<7・切り刻むモノ。>

 最初は、真っ暗な画面だった。そこに淡々と、今まで自分達が聞いてきたのと同じ女性のアナウンスが流れるのみである。


『第二の試練は、脱出ゲームでございマス。今からご案内するフロアから、皆さんで知恵を絞って脱出する方法を見つけて頂きマス』


 ザ、ザザザ、と時折混じるのは耳障りなノイズ音だ。


『フロアは、通路といくつかのドアという構成になっておりマス。ここから第三の試練の場所に繋がる出口を見つけて脱出してくだサイ。制限時間は、このビデオが終わって奥のドアが開いてから一時間となっておりマス』


 一時間。また随分と猶予があるな、と狭霧は不審に思う。自分に解けるように問題を作っている、というのは本当なのか。あるいは、その一時間で揉め事でも起きるのを期待しているのか――もしそうならさっきのニ時間休憩は完全に悪手であったと思うのだが。


『それでは、参考までに他の方が今までやったゲームの様子を流させて頂きマス。どういったゲームであるのかよくご理解された上で、冷静に判断して下サイ』


 それデハデハ、とまたどこか調子のいい言葉とともに、画面が切り替わった。どうやら、次のフロアとやらには防犯カメラでもあるということらしい。歪曲した真っ白な通路があり、向かい合うように二つ白いドアがあるようだ。この角度では片方のドアしか見えないが、太陽のようなマークが書かれているのがわかる。

 その廊下で、女性が二人揉めているようだった。長い茶髪の女性と、長い黒髪の女性である。顔がはっきりと見えないが、服装から察するに大学生くらいだと思われる。彼女達はお互いに取っ組み合いの喧嘩をしているようだった。


『あんたのせいよ!』


 マイクが、茶髪の女性の声を拾っていた。


『何で?何で、何で、何で!あんたさえいなければ、ヒロシは死なずに済んだの。あんたの言葉を信じて階段を降りたからヒロシは死んだのよ、あんたが殺したようなものでしょ!?』

『何で私のせいなの、私は行けだなんて言ってないじゃない!』


 黒髪の女性も負けていない。茶髪の女性の髪を引っ張りながら、激しく抵抗している。誰かが手動で操作しているのだろうか、ここで画面がズームになった。

 そして気づく。茶髪の女性の、鬼気迫る表情に。化粧は崩れており、マスカラやアイシャドーが溶けて目の下まで真っ黒になっている。口紅は擦れて、頬や顎が不自然にピンクに染まっていた。だがそれ以上に目を引くのは、その頬や顎が引っかきキズだらけだということだ。

 何があったというのか。前のフロアでそれほどまでに恐ろしい目に遭ったのか、あるいは目の前の黒髪の女性にやられたというのか。


『私は、この先に出口があるかも、って言っただけ!目に受けて階段を降りたのはあんたの彼氏でしょ!?』


 髪の毛を引っ張る力が強くなったらしい。茶髪の女性が大きな声で“痛い痛い!”と叫んだ。パラパラと髪の毛が落ちたところで、画面が再び元の位置まで遠ざかる。


『真に受けたなんて酷い!ヒロシは、あんたのために先に行って安全を確かめようとしただけなのに……こんなのあんまりじゃないの!ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなぁぁぁ!』

『!!』


 茶髪の女性が反撃に出た。黒髪の女性の足を踏みつけて、力が緩んたところで思い切り突き飛ばしたのである。

 悲鳴を上げて床に尻餅をつく女性。茶髪の女性は乱れた髪を直しながら、勝ち誇ったように笑った。


『もう時間がないわ……どっちのドアが正解かなんて私にはわからないもの。あんたの体で試してあげる!』


 次の瞬間、茶髪の女性は勢いよく、太陽のような模様が書かれたドアに飛びついた。かちゃりとノブを回して開くと、黒髪の女性の首根っこを掴んで引き摺る。


『や、やめて!何するの!』

『何度も言わせないで。試すって言ったでしょ。二分の一よ、運が良ければ助かるでしょ!罠かどうか、今度はあんたが責任持って確かめなさいよね!!』


 そして。

 黒髪の女性の体を、思い切りドアの向こうに投げ込んだ。投げ込まれた女性がどうなったのか、このカメラの角度ではよく見えない。ただ。


『きゃああっ!?』


 ごろん、ばたん、ごろん、と転がり落ちていくような音と女性の悲鳴からして、階段になっていたのは間違いないようだ。さほど長いものではなかったようで、転げ落ちる音も悲鳴もすぐに終わった。

