<12・ココロの鍵。>
アナウンスの内容は、端的なものだった。
今から第三の試練の場所まで移動してもらう、奥のドアが開いたら先に進むように、と。そこにある指示に従って奥の部屋でしばし待機するように――それだけだった。また休憩時間だとでもいうつもりなのだろうか。
「あたし達にこれ以上何をさせようっていうのかしら」
壁の一部が、ごごご、と音を立てて上に開いていく。その奥に入ると、またしても一本の長い廊下だった。四人で先に進みながら、千佳がぽつりと言う。
「もううんざりよ。……信吾君はまだ生きてるかもしれないのに、見捨てて先に行けっていうの?このゲームを動かしてる奴らは何を考えてるのよ。人間じゃない。人間じゃないわ……」
「…………」
全員きっと、気持ちは同じだろう。化け物が梯子の上まで追いかけてこなかった以上、あの怪物が諦めたり撤退していったわけでないのなら――信吾が怪物を倒す、あるいは気絶させた可能性が高いということになる。つまり彼は包丁と肉体だけで、あの怪物に勝利してみせたということ。信吾なら実際可能かもしれない、彼は生き残ることができたかもしれない。自分達はみんな同じように望みを賭けていたというのに。
入口を封鎖されてしまっては、その生死を確かめることも叶わない。
タイムリミットになったら、毒ガスが噴射されるということも言っていた。もしそうなら、彼は仮に生きていたとしても――。
――死んだところを、俺達全員が見ていない。それが唯一の救いだ、でも……。
望みは、薄い。
そうとしか、言いようがない。
「……まだ、生きている可能性はある」
わかっていても、狭霧は言うしかなかった。残り三人と、それから自分の心が折れないようにするために。
「ゲームをクリアして、このクソッタレなゲームを作った奴らに確かめるんだ。信吾は生きているかどうか。そして、何が何でも助けさせる」
「できるのかな……」
「できる、そう思うしかない。……俺達があの人に生かされたのは確かで、ここで立ち止まったら本当に……あの人がやったことが無駄になってしまう。そうだろう」
どれほど都合の良い夢幻であっても、語るしかない時がある。狭霧は何故か、それを知っていた。知っていたような気がすると、そう思ったのだった。
「そういえば」
廊下を歩きながら、嵐がぽつりと呟いた。
「第二の試練の謎解きの答え、聞いてなかった。どうして、太陽のマークの部屋が答えだってわかった?」
「……すまない、後で説明すると言っていておきながら忘れるところだったな」
信吾のことがショックすぎて、流れるところだった。ちらり、と後ろを振り返りつつ狭霧は言う。
「あんた達みんな気づいていたと思うが、あの部屋の謎解きは部屋にある情報だけでは明らかに足らな過ぎる。月、星、太陽、音符、うずまき、ハート。それぞれマークのついたドアとタイマーはあるが、それ以外に仕掛けらしいものもなければヒントが書いてある様子もなかった。同じマークのものが一組でもあればそこから考察していくことも可能だったが、全部違うマークであり、しかも中のトラップとはなんの関連性もないマークだ」
最初から、あの謎解きは部屋だけで完結するようにできていない。
その前に“参考に”と見せられた映像と組み合わせることで初めて意味を成すものだった。というのは、もう既に他のメンバーも気づいていることだろうが。
「答えがあの映像の通りなんじゃないか、って信吾さんが言いだしたんだよね」
世羅が顎に手を当てて考えながら言う。
「だから、太陽のマークの部屋にトラップがあって……あの茶髪の女の人が、正解だって言ったその正面の部屋。つまり、月のマークの部屋が出口のはずだって。それから、仲間が階段を降りてトラップにハマったみたいだから、トラップのない部屋に降りる階段はないのかも?みたいなことを」
「そうよね。でも実際、月の部屋はトラップだったわ」
「うん。どういうことなの、狭霧君。あの映像の、茶髪の女の人が見つけた答えが間違っていたてこと?」
確かに、そう結論を出したくなるのもわかる。実際、映像は茶髪の女性が月マークらしきドアに入ったところで終わっていた。彼女が無事に、第二の試練の部屋から脱出できたなんてどこにも書いていなかったし、アナウンスもわかっていて誤魔化していたフシがあるからだ。
だが、実はそういう発想に陥った時点で罠にはまっているのである。少し考えればわかることに、自分は直前まで気づいていなかったのだから。
「……あの謎解きは二段構えだった。まず、あのフロアだけではどう考えても謎解きの材料が足らないことに気づかさせること。ドアを開けただけでトラップは作動しない仕組みだったようだが、そもそもドアを一度開けるごとに制限時間が半分になってしまうシステム。全部のドアを開けて中を確認して回るのはあまりにも現実的ではない。最初からそれ以外に考察方法がある……ならばそれは、開始前に見た映像以外にはありえない。ここに至るまでが、第一段階」
それから、と狭霧は続ける。
「あの映像がヒントにはなっているが、そのまま受け取ってはいけないことに気づくかどうか。それが第二段階だったわけだ」
「そのまま受け取ってはいけない?」
「よく思い出すんだ。あの時、茶髪の女性は自分と取っ組み合いをしていた黒髪の女性を、太陽のマークの部屋に投げ込んだだろう?その時どうやって、太陽のマークの部屋のドアを開けていた?」
「どうやってって、ドアノブを回し、て……」
ああああ!と。世羅、嵐、千佳の声が重なった。全員、何を見落としていたのかようやくわかったのだろう。
