第31話◆悪ガキの悪戯レベルの足止め
門の方から道を歩いてきていたのを目視したのは四人。
そして広場で気付いたのが一人。
今のところおじさんは合計五人。
正面からだと全員纏めてどころか、一人を相手にするのも厳しいだろう。
だけどアベルに遠くまで運んでもらったから、それを上手く利用して時間を稼ぐ。
息を潜めているだけでは、俺達がアベルの転移で帰ったと思われて撤退されるから。
だから俺がまだ広場にいる気配を感じさせながら、おじさん達に俺達を探させる。
そう、子供だと侮って散けて探すんだ。
まずは一人、俺の潜んでいる木の近くを探しているおじさん。
子供だと思って舐めすぎだだよ、気配も消さずにズカズカと歩いてもうすぐ俺の真下にやって来る。
ここが山の中だったら獣やでっかい虫に襲われちゃうよ。
そう、獣も虫も気配を消してすぐ近くで様子を見ているんだ。そいつが狩っても大丈夫な奴かどうか品定めをしているんだ。
でっかいでっかい熊だって茂みの中で気配を消していると、すぐ近くでじっと見られていても気付かないことがある。
油断していると、狩っても大丈夫の奴だと認定されちゃうよ。
ボトッ。
おじさんが俺の下を通りかかったタイミングを見計らって、イッヒの果肉をおじさんの頭の上にたっぷりと落としてやった。
イッヒの果肉――前世の記憶にある餅のようなもの。そのままだと水分の多いつきたての餅のようでかなりドロドロベタベタしている。
それをおじさんの頭の上にボトリ。
髪の毛にベッタリ、そしてそれはどろりと顔まで垂れておじさんの視界を奪う。
「うわっ!」
突然落ちたきたイッヒに視界を奪われたおじさんが声をあげ、それが静かな広場に響く。
そうそう、その声の場所に俺がいるよ。早く、バラバラと探しに来て。
おじさんはイッヒの果肉が張り付いて、俺がすぐ近くにいるのがわかっていても前が見えなくて困ってるよね。
だから声を出して仲間を呼ぶ。
ありがとう、仲間を呼んでくれたお礼にこれをあげるね。粉末にした粉末にした火の魔石のふりかけ。
ちょっとアッチッチだからイッヒが焼けてプクーッとするかも。
じゃあね、そこで暫く大人しくしていて。
まずは一人、足止め。
今の場所から移動する前に木の葉の隙間に銀色の鳥の羽根を挟んでおく。
闇夜に銀。
少しでも光が当たると、キラッと光っておじさん達が探しているアベルの髪の毛に見えるでしょ?
そのそばの枝に銀毒蛾の鱗粉の入った小瓶を、蓋を開けて引っかけておく。
銀の羽にナイフを投げると瓶が下に落ちて鱗粉が舞うよ。
町の外でよく見かけるランクの低い蛾の魔物だけれど、コイツの鱗粉が肌に付着するとかぶれてものすごく痒くなるんだ。
大量に吸い込んだら喉が大変なことになるって、冒険者ギルドで習ったからマスクをしながら集めたんだ。
羽と小瓶と仕掛けたら、おじさんの視界が戻る前に木の上から静かに移動する。
ついでに必死でイッヒの果肉を剥がそうとしてアッチッチになっているおじさんの近くに、鉄くずで作ったマキビシを撒いておく。
何か一つに気を取られると、足元がお留守になりやすいんだよね。
じゃ、そういうことだから勝手にくだらない罠に引っかかっていて。
「どうした!? いたか!?」
「上からやられた! ぬあっ!? 何かばら撒いてある!?」
「あそこだ! うわっ! げほっ!」
上からの攻撃だったから上にいると思った?
残念、もう下にいるよ。
いつものおじさん達が来てくれるまで、アベルがドリーさんを連れてくるまで、足止めをされていて。
一人も逃がさないよ。
逃げられたら、後で戻ってくるかもしれないからね。
俺とアベルの安全のために、ちゃんと捕まえてもらうよ。
何故このおじさん達がアベルを狙ったのかは知らないけれど、このおじさん達はアベルの周りにいらない。
熱せられたイッヒの果肉でアッチッチになっているおじさん、銀毒蛾の鱗粉で痒くなっているおじさん達のいる方に、茂みの中に身を潜めたまま収納から水を流す。
近くに植物がたくさん植えてあるからね、海水じゃなくて真水だよ。
そしてその水がおじさん達の足元まで流れたのを見て、雷属性の魔石をポイッ!
ライトニングナッツじゃ威力が足りないかもしれないから、奮発して雷属性の魔石だ!
いい感じにビリビリして悲鳴をあげるおじさん達。
「どうした!? いたか!?」
そこに駆けつけてくるもう一人のおじさん。
だからどうしてそんなわかりやすくバタバタと走ってくるの?
そんなん見ると、茂みの中から足に向かって縄を投げたくなっちゃう。
両端に石の錘を付けた縄。それを走ってきているおじさんの足にヒュンッと投げると、くるっと絡みついて、ビリビリ水たまりにご案内。
ついかで雷の魔石をサービスしてあげる。おつりもお礼もいらないよ。
これでチョロそうな四人は暫く動けないはず。
次――一番手強そうなおじさん。もしかするとおじさん達のリーダーかもしれない。
このおじさんだけは逃がしたらダメだな。
どこだ?
