<2・奇妙な者達。>

 やはり、狭霧の考えは間違っていなかったようだ。


『助かる方法はただ一つ!その棺の中に鍵を作ることのみデス!』


 アナウンスは、確かにそう言った。鍵を探せ、ではなく作る、と言ったのである。

 しかしそのまま文面通りに受け取っていいわけではない。この棺の中では体を動かせる範囲にも限界があるし、何かを工作するような道具もない。そもそも、時間はどんなに長く見積もっても十分。本物の鍵を作る時間などあろうはずもない。もっと言えば、鍵を差し込めるような鍵穴らしきものも見つかっていないのだから尚更だ。

 あるのはただ一つ、謎の文字列だけ。


『Kimberly is dead.』


 棺の天井に刻まれたこのアルファベットは、丁度一文字あたりが指でつまめる程度のサイズだ。そして、つまんでくるりと回すと、一文字ずつ引き抜けるようになっていた。他に仕掛けらしきものもない。つまり、この文字列を並べ直すか、あるいは外すことで成立するものであるということだ。

 もし他に差し込み口があるのなら、鍵を作ってそちらに移し替えるということも検討するべきだったが、指しこみ口らしきものは他に見つかっていない。ならば、引き抜くか並べ替えるか、で答えは完成すると見て間違いないだろう。


――鍵を、作る。鍵は英語で“key”だ。……ならば、鍵の文字だけ引き抜くか、あるいは残すかするのが正解だろう。


 鍵を作れという言い方からして、鍵の並びは正しいものでなければならないだろう。とすると、鍵、の単語を引き抜くよりも残した方が正解だと判断した。引き抜いたKとeとyの文字を並べれる場所が外側にないからである。

 問題は。この文字列の中にeが二つあること。 Kimberlyのeか、deadのeか。


――だが、deadの方のeを使うには、文字を並べ替えなければならない。yより前にeを持ってこないといけないのだから。……ならば、引き抜くだけで完成する鍵の方が正しいのではないか。


 必要なのは最初の単語、Kimberlyだけ。その中から、Kとeとyだけを残し、他の文字は全て引き抜いた。isとdeadも同様だ。

 推論混じりな上、あまりにも問題として簡単すぎるために心配だったのだが――どうやらこれで正しかったというわけらしい。がちゃん、と何かが外れるような音とともに、蓋は開いていったのである。この時にはもう耳まで水が来ていて結構苦しい状態だった。耳に水が入ってしまい、頭がもわもわしてしまう。


「う……」

「だ、大丈夫!?」


 早く体を起こさなければ。そう思った矢先、中途半端に引っかかっていた蓋がどけられることとなった。響いたのは、鈴が鳴るような少女の声である。こちらを見つめていたのは、ボブヘアーに大きな瞳の可愛らしい女の子だった。高校生くらいだろうか。多分、狭霧と同じくらいの年頃なのだろう。


「びしょ濡れじゃん!ほら、私の手に捕まって、狭霧君!」

「う、うう……」


 呻きながら、差し出された彼女の手を握る。びしゃり、と棺の中に溜まっていた水が撥ねたが彼女は気にしていないようだった。よく見れば、彼女もどこかの学校の制服姿である。ブレザーの色が自分とよく似ているあたり、同じ学校の出身だったりするのだろうか。


「あ、ありがとう……」


 何処の誰なのかはわからないが、まずは礼を言うべきだろう。そう考えたところで、彼女の胸元の名札が目に入った。




『藤木高校二年一組

 秋津島 世羅』




 そのまま呼んでいいなら名前は“あきつしませら”だろうか。藤木高校――自分と同じ学校だ。クラスは違うようだが、学年も同じであるらしい。


「あ!丁度いいじゃない、ここのタオル使いましょ」


 頭を振って耳の水を出しつつ、びしょ濡れの状態で棺から這い出すと。テンションの高い女性の声が聞こえてきた。なんだ、と思って顔を上げたところで、ばさりと頭に大きなものが被せられることになる。なんだなんだと思っていると、誰かにタオルの上からわしゃわしゃと頭を拭かれることとなった。


