<13・足らないモノ。>
そこは、現状とはあまりにもかけ離れた空間だった。一般家庭のリビングのような場所と言えばいいだろうか。
少し前に、自分達が休憩していたフロアよりずっと生活感がある。壁と天井は白いが、ソファーは黒いし長方形のテーブルはガラス張り。皿やコップが入った茶色の食器棚が並び、奥にはキッチンがあるのがわかる。さらにその隣には、トイレと風呂の表示があるドアが。いかにも“ここで暫くくつろいて待っていてください”と言わんばかりだ。ソファーの前にはご丁寧に大きな薄型テレビまで設置されている。
「……また少し休憩していていいってことなのかしら」
ちらり、と千佳が壁にかかった丸い時計を見て言う。針は、既に九時過ぎを指していた。正直、少し疲れがたまってきた頃ではある。最初にすぐ休憩を挟んだこともあって、動き回っていた時間はさほど長くはないが――いかんせん、ストレスが凄い。
さっきまで笑っていた人物が一人、欠けてしまったのも大きい。
「……わ、冷蔵庫にまたいろいろ入ってる。水とか、サンドイッチとか」
キッチンを覗いていた世羅が声を上げた。
「このゲームの運営さん、何がしたいんだろうね。立て続けにゲームに投げ込むでもなく……さっきの部屋といい、ここだけ見たら歓迎されているみたいにも見えるよ」
「でも実際、デスゲームに投げ込まれていることを忘れてはいけない」
「まあそうなんだけど」
狭霧の言葉に、そういえば、と嵐が口を開いた。
「こんな話を聞いたことが。確か、誘拐犯に捕まっている人質が、誘拐犯に少し優しくされると……段々ほだされて、誘拐犯に同情したりするようになってしまうっていう。……僕達にも、同じことを狙ってる可能性はあるかもしれない」
確かに、そういう話は自分も聞いたことがある。厳しいゲームの後に少し休憩を挟むことで、心に余裕を持たせる。そして、自分達は優しくされているのだ、と勘違いさせる。もし本当にそれが狙いなのだしたら、悪どいとしか言いようがない。
「笑えるわね」
言葉とは裏腹に、吐き捨てるように千佳は言った。
「信吾君を切り捨てさせるようなことをしておいて、今更あたし達がゲームの主催に同情的になるはずないじゃない。信吾君は生きてるって信じてる。信じてるけど……だからって、こんなゲームをやらせた奴らを許すなんて絶対ないわ。例え、あたし達が実は昏睡状態で、意識だけゲームの中に取り込まれてました……だから実際ここで死んでも本当に死ぬことはありません、なんてオチだったとしても同じよ」
彼女はやや乱暴な所作でソファーに座る。体重がそれなりなだけあって、ふかふかの黒いソファーを大きくへこんだように見えた。
「人は、思い込みだって死ぬことがあるのよ。これが架空のゲームだと知っていてプレイするのと、現実だと思ってプレイするのは意味が違うわ。人を騙して、ストレスを与えてる時点であり得ない。例え本当は……さっきの映像も化け物もフェイクで、あたし達を殺す気がなかったんだとしてもよ」
「当然だな。合意を得てもいないのに、無理やり巻き込んできている時点で迷惑も甚だしい」
「狭霧君に至っては記憶まで奪われてるんだもんね」
「ああ」
いい加減、ゲームの趣旨くらい説明してほしいものである。それもないのは、やはり“クリアするまで話すつもりはない”とか、“クリアしたって教える必要もない”とかそういうことだろうか。なんて自己中心的なと言わざるをえない。
「あ」
その時、嵐が何かを拾い上げた。
「さっき、千佳さんがソファーに座ったら落ちたみたい。……何、これ?」
「んん?」
それは、誰がどう見ても――トランプだった。
クラブの10という、なんとも中途半端なカードである。当然、絵札ではないので柄はない。裏側は茶色のマダラのような模様だが、特におかしな印象ではない。恐らく、普通に市販されているトランプの一枚なのだろう。
「何で、一枚だけ……」
全員で顔を見合わせた。が、当然誰も答えなど知っているはずもない。
ただ今までのことを鑑みるならこれも何か意味がある可能性が高いだろう。今のところ、第三のゲームについては何も説明がないし、アナウンスもかかっていない。この部屋で待機しておくようにと言われただけだ。しかし。
「……少し、この部屋を探索してみよう」
狭霧は提案する。
「ひょっとしたら、この部屋は休憩場所ではなく、既に次の試練の会場ってことなのかもしれないしな」
***
この、一般家庭のリビングのような部屋を探索してわかったことは二つ。
この空間が、リビングと奥のキッチン、その奥のトイレと風呂の合計四つの部屋で構成されていること(正確にはキッチンとリビングはドアもなく地続きなので、この二つで一つの部屋と定義できなくもないが)。
