第33話◆あの日見た海

「うおおおおおお!! 塩!! 塩!! 塩おおおおおお!!」


「だから、塩は自重して!! ていうか、そんなに作っても使わないでしょ!!」


「いつか自分の家を買って、漬物をたくさん作る時がくるかもしれないから、塩をいくらあっても困らないよ!! 備えあれば憂いなし! 大は小を兼ねる!!」


「家? 家を買うつもりなの? だったらそこに泊まりにいくから、俺の部屋も用意しておいて、絶対だよ! ていうかドリーとおじさん達が見てるから塩は自重して!! なんだかいいこと言ってるように聞こえるけど、絶対使い方を間違っている気がするよ!!」


「マイホームは男の夢だろー? ドリーさんならもう収納スキルもバレてるし、おじさん達も悪い人じゃなさそうだし、いいかなって?」


「もーーーーーー!! グランはすぐに人を信じすぎ!! もっと警戒して!! 大人はみんな面倒くさい人か悪い奴なの!!」


「ちゃんと聞こえてるぞー。俺達が面倒くさい大人なら、お前は面倒くさいクソガキだ。それからグランはアベルの言う通り少し自重しろ、ついでに世間の常識を少し学べ」


「はー、休日に海でのんびりも悪くないですねぇ。それでこれどうしましょう……上に報告するべきですかね。やばそうな収納スキルもあるみたいですし……おかげで証拠品も無傷で回収できたんですけど」


「馬鹿野郎、休暇という体の任務中に寛いでるんじゃねぇ! ああ……赤毛な……そう、赤毛って、塩!? どうなってんだ、あれ!? ………………今日は表向きは休暇だし、赤毛には借りがあるしアベル様から圧も感じるから、塩も収納スキルもそのうちバレるまで気付かなかったことにしておくか」


 あの嫌なおじさんとの事件があってから半月ほどが過ぎ、俺達はまたポルトペルルに来ている。

 グランが行きたいと言ったから仕方なく。

 つい先日あんなことがあったばかりだから、ドリーが一緒なのも仕方ない。

 はー、いつものおじさん達も一緒に来るの?

 仕方ないね、あの日グランを助けてくれたおじさん達だけ転移で連れて行ってあげる。




 あの日、ドリーを連れて広場に戻ってグランを見つけた時、グランは上から落ちてきた何かを受け止めてそのまま気を失ってしまった。

 上を見上げると木から木へ飛び移って逃げる黒い人影と、それを追う別の黒い人影が見えた。 

 俺は気配を探るのが苦手なので全然気付かなかった。

 目に頼りすぎるなとドリーによく言われているが、ドリーだって気配を探るはそこまで得意じゃないくせに俺にばかり言うからずっと聞き流していた。

 俺が気付いていなかったから、グランが助けてくれた。

 俺が気付いていれば――いや、俺がもっともっともっと強かったら、グランを巻き込まずに済んだ。


 俺はまだまだ弱かった。あそこを出る前と何も変わっていない。

 弱いままではまたなくしてしまう。

 居場所も、俺のことを嫌いじゃない人も。


 誰に命令されたわけでも、お金を貰っているわけでもないのに、俺を誘ってくれて、俺に料理を作ってくれて、俺を逃がして俺のために戦ってくれたグランは、俺のことが嫌いじゃないってことだよね。

 俺もグランのことは嫌いじゃないかも。

 き、嫌いじゃないだけだからね!


 グランのことは嫌いじゃないだけだけれど、もうこんなことがように早く強くなって、悪い奴は近寄ってくる前に全部始末するからね。

 いつまでも守られる側でいるのはやっぱり嫌だ。


 逃げていった奴を追いかけて死にたくなるくらいの目に遭わせてやりかったけれど、兄上の部下のおじさんが二人追いかけたから、後は兄上に任せちゃお。

 それよりグラン。

 滑り込みながら何かを受け止めて、そのまま気を失ってしまった。


 大丈夫!? 足を怪我しているの!?

 って、何で気を失っているのに靴を脱ぎ始めているの!?

 もしかして痛いの!? ポーションで傷は治っているけれど、靴には何かの攻撃をくらった痕跡が残っているよ。

 何をくらったかわからないけれど、この頑丈な靴を貫通するほどの攻撃って、薄い靴だったら足が千切れていたかもしれないじゃん!!

 やったのは誰!? さっき逃げたおじさん!?

 やっぱ、あれが捕まったら兄上に引き渡す前に報復しないと。


 そこの茂みの中に拘束されて倒れているのがいる?