「わ、わわ」

「ほら、じっとしてて。あたしが今綺麗に拭いてあげるから!びしょ濡れだと風邪ひいちゃうでしょ!」


 声からして中高年の女性らしい。タオルで視界が覆われて何がなんやらわからない。少し離れたところからは、男性の“すげえ、ものすごく強引に行ったぞオイ”という声と、“世の中おばちゃんには勝てないって本当なんだ”というどこか冷めた少年の声がする。

 どうやら、自分と秋津島世羅という少女以外にも何人も人がいたということらしい。おばさんのタオル攻勢からやっと解放された時には、狭霧はすっかり頭がぐっちゃぐちゃの状態となっていたのだった。


「あら、よく見たら貴方、なかなかの男前ね!」


 タオルを持って立っていたのは、くるくるパーマのような頭をした六十手前くらいの恰幅の良い女性。


「でも頭がぐちゃぐちゃになっちゃった。ごめんなさいね。これはもうさっさとお風呂に入れてあげた方がいいかしら?あっちにバスルームみたいなのもあったし!」

「え、そうなんですか?」

「ええ。着替えみたいなのも用意されてたわよ。準備が良すぎると思わない?」

「えええ……」


 どうやら、相当ぐいぐい行くタイプであるらしい。自分にも母親がいたならこんな感じなんだろうか、なんてことを狭霧はなんとなく思う。残念ながら記憶がないので照らし合わせることができないが、押しに押されて戸惑い気味の世羅と彼女のやり取りは、完全に元気のいいおばちゃんと近所の娘さんのそれであるように見えた。

 とりあえず、ぼんやりしていないで状況を把握した方がよさそうである。周囲をぐるりと見回した狭霧は、そこが円形の白い壁に覆われた部屋であることに気づいた。


――白すぎて、眼に痛いな……。


 真ん中に大きな丸テーブル。その周囲に、狭霧が入れられていた棺を入れて五つの棺が並べられている。部屋の壁にはいくつものドアがあり、表には“キッチン”やら“仮眠室”やらのプレートがかかっていた。中には風呂やトイレというのもある。どうやら、中年女性はそのうちの風呂と書かれた部屋からタオルを持ち出してきたらしかった。風呂、のプレートがかかった部屋のドアが半開きになっていたからだ。


「おい」


 どうしたものかと考えていると、一人の男性がつかつかと歩み寄ってきた。肩幅も首の太さも、ゆうに狭霧の倍はあるだろう。シャツから伸びる両腕は、筋肉でぱつんぱつんになっている。年は二十代前半くらいだろうか。いかにもスポーツマンといわんばかりに日焼けしていた。


「さっきはありがとな。お前のおかげで助かったよ」

「え?俺のおかげ?」

「なんだ気づいてないのか」


 まあ無理もないかな!と彼は豪快に笑って言う。あの中年女性もそうだが、さっきまで命の危険にあったとは思えないほど能天気な態度だった。


「まずは自己紹介しておこう。俺の名前は、伊賀信吾いがしんご。堂島大学でアメリカンフットボールをやっている、二十一歳だ!」

「ああ、道理で体格がいいと」

「そうだろうそうだろう!なんせ俺はラインマンだからな、とにかくデカくて強くてパワフルじゃないと駄目なんだ!」


 ついでに声もめちゃくちゃでかいんだな、とは心の中だけで。いかにも脳筋タイプに見えるが、悪い人ではなさそうだった。むしろ、こんな状況においてはこういうムードメーカー的な人物の存在は貴重なのかもしれない。


