<14・覚悟を切り刻む。>
『やっぱりこの中、だよね』
ツインテールに丸顔の少女が、こわごわと通路の奥を覗き込んでいる。
『もう、外にあるトランプは全部探したし。あとここしかないもんね……』
『そうだな。……で、中に誰かが入っている間は、別の誰かがボタンを押し続けていないといけないわけだ。でないと、トラップが作動する』
『ただし、この赤いボタンを押していると、今度はこっちのキッチンに罠が発動するんだよな。説明通りなら……』
眼鏡の少年が、心底嫌そうな顔をした。
『……出るんだろ、蛇。毒はない、らしいけど』
その言葉に、世羅がぎょっとしたように叫んだ。
「へ、へ、へ、蛇いい!?」
「あー……世羅ちゃん、蛇苦手なのね」
「と、と、得意な女子って少ないと思いますよ!?」
まあそりゃそうだろうな、と狭霧も思う。というか、自分だってあまり得意ではない。現実感がわかないのは、単純に蛇をリアルで見たことがないせいでしかない。それこそ、観光地で首に巻いても大丈夫!な蛇を見たことがあったかもしれない、くらいだ。――と、いう発想ができるあたり、自分はそういう場所に行ったことがあるのかもしれない。それなら、嵐のように虐待児だったというオチはないのだろうが。
世羅は今にも吐きそうな顔をしている。隣で嵐が“爬虫類ってだけなら可愛いのに”とぼそりと呟いていたのが印象的だった。やはり、愛らしい顔をしていても男の子は男の子ということなのかもしれない。彼の場合、蛇よりも怖いものを知ってしまっているからというのもあるかもしれないけれど。
『……あ、あたし……中に入る方、でいい?正直、蛇が出てきたら冷静でいられる自信ないの……』
少女が心の底から申し訳なさそうに言えば、少年二人も異論はないようで“わかった”と頷いた。
『俺とケンヤでキッチンを守るよ。俺らのどっちかがボタンを押すから、エリカは中に入って急いでトランプを取ってきてくれ。多分、そんなに長持ちしないだろうし』
『ごめんね。カズマくん、ケンヤくん、よろしくね』
『おう』
カズマ、と呼ばれた茶髪の少年がぐっと親指を立てる。そして、少年達はごそごそとキッチンを探ると、包丁を持ってきて身構えた。それで蛇と戦おうということらしい。
通路に一人が入り、最低一人がキッチンでボタンを押し続けて中の罠を解除し続ける。そして、中の一人がトランプを見つけて戻ってくるまで、出現する蛇を相手に耐えるということなのだろう。
また嫌なものを見なければいけないだろうが、それでも耐えなければいけない。罠の種類がどんなものなのか、そして蛇というのがどういったものなのかを確認する必要があるからだ。そもそもの話、自分達は既に“ゴリラの頭にクマの体”という、キメラとしか思えないような生物を目撃しているのである。単純に蛇といっても、現実の世界に存在する生き物であるとは限らないのだ。
『こっちの準備はOKだ。エリカ、なるべく急いでな』
『うん、わかった。ありがとね』
三人の仲は悪くないらしい。ひょっとしたら、元々仲良しのクラスメートだったということなのかもしれなかった。これ以前にもいろいろと試練を経験したかもしれないのに、中学生相当の年齢でありながら随分落ち着いている印象である。エリカ、と呼ばれた少女は頷くと、そろそろと秘密の通路に入っていった。すると、画面に一瞬ノイズが走り、映像が上下で二分割されることになる。
上の画面には、相変わらずキッチンで待機している男子二人。
下の画面には、薄暗い通路に入っていく少女一人の映像といった具合だ。どうやら、カメラが両方の場所にあるというわけらしい。中と外で起きる出来事を同時に見せてくれるようだ。
「あ、罠ってそういうことなの」
やや嫌そうな声を出す千佳。
「まるで、ゾンビ映画のアレみたいじゃない。やだわ、あのシーン旦那と一緒に見たけどトラウマなのよ」
