<3・頭の中の山羊。>

『まずは安心してくだサイ。このゲームは、皆さんが望めば全員で生き残ることが可能デス。皆さんで殺し合いをするようなゲームではありまセン』


 相変わらず、癪に障る声だと狭霧は思う。人を無理やり拉致して、記憶まで奪っておきながら、何が“安心してください”なのか。

 確かに、最終的にはこの中の一人になるまで殺し合いを、なんてことになる可能性もなくはなかったわけで。その心配がないと言われて、安堵しなかったと言われれば嘘になるけれど。


『最初のゲームを皆さんが無事生き残ってくださったこと、私達はとても嬉しく思いマス。しばし、そのお部屋でお休みくだサイ。二時間後に、次のゲームを始めたいと思いマス』

「二時間後?」


 鸚鵡返しに信吾が尋ねる。確かに、普通のデスゲームのイメージと若干異なるのは確かだ。大抵、こういったものはアニメだろうとラノベだろうと、いきなり第一、第二と連続で試練に巻き込まれて次々人が死んでいくのがオーソドックスである。第一の試練が終わり、まださほど疲弊もしていない状態でいきなり休みを挟む意味はなんなのだろう。

 だが、残念ながらアナウンスの向こう側にいる人間(?)は質問に答える気がないようだった。こちら側の声が聞こえていない可能性もあるだろう。信吾の問いも無視して、淡々と説明を続けるのみである。


『二時間が過ぎましたら、次のフロアへ続くドアが開きマス。次のドアが開いて三十分後にはこの部屋を封鎖して毒ガスを流しますので、二時間が過ぎましたら速やかに次のフロアへ移動してくだサイ。次のフロアで、第二の試練の説明をさせていただきマス。それでは、しばし休憩、御歓談くださいマセ』

「お、おい!?説明それだけか、おい!!」


 信吾がさらに言い募る。が、アナウンスはそこでぷっつりと切れてしまい、うんともすんとも言わなくなってしまった。

 狭霧も、他の四人も互いに顔を見合わせるばかりである。全員同じことを思っただろう――圧倒的に説明が足らない、と。


「本当に、何も話す気はないのかしら。失礼しちゃうわ、無理やり拉致しておきながら!」


 千佳がぷんぷんと怒っている。


「セイギノミカタゲームってどういう意味?あたし達に何をさせたいの?何でこのメンバーを選んだの?全員が生き残ることができるって言い方ってことは、そうじゃない可能性もあるってことでしょ、また誰かが死ぬようなゲームをさせるかもしれないってこと?」

「そう、ですよね。さっきだって、下手したら……」

「そうよ、全員死んでたかもしれないわ。それに」


 ちらり、と彼女が見つめる先には、ちんまりとテーブルの前に佇んでいる嵐の姿が。


「こんな小さな子を、恐ろしいことに巻き込んで!大人としても、子供を持つ母親としても絶対許せないことよ」


 どうやら、千佳が一番怒っているのはそれであるらしかった。いい人なんだな、と狭霧は率直に思う。赤の他人であるはずの自分に、いきなりアレコレ世話を焼こうとしたのもそういうことなのだろう。子供がいると言っていた。だからほっとけないし、赤の他人だろうと小さな子供を傷つける存在は許せない、そういう正義感の持ち主。

 だからこそ心配になった。そういうタイプは、こういう状況下では自分の正義感を貫きすぎて死ぬことも少なくないのだ。――まあ、一番死にやすいのは、仲間を捨てて自分だけ生き残ろうとするタイプであることは言うまでもないが。


「あんた、いい奴だな!」


 そして、狭霧が思ったような感想をストレートに口に出すのが信吾らしい。


「確かに、子供が酷い目に遭うのは駄目だ。この中で大人は俺とあんただけだし、俺達で他の三人を守らないとな!ああ、でもあんたは女性だし、あんたのことも俺が守るから安心してくれ」