「俺は……」


 この流れなら、自分も自己紹介しないと悪いだろう。狭霧は再び自分の胸ポケットから名札を外し、彼に見せた。


「多分、藤木高校二年の……仙道狭霧、だと思う」

「だと思う、って?」

「悪いが、記憶がないんだ。この名札がなければ、自分の年齢も名前もわからなかったと思う」

「はあ!?」


 彼はすっとおんきょうな声を上げた。すると、信吾の後ろにいた小さな少年も、お喋りに興じていた世羅と中年女性も駆け寄ってくる。


「き、記憶喪失って本当なの!?何も覚えてないの!?」

「あ、ああ」

「まあ、なんてこと!攫われてきたせいなのかしら、犯人も酷いことするわね、許せないわ!あたしが貴方のこと知っていたらいろいろ教えてあげるんだけど、ごめんなさいね。あたしも貴方とは初対面なものだから!」

「え、ええっとそれは別に……」

「記憶喪失、大変そう。大丈夫?」

「……大丈夫では、ない、のかもしれない」


 今はまだ恐怖やらなんやらの感情が沸き上がってこない。元々そういう性格だからなのか、単にパニックを通り越して現実を受け止めきれていないのかは自分でもわからなかった。落ち着いてパズルを解けたところからするに、元々比較的冷静な性格なのかもしれないが。


「そっか……記憶、ないのか」


 やがて、どこかしょんぼりしたように世羅が言った。そして。


「なら、自己紹介しないとだよね。えっと、私は藤木高校二年の秋津島世羅あきつしませら!あ、名札ついてるからわかるかな?」


 よろしくね、と彼女はにっこりと微笑んだ。どこか、無理をしているような笑顔だ。こんな状況では無理もないだろう。


「あたしは井口千佳いぐちちかよ。専業主婦やってるの。あんたくらいの息子もいるから、なんだかほっとけないのよね」


 そう言ったのは、もふもふパーマの恰幅の良い中年女性だ。なんだか子供に接するような態度を取られると思ったら、一応理由があったということらしい。

 そして最後の一人は。


「……姫条嵐きじょうあらし


 小学校三年生くらい、だろうか。どこか無表情、無感動な少年がぽつりと言った。よく見ると、その両目は澄んだ青色をしている。端正な顔立ちといい、外国人の血が入っているのかもしれなかった。その落ち着きっぷりは、普通の小学生とはだいぶかけ離れた様子だったが。


「この部屋にいるのは、あたし達五人だけみたいね」


 ふう、と千佳がため息をついて言った。


「どうやってこの部屋に連れてこられたのか、あたし全然覚えてないの。晩御飯の買い出しをしようと思って、家を出たところまではなんとなく記憶してるんだけど、その後がねえ……。ほっぺつねっても痛いし、多分これは夢じゃないんだろうし、となると誰かに拉致されたとしか思えないんだけど。でも、金銭目的の誘拐にしては妙だと思わない?このメンバー五人攫って、ゲームまがいのことさせるのも変だし、そもそもあたしの家そんなお金持ちじゃないわよ?」


 ぺらぺらぺらーっと一気に喋る彼女。元気だなあ、と思ったがひょっとしたら彼女も落ち着いてないからなのかもしれないと気づいた。冷静さを保つための方法は、人によってまちまちだ。とにかく喋ることで情報をまとめて落ち着きを取り戻そうという人もいることだろう。


「うちも金持ちってわけじゃないなあ。俺がプロ選手なら、そりゃ契約金だけでもがっぽりもうけてるんだろうけど」


 ふむ、と顎に手を当てて考察する素振りを見せる信吾。


「しかも、風呂とかトイレまである部屋に閉じ込めるってことは……この監禁者は、俺達をすぐに殺すつもりはないってことだろ?さっきの妙なゲームといい、何を考えてるのかさっぱりわからんな」


 その時だ。まるで、信吾が疑問を口にするのを待っていたかのように、ぶつりとスピーカーの電源が入る音がしたのである。


『こんにちは、皆さん。まずは第一の試練突破、おめでとうございマス』


 相変わらずの無感動な女性の声で、アナウンスは一方的に喋り出したのだった。

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