<5・思考を巡らせること。>

 第二のゲームとやらが始まるまで、あと一時間。そうなると、なんとなく皆が真剣に今後のことを話そうという空気になってくる。

 むしろ、やっと緊張がほどけてきて色々なことを話す気になったとでも言えばいいだろうか。


「隠してごめんなさいね。……貴方も気づいたんでしょうけど、あたし達、貴方がゲームをクリアしたから生き残ることができたみたいなの」


 千佳が苦笑いしつつ口を開いた。


「最初は“幸運を引き当てるゲーム”だなんて言われたわ。五人のうちの一人、選ばれた人間がパズルを解ければ全員が生き残り、できなければ全員が死ぬって。……貴方が解いてくれなかったらきっとあたし達みんな死んでたのよ。だからまずはお礼をしなきゃと思って……ちょっとぐいぐい行っちゃったわ」

「別に、それはいい。赤の他人なのにいきなり優しくしてくれるんだなと少し不思議に思っただけだ」

「まあ、普通疑問に思うわよねえ。元々あたしがこういう性格だってのもあるけど!」


 だろうな、と狭霧はテーブルの上の皿を見て思う。一番食べるのが遅い嵐はまだ黙々とスプーンを口に運んでいたが、それ以外のメンバーはほとんど中身を浚えていた。純粋にお腹もすいていたし、美味しかった為である。

 確かにキッチンに食材はひとしきり用意されていたようだが、それでも普通はいきなり赤の他人に、見知らぬ台所で料理を振るまおうなんて思わないはずだ。そこはただの恩だけではない、彼女本来の世話焼きな性格あってのことなのだろう。

 高校生くらいの息子がいるという話だし、男子と話すのもきっと慣れているに違いない。


「うん、ごめんね馴れ馴れしくしちゃって。狭霧君は、私達のこと何も知らないのに」


 困ったように笑うのは世羅だ。何も知らないのに、と今彼女ははっきり言った。どうやら、完全に他人のフリをするつもりらしい。一番最初に、名乗る前から狭霧の名前を呼んでしまっていることに本人は気づいていないようだ。


「お前、俺と同じ学校なんだよな?俺のこと何も知らないのか」


 明らかに、自分のことを知っていて隠している彼女。一応揺さぶってみるが。


「ごめんなさい。私、他のクラスの男の子とかほとんど顔と名前が一致しなくて。その、あんまり男子と喋るタイプでもないし」


 しれっと逃げられた。確かに、クラスが違うなら関わりがなくても本来不思議ではない。だが。

 狭霧は見逃さなかった。ごめんなさい、と言った時彼女が露骨に視線を逸らしたのを。


――どういうことだ?


 何故、知り合いであるのを隠すのか。確かに、自分は記憶を失っている。記憶喪失の自分が混乱しないように情報を制限したい、というのなら分からないことではない。が、どうにも彼女の場合はそれだけではないものを感じてしまう。

 そもそも、狭霧君、なんて最初から下の名前で呼ぶほど親しい間柄だったなら。もっと自分が記憶を失っていたことにショックを受けてもいいはずだし、積極的に思い出して貰おうと頑張るのが普通なのではないか。それなのに、むしろ記憶喪失をいいことに他人のフリをするのは、一体どんなメリットあっての行為なのだろう。

 まるで、わざと距離を取ろうとしているようだ。

 ひょっとして、自分達に間に何かトラブルでもあったのだろうか。


「とりあえず話を整理しましょうよ。今わかっている情報だけでも共有しておいた方がいいし、全員で生き残るためにはお互いのことをもっと知っておいた方がいいわ!」


 パンパン、と手を叩いて言う千佳。


「そうね、まずはみんながどうやって此処に連れてこられたか、よ。あたしはさっきもちらっと言ったけど、御夕飯の買い物に行こうとしてたと思うのよね。で、そこから記憶が途切れてるから、歩いている途中に拉致されたんじゃないかと思うんだけど」

「あー、俺も、そのへんの記憶は曖昧だわ」


 はい、と手を挙げる信吾。


「大学の部活動の帰りだったつーのは覚えてるんだけどな。今日アズミちゃんの写真集が出る日じゃね?本屋寄らなきゃ!……って思ったところで記憶が途切れてる」

「心底どうでもいいな」

「うるせえよ狭霧!お前も男なら、結局写真集買えないまんまでしょんぼりしている俺の気持ちを少しは分かりやがれ!」

「いや、買ったことないし」


 謎なアピールを受けてしまい、やや引き気味に狭霧は言う。買ったことがない、という言葉がするっと自分から出たことに驚いた。ということは、多分自分はそういう雑誌を買うタイプの人間ではなかったのだろう。なんとなく、“水着などで肌の露出が多い女の子より、ファッション雑誌でお洒落に着飾っている女の子の方が魅力に感じる”なんてことを一緒に考えた。というのも、本人が一生懸命本人なりに着飾った服もひっくるめて、その人自身であるような気がするからと言えばいいだろうか。

