第30話◆魔力が切れる前に

 暗い夜に溢れるライトポーションの光。

 光る苔を原料にしたそのポーションは、本来は瓶の中で長い時間ほんのりと光り続け、そのまま手に持っていれば灯りになるポーション。

 だけど中身を瓶から出して空気に触れさせると、一瞬だけ爆発的に光りそしてすぐ光を失うため、目くらましにも使うことができる。


 俺の投げたライトポーションの光で一瞬だけ周囲が昼間のように明るくなった。

 アベルのいる木とは別の木に、黒い服の成人男性の姿があるのも見えた。

 なんだ、もう来ていたのか。さすが、いつもおじさん……あれ? 違う人?


 キラッ!


 そのおじさんの手元で、何かがライトポーションの光を反射したのが見えた。

「アベルッ!!」

 俺が名を呼ぶと、浮遊感と共に視界が一瞬で流れアベルのすぐ横に引き寄せられたことを理解した。

 そしてすぐに視線を走らせ……あぶなっ!!!


 俺のライトポーションの光を反射したもの――大きめのスロウナイフがアベルのすぐ目の前まで迫っていた。

 その軌道上に左手を伸ばした。

 ナイフの先端が手袋の上から手のひらに食い込むの感じながら、それを収納に引き込んだ。

 焼けるような痛み。すぐに引き込んだがくらりと目眩がした。

 これは何かの毒が塗ってある。

 だが、そんなことより移動が先だ。


「グラン!! くそ、他にもいたのか!!」

「大丈夫だ、すぐに他の暗い場所に移動しろ! 次のナイフは飛んで来るぞ!」

 俺達の位置はバレている、早く移動をしなければ次の攻撃がくる。

 

「うん、でも移動した先ですぐに手当をするよ」

「毒耐性は高いから大丈夫だ。それよりすぐ移動だ」

 俺が促すと同時にアベルが俺の服を掴む感覚がしてシュッと視界が流れた。

 周囲を見回すと俺が投げたライトポーションの効果が切れ始め、周囲はだんだんと暗さを取り戻してきた。


 暗闇に戻れば見つかりにくくなる。だが気配に鋭い奴がいればすぐに見つかる。

 現に、先ほどナイフを投げたおじさんはアベルのすぐ近くまで来ていた。

 近くにいることはバレているので、灯りがなくても少しの動きで場所は特定されてしまうだろう。


「やっぱ、お前宿に帰れ。後は俺がおじさん達を引きつけて、いつものおじさん達が来るまで時間を稼ぐからさ」

 解毒効果のある丸薬を口の中に放り込みながら小声で言う。

 即効性のある解毒ポーションをジャブジャブと手にかけたいところだが、そんなことをしたら居場所がおじさん達にバレてしまう。


 変なおじさん達を俺達でどうにかしようとせず、いつものおじさん達が来てくれると信じて時間を稼ぐ。

 ヒントを残してきたから。

 ここにいることがわかるようにライトポーションを投げたから。

 いつものおじさん達が気付かなくても、近くの人が異変に気付くかもしれないから。


 だが、アベルに明らかに殺意の籠もった攻撃が向けられた。

 アベルがこのままここにいるのは非常に危険である。

 幸いアベルは転移魔法が使えるから、どこかでこっそりと一人だけ宿に戻ることができる。

 そして戻ればドリーさんに助けを求めることができる。

 ドリーさんが俺のために動いてくれるかはわからないけれど、明らかにアベルを狙っている奴がここにいるなら、保護者のドリーさんが来てくれるかもしれない。


「え? いつものおじさん達? どういうこと? グランを置いて戻れないよ! くそ、見つかったか!」

 ヒュンッと再び真っ黒な視界が流れ、先ほど俺達がいた場所にカンカンとナイフが刺さるのが見えた。

「おじさん達には昼間に変な人がいたことは教えた。ついでに俺が顔を見られていて、俺のとこにも来るかもしれないことをそれとなく臭わせておいた」

「もしかして、最初から囮になるつもりだったの?」

 やべ、アベルの顔が怖い。

 あー、ナイフが飛んできた逃げろー!!


「そんなことはないよー、ただパンを食べてただけだよー。たまたま昼間の変なおじさん達が通りかかっただけだよー。うげっ! またナイフがっ! 逃げ回ってると魔力もきつくなるだろ? 相手のナイフの精度を考えるとこっちから攻撃に出るのは厳しいそうだから、アベルだけ転移で戻って、ドリーさんを呼んできてくれ」

 ナイフが飛んでくる度にアベルが俺を連れてヒュンヒュンと転移する。


 転移魔法は魔力の消費が激しい。繰り返しているといつか魔力が切れる。

 相手もそれを狙ってナイフを投げいるのだろう。

 つまりアベルが転移魔法を使えることを知っている相手。アベルが子供ながら優秀な魔法使いであることを知っているということ。

 そこまで知っているなら何らかの対策をしているはずだ。


「でも……」

「もう何回も転移を繰り返せるほど魔力は残ってないだろ? 行け、魔力が切れる前にドリーさんを連れてくるんだ。一度大きくワープをしたら、アベルはすぐに宿に戻るんだ」

「わ、わかったよ。すぐ戻ってくるから、絶対に無茶をしないでよ」

 やっと納得してくれた。

 後は俺が上手く時間を稼ぐからな。


 アベルが俺の服を掴み、今いる場所から離れた場所へと転移をする。

 その直前に、粉末にした風の魔石を周囲にばら撒いた。

 その粉末影響で俺達が元いた場所の周辺でサワサワと緩い風が起こり、俺達の気配を掻き消してくれる。


 大きく移動した後、アベルが後ろ髪を引かれるような表情を残して転移していった。

 俺達が移動した位置はまだバレていないはず。

 きっちり気配を消して時間を稼ぐ。そしてアベルがドリーさんを呼びに帰ったことに勘付かせはならない。

 気付かれたら逃げられるから。


 おじさん達が狩る方だと思ってた?

 違うよ、おじさん達が狩られる方だよ。


 闇と同化するような気持ちで呼吸を整え、俺達の気配を探るおじさん達の様子を木の上から見る。

 要注意なのは、アベルにナイフを投げたおじさん。

 あの人はライトポーションを投げるまで見つけることができなかった。

 そして転移しても、すぐに俺達の位置を見つけ出してナイフを投げてきた。

 あのおじさんが一番手強い。

 ほら、今だってあのおじさんだけ位置がわからない。


 他のおじさんは気配を消すことなく、雑に動き回って俺達を探している。

 そう、遠くまで逃げたからどこにいるかわからなくて、散らばって探し回っちゃうよね。

 どうせ子供だから、何とでもなる?

 そうだね、真正面から子供の俺が複数の大人相手に勝つのは難しいけれど、一人一人奇襲して各個撃破ならなんとなるよ。

 ううん、撃破しなくていい。しばらく動けなくすればいい。


 じゃあ一番チョロそうな、あのおじさんから狙おうか。



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