「そうだ、なんか違和感あったんだよ!あの映像だと、ドアは全部スライド式じゃなかった!普通にドアノブ回して開けるドアだった!」
「そうだ」
つまり、自分達の最大の勘違いは一つ。
「あの映像で行われていたゲームは。俺達が案内された、あのフロアのことではなかったんだ。ドアだけ全部挿げ替えたというより、そっくりな別のフロアがあったと考えた方が自然だろう。俺達は最初から、別の会場で行われていたゲームを見せられていたんだよ」
血みどろの惨劇と、太陽やら月やらのマーク、謎解きに囚われていてとても簡単なことに気づかなかったというわけだ。
別の会場で行われたゲームなら、当然謎解きの答えが違っていてもおかしくはない。あの会場では本当に月のマークのドアが正解だったのかもしれないが、自分達がいる場所でも同じ場所のドアが正解だとは限らない――そこに気づくかどうかが、二つ目の鍵だったというわけだ。あんなに堂々と大きなヒントがあったのに見落とすのだから、まったく情けない話である。
「……あの映像が別会場だと気づかなかった場合。俺達が、イチかバチかでどれかのドアを開けて中を調べるとして……一番開けたくないドアはどこだと思う?」
アナウンスは特大のヒントを残していった。
『正解のドアには、一番強く鍵がかかっていマス!その部屋こそが正解なのデス!それでは、御健闘をお祈りいたしマス!』
一番強く鍵がかかっている。
額面通り受け取ってしまうなら、それは自分達が入ってきたドアということになってしまう。他のドアには鍵がかかっているとは思えない――というか、それを確認するためには、制限時間が減ることを覚悟した上で全てのドアを開けて回るしかないのだから、無理がすぎるというもの。
つまり、ここで言うところの鍵とは、本物の鍵のことではない。心理の鍵だ。
「あの映像が、自分達と同じ会場だと思い込んだ場合。唯一、絶対開けてはならないと思うドアが一つあるはずだ」
「あ!た、太陽のマークのドア!」
「その通り。そのドアだけは、あの茶髪の女性が実際に開けて、中にあるものを“実演”してみせている。残酷な死亡シーンははっきり描写されていなかったが、それでも音と声は聞こえているし、血飛沫も飛んでいた。太陽のマークの部屋に入ったらトラップがある、降りた階段がある、そしてチェーンソーのようなものでバラバラにされて……地獄の苦しみを味わって死ぬだろう、と。全員が恐怖と共に、それを刻みこまれたはずだ」
だから、開けない。
否、トラップがあると思い込んでいるから、開けられないのだ。
「あの映像を見せた最大の目的は、俺達に“太陽のマークのドアだけは確実にアウトだ”と印象づけるため。此処と、映像の場所が別会場だと気づいた者以外、絶対に太陽のドアだけは開けようとしないだろう。……最も強く心理の鍵がかかった部屋、それが太陽のマークの部屋だったというわけだ。……俺がもう少し早く気づいていれば良かったんだけどな」
忌々しいのは、あのアナウンスのタイミングである。残り時間が三十分を切ったのは、月のマークのドアを開けた直後であったはず。それなのに、アナウンスはまるで狙っていたかのように、嵐が中に入ってから音声を流してきたのである。
まるで、取り返しのつかないことになるのを狙っていたかのように。あのまま狭霧が答えに気づかなければ、急いで嵐を止めに行っていなければ――普通に考えて、真っ先に死んでいたのは信吾ではなく嵐であったはずだ。
――まるで、意図的に誰かが死ぬように仕組んだみたいじゃないか……!
ゲームの主催が何を考えているのか、さっぱりわからない。セイギノミカタゲームの意図もわからない。自分達の絆を深めさせるようにわざと休憩を入れたり、敵対的な性格ではないメンバーを選んだり。
いや、そもそも一番最初に、狭霧一人に謎解きをさせたこともそう。まさか本当に、狭霧の好感度が上がるように仕組んでいるとでもいうのだろうか。そんなことをして、何の意味があると?結局、自分だけ記憶喪失にさせた意味もわかっていない。
――正義の味方ゲーム。……まさか、本当に俺を正義の味方とやらにするゲームだとでも思っているんじゃないだろうな……?
あり得ない。
こんなやり方をしたところで、自分が最もヘイトを向けるのは確実にゲームの主催者たちであるというのに。
「……ここね」
そうこうしているうちに、通路の突き当りに着いた。相変わらず味気ない白いドアがぽつんとあるのみ。此処に入れ、ということなのだろうか。
「また変な映像とか見せられるかもしれないし、メモ取る準備だけはしておいた方が良さそうだわ」
「そんなワンパターンで来る?」
「わからないでしょ。心構えの問題よ。一応手帳とボールペンは持ってるの」
ほら、と千佳がポケットからアイテムを嵐に見せている。そういえば、と狭霧はしょいこんだナップザックを思い出した。包丁を一本置いてきたが、それ以外の品はまだ此処にある。不通状態の電話の横においてあったメモとペンは一応持ってきてあるし、次に本当にまた映像が出てきたら自分も活用するべきだろうか。
「開けるよ」
もやもやした思いをどれほど抱えていても、不安や不信に囚われようと、時間の流れは止まってくれない。自分達はどれほどそれが誰かの手の上だとわかっていても、前に進み続けるしかないのだ。
世羅がドアノブを掴んで、回す。
そして自分達の目の前に“次の会場”が姿を現したのだった。
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