彼女がそう言ったのは、エリカが通路の途中で立ち止まったからである。薄暗い通路は、途中から壁の色が変わっていた。灰色から、やや白っぽい色へ。人一人が通れる程度の狭い通路の一番奥に、これみよがしに貼りつけられているのがあのトランプである。まっすぐ白い通路をつっきって戻るだけの簡単なミッションであるのは間違いない。問題は。
エリカが白い通路に近づいた途端にブザーのような警告音が鳴り、レーザーのような赤い光が走ったこと。
それは、左右の壁から光を伸ばし、ゆっくりとした速度で通路の中を動きまわっている。赤い光の動きは完全にランダムらしく、規則性らしいものはなかった。膝くらいの高さでゆっくりと奥から手前に動いたかと思えば、上下にゆるゆると高さを変えながら前進、後退を繰り返すパターンもある。逆に首くらいの高さで走ったかと思えば、斜めの形になって通路を横切るというケースもあるようだった。
なるほど、某ゾンビ映画を思い出すような光景である。多分あれに触れたら最後、レーザーメスで切り裂かれるようにすっぱりと焼き斬られてしまうだろう。腕も足も、一瞬にして寸断されてバラバラにされてしまう――想像するだけで恐ろしい。
『これが、罠……』
映像の中で、エリカがごくりと唾を飲みこむのが見えた。
『カズマくん、ケンヤくん。トランプを見つけたわ。でも、奥の壁に貼りついてて……罠を解除しないと取れないみたい。レーザーメスみたいなのが走ってて、多分触ると切り刻まれちゃうの。罠の解除をお願い』
『わかった。……押すぞ』
キッチンにある入口から、エリカが立っている白い通路の手前まではさほど距離もない。中の声は、外の彼等にも充分届いたようだ。エリカの言葉に、ケンヤと呼ばれた眼鏡の少年が頷く。そして、ボタンを押した。瞬間、再び鳴り響くブザー。白い通路のレーザーが解除され、全ての光を消す。それを見計らって、エリカが一気に奥に向かって走り出した。
しかし、同時にキッチンで発動するトラップ。ぱかり、と床のタイルに一部が開き、そこからするすると黒い蛇が這いだして来たからである。それも、二匹同時に。
『あ、足元から来た!』
赤いボタンを押している人間は、ずっと立っていなければならない。そうしなければ手が届かないからだ。つまり、地面を這う蛇を包丁で攻撃することができないからである。
『俺がぶっ倒してやる!』
カズマが包丁を振りかざし、蛇を攻撃した。一匹は即座に頭を潰して倒したものの、もう一匹にはするりと攻撃を躱されてしまう。向こうも、相手が敵意を持っていると気づいたのだろう。シャアアアア!と牙をむき出しにして威嚇してくる。一匹のサイズはさほど大きくない。狭霧=男子高校生の腕一本くらい、であるようだ。だが、それでも口を開ければ鋭い牙が除き、恐怖心を感じるのは否めない。本当に毒はなかったとしても、ダメージを負うのは必至である。
『うっ……』
その一匹にカズマが手間取っている間に、同じ場所からもう一匹が出現してしまった。カズマの横をすり抜け、するするとケンヤの方へ向かっていく。
『か、カズマぁ!た、助けてくれ!』
『くそお!』
何度も包丁を降りおろし、やっと対峙している一匹をカズマが倒した直後。ケンヤから鋭い悲鳴が上がった。逃げた一匹の蛇が、逃げる事のできないケンヤの足首に噛みついたからだ。
『ぎゃあああああ!痛い、痛い!』
『てめえ、何しやがんだよ!』
カズマがあわてて蛇をケンヤから引きはがして包丁で仕留めたものの、噛みつかれたケンヤの右足首からは鮮血が滴っていた。牙がかなり深くまで突き刺さっていたらしい。噛みつかれた時のダメージがいかほどなのか、を狭霧たちに見せつけるには充分な結果だと言えた。それでもスイッチを離さなかったケンヤ少年は立派だが。
『くそ、まだ湧いてきやがる……!』
恐ろしい事に。スイッチを押している間、蛇は次から次へと出現するようだ。今度は床から、三匹同時に蛇が顔を出してきた。まるで悪夢のような光景だ。カズマは慌てて通路の奥に向かって叫んだ。
『エリカ、エリカぁ!マジでこっちやばい!頼む、急いでくれ。スイッチを離さないと俺らが殺されちまう!!』