 生身の体が見たくないというより、見せたくないところを隠したり努力の痕跡を見せるところまで全て含めて一人の人間だと解釈している、ような気がするのである。だから、それこそ下手に露出しているより、しっかり着込んでいる方が色気や魅力を感じることが少なくない、と。

 不思議なことだ。そういうものを見た記憶はないはずなのに、何故か“それを見てどう感じたのか”だけは覚えているような気がするなんて。


「私も似たようなものかな。学校を出たところまでは覚えてるんだけど、そこから先は」


 困ったように笑って、世羅が口を開く。


「えっと、嵐君は?君も学校帰りとか?」

「……違う」


 少しだけ手を止めて、嵐が首を振った。


「公園で一人でいた。時間を潰してた。そうしたら……誰かが来たような気がするんだけど、それ以上は」

「……そっか」


 やはり、全員が拉致されてきた時の記憶を失っているらしい。狭霧に至っては、此処に来るまでのことを何もかも忘れているのだから論外である。いずれにせよ、人の記憶を消し飛ばすような薬を使われたのだとしたら、少々依存症にならないかどうか心配になることころだが。

 全員が、普段通りに日常生活を送っていていきなり此処に連れてこられた。高校生二人、主婦、大学生、小学生。話を聞いていくと、全員住んでいるのは都内だというが、それ以外に共通点らしいものはない。

 だからこそ。自分と世羅だけが、同じ学校の生徒ということで連れ去られているのが気にかかるわけだが。実は、世羅が拉致される現場に自分が居合わせた、あるいは自分が拉致される現場に世羅が、なんてことはないだろうか。名前で呼び合うくらいの仲なのだ、実は付き合っていましたなんてこともありえなくはない。

 問題はやはり、何故それを彼女が隠すのか、というところではあるが。


「……そのまま全員が気づいたら棺の中で。俺だけが、パズルのようなものを解かされてズブ濡れになっていたわけか」


 そんな狭霧が話せるのは、自分が最初の試練で解いたパズルがどのようなものであったのか、くらいなものである。内容を語ると、全員が微妙な顔になった。パズルがあまりにも簡単すぎたことへなのか、それとも密閉された棺の中に水を注入される恐怖を想像したのかどっちであるのだろう。


「……よく、それでパニックにならなかったね」


 どうやら後者であったらしい。世羅が心底気の毒そうな声を出した。


「私だったらきっと無理だったよ。だって、いくら手元が見えるくらい明るいって言ってもさ、座ることもできないくらい狭い箱の中に閉じ込められてて、外の状況もなんもわからないんだよ?怖がるなって言う方が無理だし、横たわったまま溺れるなんて想像しただけでぞっとする。よく冷静になれたね」

「それが狙いだったんじゃ?」


 ここで、やっと嵐がチャーハンを食べ終えたようだ。卵焼きも綺麗にたいらげている。ごちそうさま、と言いながらスプーンを置く少年――本当はかなりおなかがすいていたのかもしれない。


「そもそも、狭霧さんだけ記憶を完全に消されている。そして、一人だけパズルを解かされている。明らかに、悪い意味で特別扱いを受けていると思う。簡単なパズルであっても、命の危険がある密閉空間でそれを冷静に解くのは簡単なことじゃない。犯人は狭霧さんにそれができるかどうか試したかったんじゃ?あるいは、できると確信していたのかもしれないけれど」

「俺が、何か特別な人間だったと?」

「狭霧さんはそう思っていなくても、犯人にとってはそうだったのかもしれない。残念ながら、それ以上のことはわからないけれど」

「……そうだな」


 舌足らずな声で、随分と落ち着いてものを話すものだと思う。案外この少年はそういった推理の類が得意なのかもしれない。

 本人は役立たずだなんて言ったが。この状況下では、落ち着いて判断できる人間がいるだけで貴重なものだ。しかもそれが、一番小さな小学生とは。足手まといどころか、かなり役立つかもしれない、彼は。


「それから、気になるとしたらセイギノミカタゲームつーのだろ?」


 うーむ、と腕組みをして言う信吾。


「セイギノミカタってあれだろ、正義の味方だろ。まるで、誰かにヒーローにでもなってもらいたいみてーだ。もしくは俺ら全員か?丁度戦隊ものでありそうな人数だしな」

「そうだな。でも、犯人の物言いからすると“頑張れば全員で生き残れる”みたいな口ぶりだ。誰かは欠けても問題ない、と受け取ることもできる。本当に戦隊ヒーローなら、五人から一人でも欠けたら駄目だろう」

「ま、そりゃそーだ」


 とりあえず、これ以上は次の試練が起きてみないと何もわからないというのが実情であるようだった。その後食事の片づけをして、周囲をくまなく探索したが、やはりめぼしいものは何も出てこなかったのだから。

 ただ、今後何かに使えるかもしれないものはキッチンにあったナップザックに詰めさせてもらった。包丁、なんてものを武器として使う機会が訪れないことを祈るばかりだが。


『皆さん、お待たせしまシタ!次の扉が開く時間デス!』


 そして、一時間後。

 またあのアナウンスが響き渡ることになるのである。

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