第32話◆子供の出番は終わり

 一番やばいと思っていたおじさんが、やっぱり一番やばかったな。

 いつものおじさん達が来てくれなかったら本当に危なかった。

 あそこで仕留められると思ったから次の手まで考えていなくて、おじさんが反撃してきた時に何もできなかった。

 もっと学んで、鍛えて強くならなければまだまだ足りない。

 今日みたいなことがあった時、ちゃんと仲間を守るために。


 今回はいつものおじさん達のおかげで助かったけれど、次もこう運良く助かるとは限らない。

 備えあれば憂いなし。

 転生開花が教えてくれる。

 アベルの周りをウロウロする変な奴が、また現れるかもしれない。

 ちゃんと対応できるように備えておかないとな。

 自分自身を鍛えることも、自分の弱点をカバーする道具も。


「向こうに四人転がってたのもお前の仕業か? とりあえず怪しい奴らだったからスリープの魔法を掛けておいたが……」

「うん、追いかけられたからつい?」

「頭にイッヒを張り付かせて怪しい奴だったな、ついで水と雷魔石を撒くのは知らない人が通りかかると危ないから、使う時は周りをよく見てやろうな」

「はーい、周りに他の人がいないことを確認してやりましたー!」

 罠に挟まれた方のブーツの中に、バシャバシャとヒーリングポーションを流し込みながら明るく返事をした。

 俺は周りへの配慮もあるよい悪ガキなのだ。

 しかもアベルが戻って来るまでに片付けて偉い!


 あっちにいるのはチョロかったおじさん達は、いつものおじさんが眠らせてくれたみたいで一件落着。

 暗くて顔は見ていないけれど、追いかけてきたから悪いおじさん。

 あれ? あの独特の剣を持ったおじさんはあの四人の中にいなかったな。

 ……そこで重力魔法をくらってビタンってなったおじさんも持っていない。


 ということは。

 グルリと周囲を見回し、気配を探ることに集中する。

 どこだ。まだ見つからない。

 朝や昼には真っ黒は目立つが、夜はやはり見つけにくい。

 少しでも動きがあれば――。


 パタパタという軽い足音とドンドンという力強い足音が、身体強化をした耳にとどいた。

 植え込みの陰に入るため姿を見ることはできないが、アベルとドリーの足音に間違いない。

 もう少し静かに来いよー。もう一人いるかもしれないおじさんの気配を探せないだろー。


 サワ……。


 アベルとドリーの足音に反応して身じろぎをした人の気配。

 どこだ!?

 気配をした方向に意識を集中する。


 いつの間にか天頂に近付き、広場の木々の上に姿を見せ始めた少し欠けた月の光が、淡く夜の闇を照らす。

 チカッ!

 鈍く光ったのは、くすんだ色の鋼の刃。独特の形をした剣。


 見つけた!

 俺達がいる場所からそう遠くない高い木の上。

 高い場所にいすぎて登ってきた月の光に晒されている。


 その手には――瓶?


 身体強化で上がっている視力で中身が液体であることがはっきりと見えた。

 何か危険なものなのは確実だと思うが、俺の鑑定スキルは触れなければ効果がでない。

 見た目で判断するには情報も俺の知識も足らなすぎる。


「高い木の上、グネグネした剣の人、手に瓶、顔を動かさずに見て」

 小さな声でいつものおじさんに伝える。

 足を怪我している俺には、あそこまで登っておじさんを捕まえる、逃げられ他場合は追いかけるのは難しい。

 それにすぐそばに強い大人がいる。

 子供の出番は終わりなんだ。

 

「グランの気配はあの植え込みの向こうだ」

 アベルの声が耳にとどき、駆け出すような足音が聞こえた。

 馬鹿野郎! まだやばいおじさんが残っているのだぞ!

「おい、待て」

 すぐにドリーさんがアベルを追って走り出す気配。


 木の上を見るとグネグネ剣のおじさんの手から瓶が離れ下へ落下するのが見えた。


「アベル、ドリーさん!! 下がって!!」


 身体強化を最大に発動して、叫びながら駆け出す。瓶の落下地点へ。

 いつものおじさんの一人が木の上へ、もう一人がアベルの方へ。


 罠に挟まれた箇所がまだ痛い。

 ヒーリングポーションをブーツの中に流し込んだので傷はほぼ治っているが、痛みはすぐには引かない。

 そして、ブーツの中にポーションを流し込んだので右脚だけズブズブした感覚が気持ち悪く走りにくい。

 それでも瓶の落下地点へ向かって走る。


 アベルがこっちに向かって来ているが、瓶の落下地点には距離がある。

 つまり落として瓶が割れれば、瓶の中身は周囲に被害が及ぶ何かだ。

 割れたら気化して広がる毒か? それとも衝撃で爆発する爆弾か?

 とにかくこれを割ることなく、衝撃を与えることなく受け止めなければいけない。

 俺ならそれができる。


 間に合え! そして引き込め、俺の収納スキル!!


 瓶の落下地点に頭から滑り込みながら右手を伸ばし、指先に瓶が振れる感覚。

 その衝撃が中身に伝わる前に収納に引き込む。

 よっしゃ!! アベルと依頼用紙を取り合って鍛えられた即収納技術が、こんなところで役に立ったぜ!!


 瓶を収納に引き込んだ後は、そのまま肩からズシャーッと地面を滑る。

 整備中の広場の地面は土が剥き出しで、装備越しにぼこぼことした小石の感覚が肌にとどく。

 最後は仰向けになって停止。


 そのまま視線を上に向けると、逃げていくグネグネ剣のおじさんとそれ追ういつものおじさん、俺が瓶を受け止めたことに気付いてグネグネ剣のおじさんを追うのに加わるもう一人のおじさんの姿が見えた。


「グラン! グラン!! 大丈夫!? ねぇ、返事して!! 無茶なことしないって約束だったでしょ!! ねぇ、足も怪我をしてるし何やったの!?」

 あー、アベルの声がこっちに近付いて来てるー。

 まだ他にいるかもしれないから気を付けろー。


 あれ、すごく眠い。

 やばそうな瓶を無事受け止めて、頼りになる大人が来て、緊張の糸が切れたのか突然眠くなった。

 そういえば、最初に受け止めたナイフに塗ってあった毒、丸薬は飲んだけれどちゃんと解毒できてるか確認してないや。

 結構強い毒だったのかな。

 まぁ、山にいるムカデの毒よりはましかなぁ。

 あー、眠い。そして足が気持ち悪い。

 流し込んだポーションで蒸れて水虫とか嫌だから靴を脱ぎたい。

 水虫は嫌だーーーー!!


 襲ってくる強烈な睡魔に耐えられず、目を閉じる直前に見えた夜空は妙に澄んでいて綺麗に思えた。

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