一方。画面の下部分では、エリカがトランプの場所で格闘していた。忌々しいことに、トランプは奥の壁にぴったりと貼りつけられていたらしい。壁から引きはがすのにかなり手間取っている様子だった。
『待ってお願い!トランプ、ぴったり壁にくっついちゃってるの……!急いで剥すから……!』
爪でかりかりと引っ掻いて、どうにか少しずつ一枚を剥そうと頑張っている様子である。だが、もはやカズマとケンヤにも余裕はない。彼女がそうやって奮闘している間にも、次から次へと蛇に襲われている。まだ幼い少年達が蛇に噛みつかれて血まみれになっていく様は、あまりにも正視に耐えうる光景だった。
動けないケンヤの足に、次々噛みついていく蛇。それ振り払うカズマの腕にも蛇は齧りつき、鮮血を溢れさせていく。
『は、早く……エリカ、早く……』
これでは、と狭霧は唇をかみしめた。仮に毒が無くても、出血死するのは免れられないではないか、と。
『あっ』
べりり、と大きな音がした。やっとエリカが、トランプを剥すことに成功したのだ。
『やった、できた!今から戻るから!!』
エリカが喜んで通路を振り返るのと――一匹の蛇が跳ね上がるのは同時だった。蛇は息も絶え絶えで、それでもボタンを押し続けていたケンヤの首に思いきり噛みついたのである。
『がっ……!』
頸動脈を噛み切られたのだろう。ぶしゅううう、と派手に血の噴水が噴きあがった。
『け、ケンヤああああああああああ!』
血まみれになりながら絶叫するカズマ。ケンヤの体が崩れ落ちていく。ずるり、と指がボタンから離れた。その瞬間。
ビー!ビー!ビー!ビー!
派手にブザーが鳴り響いた。最初にボタンを押した時と同じ音が。
「!」
まるでそれを待っていたかのように、血まみれのキッチンをのたうっていたたくさんの蛇たちが一斉に穴の方へと戻っていく。自分達の役目は終わったとでも言わんばかりの様子。妙な信号でも出ていて、それによって操られているということなのだろうか。
キッチンの危機は、去ろうとしていた。しかし、その代わりに。
『ま、待って、まだ早っ……』
通路を駆け戻ろうとしていたエリカを、レーザーが襲う。あっという間の出来事だった。彼女の足元をレーザーの赤い光が通過していき――少女の両足首を、すっぱりと両断していったのである。
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
凄まじい絶叫が響き渡った。足が、足が、と歩くことができなくなった少女がのたうつ。だが、トラップはそこで終わりではない。今度は天井と床から、さながらロープが垂れ下がるように伸びたレーザーが走ってくる。そして見事に、うつ伏せになってもがくエリカの、両足の間に滑り込んだ。
『ふぎゅっ』
股間にもぐりこむように走った、赤い光。彼女の顔が激痛と不快感に歪んだように見えたのは一瞬だった。次の瞬間、彼女は股間から頭の先まで、すっぱりと切り裂かれて真っ二つになっていったのだから。
「ひ、ひいいっ!」
世羅が悲鳴を上げる。隣で嵐はただただ唖然として座り込み、千佳は吐き気を堪えるように口元を抑えていた。通路を真っ赤に染める血、縦に真っ二つに引き裂かれた少女の間からでろりと溢れてくる臓物と骨の残骸。出来の悪いスプラッタ映画でも見るようなおぞましい光景が、まさにそこにあったのだ。
『えり、か……?』
そして。その通路内の惨状に気づいていないであろう、最後の一人であるカズマも。血の海の中、やがて動かなくなる。彼も手足を何か所も噛まれていて限界だったのだ。
懸命に試練に立ち向かったであろう少年少女達は、揃って無惨な屍をさらすことになった。やがて再び映像にノイズが走り、ぷつりと途切れることになる。
『ご覧のように、ボタンを押す、押さないでそれぞれトラップが切り替わりマス』
最後に、無慈悲なアナウンスを残して。
『蛇に毒はありませんが、噛まれすぎると死ぬので注意してくだサイ。それでは、今から十五分後に第三の試練の始まりデス!』
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