「まあ、見た目によらず紳士なのね、頼もしいわ!」

「見た目によらずってどゆコト!?」

「ふふふっ」


 まるでコントのような信吾と千佳のやり取りに、世羅が思わず吹き出している。ひょっとしたら、彼等は場をなごませるためにわざとふざけてみせてくれたのかもしれなかった。

 ふと、くいくい、と袖を引っ張られる感触を覚える。見れば、いつの間にか傍に来ていた嵐が、狭霧の上着の裾を引っ張っているではないか。


「お兄さん、お風呂、入ってきたら?びしょ濡れ」

「あ」


 そうだ、忘れていた。さすがに寒さを覚えてくしゅん、とくしゃみを漏らす。すると千佳たちも気づいてかこちらを振り返った。


「そうだよ、狭霧君、お風呂入ってきた方がいいよ!風邪引いちゃうよ」


 世羅の言葉に、千佳と信吾もその通りだと頷きあっている。ここまでお膳立てされたら、従わないわけにはいかない。着替えもあるというのなら、そこまで問題もないだろう。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 女性や年下の子供もいる中で、一つしかないお風呂を使わせて貰うのは少々気が引けたが。確かにこのままずぶ濡れでいるのもそれはそれで迷惑をかけそうだ。

 ひとまず礼を言って、そこにあるお風呂を借りることにしたのだった。




 ***




 一体ここは、どういう施設なのだろうと思う。

 スイッチ一つで、あっという間に湯船にお湯がたまったのもそう。浴槽も洗い場もピカピカであることもそう。まるで、今日この日のために作られた施設であるように思えて、なんだか不気味に感じてしまった。同時に、そんな突然拉致された場所で、やむをえないとはいえ全裸になって風呂に入っている自分って結構いい度胸してるんじゃないか、とも。


――考えることが多すぎる。


 体と頭を洗って、ちょうどいい温度のお湯に浸かれば。どうしても、ぐるぐると思考を回してしまうことになる。

 本当の自分自身のこと。

 そして、自分達を無理やり拉致した犯人のこと。


――現在わかっているのは、セイギノミカタゲーム、なんて名前のゲームをやるために俺達五人が拉致されてきたこと。そしてお互いの面識がない、ということ。パッと見ただけでは共通点も見えない。性別も年齢もバラバラだ。住んでいる地域に関しては、まだ尋ねていないのでなんとも言えないが……。


 犯人が、やや長い時間をかけて自分達に何かをやらせようと思っているのはわかっている。この手間のかかった施設や、二時間という猶予を与えたこと。それらが、なるべくなら自分達に死んでほしくないという意図を感じさせるのだ。

 だが、同時に“役に立たないなら死んでもいい”と思っているのも事実だろう。少なくとも最初の試練。狭霧は棺に閉じ込められた状態で水を注入され、溺れる寸前だったのは事実だ。パズルを解けなければ、きっとあのまま溺死していたのだろうと思われる。ただ、気になるのは。


――俺はアナウンスの内容から、てっきり五人全員に同じ試練が課せられたとばかり思っていた。だが……棺から出てきて、体が濡れていたのは俺だけだった。


 即座に試練をクリアしても、あのパズルは全ても文字を回して引っこ抜いてということを繰り返すだけで多少時間を要するものだ。どう頑張っても一分はかかるし、その間に水は確実に頭の方までくるだろう。つまり、びっしょびしょに濡れるのは、どんなに早くクリアしても免れられないと思うのだ。だが。足先だけでも濡れていた者は一人もいなかった。それはつまり、まったく同じ試練を課せられたのは自分だけだったということである。

 試練の内容が違ったのか?

 それとも、パズルを解くというのは同じでも、ペナルティが異なっていたのか?

 そのケースも考えられないわけではない。が、今までの皆の反応からして、もっと高い可能性があるだろう。




『セイギノミカタゲームってどういう意味?あたし達に何をさせたいの?何でこのメンバーを選んだの?全員が生き残ることができるって言い方ってことは、そうじゃない可能性もあるってことでしょ、また誰かが死ぬようなゲームをさせるかもしれないってこと?』




 また、と千佳は確かに言った。彼女達も命の危機に晒される経験をしたのはほぼ間違いない。

 その上で。




『さっきはありがとな。お前のおかげで助かったよ』




 これは、自己紹介の時の信吾の言葉。何故彼は、狭霧のおかげで助かったと口にしたのか?