 だが。その代わりに響いてきたのは――ういいいいん、という機械音で。


「何、この音……!?」


 見ていた世羅が、怯えたような声を出す。ひょっとして、と狭霧は思った。同じことに気付いたのか、狭霧よりも先に信吾が声に出す。


「チェーンソーの音に聞こえるのは、俺だけが……」


 ぞっとした次の瞬間。まるでそれが正解だと言わんばかりに、機械音にノイズが混ざった。ぶつん、と何か柔らかいものを断ち切ったような音。次の瞬間。


『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』


 さっきとは比較にならないほど長く、濁った絶叫が響き渡った。


『あ、わ、私のて、て、手がぁぁぁぁ!痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいい!いや、だずけてっ、だすけっ、ま、また来る、あ、あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 さっきの細身に見えた黒髪の女性の、どこからあんな濁った声が出るのだろう。人が本気で怯え、苦痛に悶える声とはこれほどまでに恐ろしいものなのか。見守る全員が、完全に言葉を失っていた。

 異様なのは、部屋の外でその有様を見ていたもう一人の茶髪の女性の姿だ。


『あ、はははははは!ざ、ざまあみろっ!ヒロシを殺した報いよ!うふふふふ、頑張って逃げれば?早くしないと……ああ、もう無理かしら!腕だけじゃなくて左足もなくなっちゃったもんね!ほら、ボサボサしてると次は右足が巻き込まれるわよ!……あははははははははははは言わんこっちゃない!両手両足なくなって、ダルマみたいで超絶可愛いじゃん!』

『ぎいいいいいいいいいい、いだい、いだ、いだ、もうや、やだぁ……』

『え、まだ生きてんの?凄くない?意外とすぐにショック死ってしないもんなのね……』 


 狂っている。それ以外になんて言葉が言えるだろうか。

 実際に黒髪の女性がどのようにして亡くなっていっているか、このカメラからでは確認することがてきない。ただ、びちゃひちゃびちゃ、と血が跳ねる音や機械の稼働音、肉や骨を断ち切るぶちぶちという音と女性の絶叫が聞こえてくるのみである。

 それでも充分だった。実際にグロテスクな様子を映されていなくても、十分すぎるほど状況が想像できてしまうのてある。

 この映像の中でまさに、人間が一人殺されつつある。それも恐ろしく苦痛を伴う方法で、残酷に殺されていく真っ最中なのだ。


『がががが、ぎぃいいいい、い、いいだ、だ、だ』


 やがて悲鳴は、悲鳴でさえなくなった。恐らくもう絶叫する余力もなくなったのだろう。あるいは、喉を断ち切られてそれさえも物理的に叶わなくなったか。

 濁ったうめき声と共に、それはぶつんと途絶えて静かになった。そのあとも暫く機械が動く音と、ぐちゃぐちゃと肉を掻き回すような音は響き続けていたが。


『あははははははははははははははははははははははは!あーおかしい、おかしいったらないわ!』


 血飛沫は、階段の上まで飛んでいるようだった。黒髪の女性の血を僅かに浴びて、ひたすら嘲笑する茶髪の女性。人が生きたままバラバラに切断されて死んだのであろうに、何故そうも笑っていられるのだろう。自分の大切な人を殺した憎い仇であるから?そうならば、生きたまま地獄を味わって死んでくれても構わないとでも?

 それは残念ながら、狭霧には想像できない感情だった。出来ないほうがきっと、幸せであるのだろうけども。


『つまり、残ったドアが正解なのよね。他は全部アウトだったわけだし』


 彼女は最後に一度だけ、開いたままのドアを振り返って笑った。


『じゃあねマユカさん。御愁傷様。私は、あの人の分まで生きるから』


 そのまま彼女は、向かいのドアに手をかけて開き――映像はそこで、ぷつりと途切れたのだった。

 真っ暗になる、液晶画面。

 五人に残されたのは、重苦しい沈黙のみ。


「何だよ、アレ……」


 呆然としたように信吾が呟くも、当然誰も答えられるはずがない。

 はっきりと人が死ぬところが映っていたわけではなかった。あれは彼女たちの迫真の演技で、実際は血糊が飛んだだけで誰も死んでない可能性もないわけではなかった。

 しかし。

 それでも、この場にいる全員が初めて本格的に意識したはずだ――自分達が参加しているのは、本物のデスゲームかもしれないと。誘拐犯は本当に、自分達を殺してもいいと思っているのではないか、と。


『ご覧頂けましたでしょうカ』


 黒い画面のまま、再び音声だけが流れ始める。


『このように、次のフロアには様々なトラップが仕掛けられておりマス。間違った道を進めば、命を落とすことになるでショウ。先程の女性達も当初は六人のグループでしたが、あの映像の段階で既に四人が命を落としていまシタ』


 室内にタイマーがありますノデ、とアナウンスの声。


『それを参考に、残り時間を判断してくだサイ。ゼロになった時に毒ガスを流し込み、その場に残っていた人を全員殺害しマス。そうならないように、是非とも頑張ってくださいネ。それデハデハ』


 迷う暇も、考える時間も与えられはしなかった。がちゃり、と鍵が開く音。奥のドアが、誰も触れていないのに開いていく。


『この部屋も、今から十分後に閉鎖してガスを流しマス。早々に退室してくだサイ』


 逃げる場所はどこにもない。

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