でも、このおじさんだけ気配が拾えない。
間違いなく俺より強い。そして、子供の悪戯レベルのくだらない罠には嵌まってくれない。
だから、時間稼ぎに集中する。一人なら気配を消しながら動き回るのは簡単だけど、やりすぎるとアベルがいないことには気付かれたかもしれない。
少しでも誤魔化せるように、風の魔石の粉をばら撒いて移動する。
狭い範囲で起こるサワサワとした弱い風が、そこに俺達がいるように見せてくれる。
後はこのまま時間を稼げば――。
シュッ!
痕跡を残しつつ移動し木の上に身を潜めていた時、一瞬だけ感じた殺気と同時に月の光を反射して金属の光が目に付き、慌てて別の木に飛び移った。
くっそ、ばれたか。
しかし移動した先にもすぐナイフは飛んでくる。
刃を黒く塗ったナイフじゃないので避けやすいが、逃げた先をすぐに特定され次のナイフが飛んでくるため、どう切り返す考える暇もなく逃げるしかない。
とりあえず目に付いた足場できる木に次々と飛び移り逃げ回る。
それが木のない方向へと誘導されていたことに気付いたのは、次の飛び移る木がなくなった時だった。
やばっ!
いや、あそこの植え込みなら子供の体型なら身を隠すことができて、飛んで来るナイフを遮ってくれる。
ナイフが飛んで来たのを見てから木から飛び降りて、植え込みの向こうへ飛び込むように着地した。
ガシャンッ!!
「ぐあっ!?」
着地してすぐに移動しようと踏み出した直後、金属がぶつかる音がして右の足首とふくらはぎの間に強い衝撃と突き刺さるような激しい痛みがあり、バランスを崩してその場に倒れた。
「いた……っ! くそ、トラバサミかっ!」
痛みの箇所を見ると金属製のトラバサミ罠。
くそっ! こっちに誘導されていたのは、最終的にここに逃げ込んだ俺に罠を踏ませるためか!
幸い、冒険者用のしっかりとした革のブーツを履いていたため重傷ではないが、トラバサミの歯の先端がブーツを貫通して足まで届いている。
安物のブーツだったら骨までいっていたかもしれない。靴だけは絶対妥協するなって言っていた先輩の言葉を信じてよかった。
しかし、そのブーツを貫通して足まで届いたトラバサミの歯が食い込んでいる箇所が、ズキズキとそしてジリジリと痛い。
そのジリジリと痛みが右脚全体に広がり徐々に感覚がなくなっている。
まずい、即効性の麻痺毒が塗ってあったのか!
ザクザクと音をさせて投げナイフの男がこちらに近付いてくるのがわかる。
トラバサミの閉じる音がしたから、俺が罠を踏んだことには気付いているのだろう。
ゆっくりとした足音からは余裕が感じられる。
落ち着け。
相手が勝利を確信した時こそチャンスだ。
足を挟んでいるトラバサミは収納スキルで回収。それから収納から麻痺解除のポーションを取りだして足にぶっかける。
もう少し、もう少しだけ時間を稼ぐんだ。
そして、俺が罠から抜け出していること、足の麻痺がもうすぐ回復することを悟られないため、尻もちをついた体勢になり、罠に挟まれているはずの右足はおっさんから死角になるように植え込みの陰に伸ばす。
「クソガキが手間をかけさせやがって。もう一人はどこだ? 周囲に気配がないから逃がしたか? 奴は気配を消すのが下手だからわかりやすいからな」
言われているぞ、アベル。
「まぁいい、魔法で逃げたなら後回しでいい。どのみち目撃者は始末しなければならない」
悪い人って余裕ができると饒舌になるものなのかなぁ。
しかも、殺傷力の高い大きなスロウナイフを持っているのに、近付いてくるなんて舐めすぎ。確実にとどめを刺すためかな?
おじさんが俺の目の前までナイフを振り上げて来てピンチなのに、そんな余裕なことを思ってしまった。
そう、確実にとどめを刺すためならもっと近付いて。そしてナイフを大きく振り上げて。
腕を大きく振り上げると、脇から胸にかけてが無防備になるんだよおおおおおおお!!
ドンッ!!
くらえ、丸太!!
収納から立てた状態で丸太を出すと、俺にナイフを振り下ろそうとしたおっさんが自分の勢いで丸太に突っ込んだ。
ちょうどみぞおち辺りにヒットする丸太。くそ痛そー。
でもこれですぐには動け――。
うっそーー!! 即体勢を立て直しナイフをかざして猛烈な勢いで飛びかかってきた!!
やばい、逃げないと。
ああああああああ!! 麻痺解除ポーションはかけたけれど、麻痺効果のせいで痛みをあまり感じなくてヒーリングポーションを使っていなかったから、ポーションの効果で麻痺が消えて足の痛みが!!
でも、大丈夫。
もう来ているよ。俺の勝ち。
こちらに向かってきていたおじさんが、突然地面にビタンと張り付くように倒れた。
重力魔法かな? いつものおじさん達すごく忍者っぽいのに魔法もすごいんだ。
えっと、アレ? ニンジャ!? ニンジャって何だ!? 転生開花ーーーー!!
「まったく、ガキが一人であぶねーことをするんじゃねーぞ」
「はー、アベル様といい赤毛君といいもっと素直に大人を頼って欲しいなぁ」
「あ、どうも。すごく助かりました。俺はちょっと散歩してて、変なおじさん達に絡まれた何も知らない純真無垢な赤毛です」
ギリギリすぎたのでめちゃくちゃ心臓をバクバクさせながら、いつものおじさん達にヘラリと笑って応えた。
※うっかりなろうの方で予約忘れてフライングしてしまったのでこちらも早めに。
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