 その上で、全員が本当に赤の他人ならば奇妙なこともある。いくらみんな善人であったとしても、突然拉致されてきたという状況で混乱していないはずがない。余裕があるとも思えない。それなのに、初見から皆が妙に自分に対して親切なのだ。

 そこから導き出せる答えは、一つ。




『今からその棺の中に、水を注がせていただきマス。十分もすればいっぱいになり、皆さんは溺れて死んでしまうことでショウ』




 皆さん、なんて言い方をしていたが、実際あのアナウンスが聞こえていたのは自分だけであったのではないか。他の皆には、別のアナウンスが聞こえていた。そう。

 例えば――選ばれた一人が試練をクリアすることができたら、貴方も助かることができるでしょう、といったような。

 狭霧がゲームをクリアしたから、他の四人も助かった。彼等はそれを知っていた。だから自分に感謝しているし、無意識に恩を売っておきたいような心理も働いている――そう考えたら極めて自然なことだろう。

 なんだか不気味だった。まるでゲームそのものが、皆から自分への好感度を上げるために設定されているようではないか。その上で、この二時間の余裕。この休息の間に、皆で少しでも交流を深めておけと言わんばかりである。まあ、そのおかげで自分はお風呂に入ってゆっくりすることもできているわけだが。


――……一番気になるのは、俺自身のことだ。


 まだちゃんと確かめていないが。記憶喪失だと狭霧が告げた時、他のメンバーは明らかに驚いていた様子だった。多分、記憶を失っていたのは自分だけなのだ。

 何故、自分だけ何も覚えていないのだろうか。デスゲームに巻き込まれている状況を鑑みるなら、自分の記憶を奪ったのも運営側の可能性が高いが、アナウンスではそれに関して言及してくる様子がなかった。まだ種明かしをするつもりではない、とでも言わんばかりに。

 自分だけが記憶を奪われていて、しかも自分だけが皆の生死を担うゲームをさせられていたんだとしたら。確実にそれには、大きな意味があるはずである。どう考えても今回のゲーム、キーパーソンは狭霧自身だろう。記憶を失う前の自分は、そんなに凄い人間だったのだろうか?なんだか運動神経もあまり良く無さそうだし、我ながら愛想がないなと思うし、到底多くの人に好かれるタイプとおも思えないのだが。


「……お前は、一体誰なんだ」


 風呂場の鏡の中。こちらを仏頂面で睨んでいる少年を見て呟く。

 高校二年生にしては、少々線が細い。目つき黒髪黒目の、なんとも目つきの鋭すぎる顔である。イケメンかどうか、に関しては自分ではなんとも言えない。が、信吾と比べるとどうしても“男らしさ”とはかけ離れている感が否めない。自分で言っていてもなんだが、頼りになるタイプとは到底思えないのだが。

 そして、もう一人気になっている人物がいる。真っ先に棺の蓋を開けて、自分に声をかけてきた少女だ。彼女はそれとなく誤魔化しているが、自分は確かに彼女の最初の言葉を聞いている。




『びしょ濡れじゃん!ほら、私の手に捕まって、狭霧君!』




――彼女は、俺が名乗る前に俺の名前を呼んだ。それも下の名前だ。


 恐らく、名前で呼び合うくらいには親しい仲であったのだ。つまり、彼女は少なくとも記憶を失う前の狭霧について知っているはずなのである。

 それなのに、何故何も言わないのだろう。


――何を隠しているんだ、秋津島世羅は。


 まるで、他人のフリがしたいような様子である。理由があるのかもしれないが、まったく見当がつかなかった。

 暫く観察する必要があるだろう。もっとも、それができるほど自分と彼女が生き残れる保証は、どこにもないわけであったが。

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