 土の魔力の痕跡が残っているね。これは兄上の部下の人の魔法だね。

 気配を探るのは苦手だけれど、魔力には敏感だよ。

 うん、この人も悪いおじさん。

 ふふ、兄上の部下が帰ってくる前にちょっと悪戯をしておこうかな。

 と思ったらドリーに睨まれたので、今は我慢しておくことにした。

 でも急いで呪いの勉強をして、すぐに今日のことを一生後悔するような呪いをかけにいくよ。

 ふふふ、絶対に許さないからね。


 それにおじさん達に仕返しをするよりもずっと大事なこと。

 グランの手当。

 大丈夫? 意識を失っているだけ? 怪我は足と手のひらだけ? 変な毒にやられてない?


 究理眼で見ると、緩い毒状態。

 毒を消すために体がひたすら魔力を消費するタイプの毒。

 つまり本人の気付かないうちに魔力を使って、気付けば魔力が枯渇する毒。

 原因は左手のひら。

 これは俺に向かって飛んできたナイフを、グランが受け止めた時の傷だ。

 何か薬を飲んでいたけれど、ちゃんと解毒されていなかったようだ。


 もし俺がくらっていたら、途中で転移魔法が使えなくて詰んでいたかもしれない。

 きっと、俺の魔力を枯渇させるために用意された毒だろう。それをグランが俺の代わりに受けてしまった。

 この毒のせいで魔力が底をついて、眠っちゃったんだね。

 解毒してゆっくり休んだらすぐに治るよ。

 回復魔法は苦手だけれど、解毒魔法はいろんな種類が使えるよ。

 過去にいろいろな毒をせっせと盛ってくれた奴らに、今だけ感謝してあげる。


 この後はドリーの仲間や兄上の部下っぽい人も来たので後は任せて、俺は気を失ったグランを宿につれて帰って、ドリーパーティーのヒーラーに手当もしてもらった。

 手のひらの傷と、滑り込んだ時にできたと思われる擦り傷、すでにポーションで治した足の傷くらいしか、怪我の痕跡はなくて安心した。

 あとは魔力を消費する毒以外にも、足に麻痺毒を貰った痕跡があるくらいだけれど、これはもう解毒済みだった。


 はー、大事になるような怪我はしていなくてよかった。

 目が覚めるまで特別に俺の部屋のベッドを貸してあげるから。

 それと目が覚めても怪我が治るまでギルドの仕事禁止!! 完治するまで自分の宿でちゃんと休んで!!

 ほっといたらごそごそ動き回りそうだから、見張りも兼ねて俺もその宿に移るよ!!

 今回のことは俺のせいだし、ここは今までの宿屋よりずっと安いし、仕事に復帰するまでは俺が宿代を持ってあげるからゆっくり休んで!!

 いい? 絶対に大人しくしておくんだよ!!

 どーしても何かしたいなら、宿の女将さんと一緒に料理でもしていて!!

 その料理を俺にお裾分けしてくれてもいいんだからね!!


 それから一週間ほどは、もう大丈夫だと冒険者ギルドへ行こうとするグランをベッドに押し込めるので忙しかった。

 ダメ、まだダメ!!

 毒を二つも貰ってたんだから、念のために休んでないとダメ!!

 それと悪いおじさん達。広場にいたのは逃げたおじさんを含めて全員捕まった、まだ仲間がいるかもしれないから大人しくしてて!

 ドリーにも無茶はするなっていっぱい言われたでしょ! それからゆっくり休むようにも言われたでしょ!!

 休んだ間稼ぎがないのは、ドリーが今度稼げるところに連れてってくれるって言っているからそれまで我慢して!!

 そう、無茶はしちゃダメ! しばらくゆっくり休むの!! 体も心も!!

 俺もドリーに宿で大人しくしていろって言われてすごく暇だから、素直に俺に看病されてて!


