“自分がスイッチを押す”と言いださなかった理由は二つ。考え方によっては、通路の中に入る方が危険と言えなくもないこと。また、自分に体力がないだろうという自負があったこと。さっきから何度か走って気づいている。世羅よりも千佳よりも、自分が先に息が上がっているとことを。多少出血しても痛くても耐えるという覚悟はあるが、失血してすぐに気絶してしまったのではお話にならないのだ。体力がない人間に、この役目はまず向いていない。

 しかし、だからといって女性である千佳にそれをやらせるのは――。


「守らせてほしいの」


 しかし、千佳は譲らなかった。


「あたしは、信吾君を守れなかったから。……せめてあんた達だけでも、一人の大人として守らないと……あたしが、あたしを許せないのよ」

「千佳さん……」

「お願い。これはあたしのプライドの問題。結局誰かがやらなくちゃいけないんだから、あたしにやらせて。あんた達子供に危険な役目を押しつけるような真似したら、あたしは一生あたしを許せなくなる。それは、生きていても死んでいるのと同じことなの。……あたしは」


 少しだけ。

 千佳の瞳に、淋しそうな影が過った。


「あたしは……自分の息子が苦しんでいることも気づけなくて追い詰めた、大馬鹿者だからさ。せめてあんた達だけは、助けたいのよ。わかって頂戴」


 彼女もまた、過去に何かがあったのだろうか。話を聞いている限り、彼女が息子や家族を大切にしていただろうことは見て取れたというのに。


「……わかった」


 やがて、狭霧は頷いた。誰かがやらなければいけないのも確かなことだ。あまり長く議論している暇はない。出来る限り早くトランプを剥して戻ればいい、それだけのことだ。


「俺が通路を入る。……世羅、嵐。二人で、ボタンを押している千佳をガードしてくれ」

「狭霧君……」

「まずは残った時間で急いで、蛇の排出口の封鎖、それからバリケードの設置だ」


 世羅はまだ何かを言いたげにしていたが、ここは封殺してもらった。なんとなく、彼女からは少しでも狭霧を危険から遠ざけたいのだろうという気配を感じる。さっきも、自分がスイッチを押す役目を担うと言おうとしたのだろう。

 そこまでして自分を気に掛ける理由はなんなのか。消えた記憶に関係しているのか。――それをいつか、話してくれるつもりはあるのかどうか。


――いや、今は余計なことを考えている場合じゃない。とにかく、この試練を乗り越えることを考えなければ……!




『俺を、仲間を死なせたクソヤローにしないために協力してくれ。死ぬと決まったわけじゃねえ。生きたらまた会おうぜ……ってこれもフラグか?はは』




 信吾の言葉を思い出す。本当は怖かったはずなのに、彼は最後まで笑っていた。狭霧を不安にさせないために。後悔を、未練を残さないために。


――もう誰も犠牲にしない、置き去りにしない……!


 決意を胸に、四人は工作を始めた。蛇が出てくる出口をガムテープでがちがちに固めて、その周囲には蛇が滑りやすいようにサラダ油を撒く。さらに、スイッチを押す人物が立つ場所よりも奥にバリケードを作った。部屋にあった本棚を持ってきて置いた上、隙間をソファーの上にあったクッションとガムテープで埋めるくらいのことしかできなかったが、これでも多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 蛇が壁を登れるかは怪しいが、かなりの跳躍力を持つことはさっきの映像ではっきりしている。身長150cm程度とおぼしき少年の喉元に噛みつけるほどジャンプしていたのだ。バリケードの高さは狭霧の身長くらいあるが(ちなみに、世羅が163cmと言っていて自分もさほど変わらないので、多分狭霧の身長は165cm程度だと思われる)飛び越してこないとは言い切れない。その時は、ジャンプしてきた蛇を片っ端から殺虫剤と包丁で撃退していくしかない。


「これで、どれくらい防げる?」


 不安そうに嵐が言った。わからない、と狭霧は正直に返す。


「それでも、何も対処をしていなかった……さっきの映像の子達よりも時間は稼げるはずだ。……そうだと信じたい。信じるしかない」

「……うん」


 準備は、どうにか整った。あとは。


『皆さん、時間になりまシタ!』


 そして、鳴り響くのは忌々しいほど軽快なチャイムと、あのノイズまじりのアナウンスの声である。


『第三の試練の開始でございマス。是非知恵と勇気をもってして、全員での生還を目指してくださいネ!』

「行ってくる」


 何もかも無駄にはしない。信吾の勇気も千佳の覚悟も。何が何でも生き残って、彼等を自分が未来に連れて行くのだ。


「気を付けて、狭霧君……!」

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