前の休憩場所と違って豊富な食材はないが、サンドイッチやおにぎり程度の軽食とお茶はあること(さっきもチャーハンは食べたが、少しだけ貰うことにした。毒は入ってない、と信じるしかない)。
それらのスペースから、ほとんどのトランプが見つかったこと。
そして。
「……露骨だな」
キッチン下の、戸棚の奥に。明らかに何かありげな、秘密の通路が見つかったこと。
しかも通路がある戸棚の上、つまりシンクの横に押してくださいと言わんばかりの赤いボタンがあること。
「これ、押したらどうなるんだろうね」
おそるおそる、と言ったようすでボタンに顔を近づける世羅。
「何かの罠なのかな。それとも、新しい通路が開く、とか?」
「どこにも説明書きらしきものはなかった。今はまだ押すなよ」
「わ、わかってるよ」
とりあえず、説明があるまでは迂闊に押すわけもいかない。ひとまずリビングの上に、先ほど自分達が見つけたトランプを並べてみた。
ダイヤの1~13。
スペードの1~13。
ハートの1~13。
そして、クラブの1~Kと、ジョーカー一枚。
「普通トランプって、ジョーカーが二枚入ってるものだと思うけど」
「そうだね、一枚足らない。なくなっちゃったのかなあ……」
「……いや、違うと思う」
狭霧は食器棚の中から、一枚の分厚い本を取りだした。さっきから気になっていたのだ、食器に交じって何故か一冊だけ本のようなものがあることが。
紺色の表紙のそれは、一見するとアルバムにも見える。しかし、開いて見るとそれに写真は一枚も収まっていなかった。代わりに、全てのページに奇妙なくぼみがいくつもあいている状態。しかも、ご丁寧に全て“ダイヤの2”などという番号が振ってあるではないか。
「やっぱりそうだ。多分、見つけたカードをこの本に収めろ、ということだと思う。……ジョーカーの欄は二枚分あった。やはり、集めた分だけでは一枚足らないということだ」
「ってことは、ひょっとして……」
全員の視線が、キッチンへ向かう。もしもゲームの内容が“トランプを全て見つけてこのアルバムに収めろ”であった場合。残る一枚があるのは、恐らくあの妙な秘密の通路の向こうである可能性が極めて高いだろう。勿論、まだ自分達の探索が不十分で、最後の一枚を見つけることができていないだけということも考えられなくはないが。
『皆さんこんにちハ!少しはお休みできましたでしょうカ!』
「!」
まるで図っていたように、再びアナウンスがかかった。何故だか、最初に聞いた時よりテンションが上がっているように感じるのは気のせいだろうか。
『そろそろ、第三のゲームについての説明をさせていただきマス。第三のゲームは、宝探しゲームになりマス。この部屋にある、“数が足らないもの”を全て揃えて、本に収めてくだサイ。全てが揃ったことをセンサーが感知すると、次の部屋に続くドアが開くことになりマス』
このアルバムみたいな本、そんなにハイテクなものだったのか。思わずくるくると回して確認してしまう狭霧。
『“数が足らないもの”は、今皆さんがいるリビング、キッチン、トイレ、風呂。そして、秘密の通路の奥にありマス。全てを集めて、本に収めるのデス。この放送が終わってから十五分後にチャイムが鳴りますので、チャイムが鳴ったら二十分でクリアしてくだサイ。制限時間を過ぎると、この部屋にも毒ガスが満ちて、皆さんは死んでしまいマス』
やはりそういうパターンか、とうんざりする。しかも今度は、制限時間が短い。あまり細かいことを考えている時間もなさそうだ。
『秘密の通路について説明をしマス。秘密の通路は、一人しか入ることができまセン。必ず、出口の傍にある赤いボタンを別の誰かが押し続けてくだサイ。ボタンを押している間だけ、秘密の通路内のトラップは作動しまセン』
「何……?」
『どういうことなのカ、また映像でお見せいたしマス』
「!」
ぶつん、とスイッチが入る音がした。映像、と聞いて慌ててリビングのテレビに注目する四人。電源が勝手についていた。一瞬砂嵐になり、すぐに映像が再生されることになる。
自分達がさっき見ていたリビング、その秘密の通路の入口と見て間違いなさそうだった。今度は中学生くらいの男子二人と女子一人、というトリオであるようだ。彼等はキッチン下のぽっかり開いた通路を、こわごわと覗き込んでいる。
――また、誰かが死ぬのを見ろっていうのか……!
悪趣味がすぎる。狭霧は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
それでも、目を逸らす選択がないのが恨めしい。また、映像の中にヒントが隠されているかもしれないのだから。
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