 俺がグランを看病している間に、あの悪いおじさん達のことはドリーや兄上の部下のおじさんが片付けてくれた。

 仕返しにいきたかったけれど、すぐに兄上のところに連れて行かれたみたいで手が出せなくなっちゃった。

 今回のことできっと兄上が強気で父上の責任を問うことになるから、近いうちに俺もあそこに帰ることができるようになると、兄上の部下がこっそりと俺に教えてくれた。

 せっかく教えてくれたのにごめんね、俺はあそこに戻る気はないから。

 そうだね、宿屋もずっとこっちでいいや。

 ふふ、こうやってちょっとずつ昔の自分に関わるものから離れて、アベルとして生きていくんだ。


 弱かった自分と別れるために。

 もう何も俺から奪わせないために。

 新しい居場所を見つける邪魔をされないために。



 一週間ほど休んだところでグランが退屈に我慢できなくなり、二人揃って冒険者稼業の復帰。

 ドリーに単身行動はしばらく慎めと言われたので、仕方ないのでグランと一緒に活動することにした。

 だってグラン以外の人はだいたい面倒くさいから。

 グランは手がかかる弟みたいなもんだから、少しくらい迷惑をかけられても許してあげる。

 俺には弟も妹もいるから、下の子の扱いくらいちょっとだけなら知っているからね。


 復帰をしてから一週間もすれば、グランと共に行動することがすっかり当たり前になった。

 毎朝グランが起こしに来てくれて、一緒に朝ご飯を食べる。

 グランは早起きして宿の食堂の手伝いをする代わりに、朝ご飯を貰ったり、空いている時の厨房を使わせたりしてもらっているようだ。

 朝ご飯のためにわざわざ起きるのは面倒くさいけれど、グランが起こしに来るし俺のために朝食を用意してくれているから、ちゃんと食べてあげるよ。

 それから一緒にギルドに行って、俺とグランのランクで受けられる依頼を探す。

 グランが好きだからダンジョンに行くことが多いかな。

 こっそり後ろをつけてきてる兄上の部下のおじさんをグランが見つけて、ちょっと悪戯をするのも日課。

 今はまだ俺が弱いから我慢するけれど、俺がもっと強くになったらついてくるのはやめてよね。

 仕事が終わると一緒に宿に戻って、夕食の後にいろいろ話をしながらグランが作ったお菓子を摘まむ。


 時々グランが変な実験をしたり、変な物を作ったりして騒ぎを起こす。

 たった半月だけなのに、宿を移ってから毎日何かしら起こって騒がしかった。

 ふふ、毎日が違う気がしてなんだか楽しいね。




 そして今日はまた海に来ている。


 あんなことがあったのに、懲りないグランだね。

 でもグランと来る海は、また来たいと思う。

 今日はドリーと、こないだグランを助けてくれたおじさん二人が一緒。

 俺達もドリーもおじさん達も今日は仕事じゃなくて遊びにきているだけ。

 あんなことがあった後だから、大人も一緒。


 大人は面倒くさいし信用できないけれど、チョロいグランが疑いもせず気を緩めているから、仕方なく俺も信用しているふりをしてあげる。

 グランが楽しそうだから。

 でも、そのとんでもスキルはちゃんと隠して!!

 もう! 俺がちゃんと見ていないと何をやらかすかわかんないんだから!!


 あ、グランが呼んでる。どうしたの?

 ああ、昼ご飯の準備?

 仕方ないね、グランが手伝って欲しい言うなら手伝ってあげるよ。

 魚は骨があるのが嫌いだから、魚は嫌だよ。

 へぇ、骨が残りにくい切り方もできるんだ。それなら食べてもいいよ。

 ドリーやおじさん達の分は適当でいいからね。そうそう骨だらけでも大丈夫。


 ところでグランは何でそんなに海が好きなの?

 無限に広がっているように見えるから? たくさんの可能性が自分にもあるように見えるから?

 海も未来も無限な気がしてくるから?


 そうだね、海は広いね。

 そうだね、未来の可能性もたくさんあるよね。


 うん、グランと来る海は悪くないね。

 ついこの間も来て今日も来たけれど、また海に来てもいいよ。


 どうせなら他の海も見たい?


 そうだね、もっともっとたくさんの海を見に行こうか。











「何度来てもやっぱり海だーーーー!! 魚だー! 貝だー!! 塩だー!!!」

「カーーーッ!!」

「ちょっと、グラン!! 集落から離れてる海岸だけど、ルチャルトラのリザードマンは海の広範囲で活動してるからね!! 塩を作りまくるのは程々にしてよ!! チビカメも一緒になって遊んでないで、ちゃんとグランの非常識を注意して!!」


 グランと初めて海に行った日から何年過ぎただろう。

 それでもグランは相変わらずグランで、あの頃を何も変わらず俺と一緒にいる。

 いや、いろいろ変わってはいるけれど俺とグランの関係は変わっていない。

 ――ずっと友達。

 海はあの日見た海とは違う海だけど、やっぱりどこまでも広い。


 変わっていても変わらない。


 きっとこれから先、周囲の変化はたくさんあってもそれだけは変わらない。


 海が広いということも、俺とグランが友達ということも。







※今回のエピソードはここで一区切りになります。

お読みいただき、ありがとうございました。

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