第28話◆王都の夜

 王都ロンブスブルクは巨大な城郭都市。

 その市街地地区は外敵の侵入を防ぐための強固な壁で囲まれている。

 王都の中心部は広く大きななだらかな丘の上にあり、市街地地区を囲む壁の外には丘の裾野へ向け田園地帯が広がっており、こちらにも多くの人が住んでいる。


 その壁の内側に入るための門は複数あるのだが、日没後は保安のためそのほとんどが閉じられ一部の門からしか一般人は出入りできない。

 王都は非常に広いため、夜間は別の門に回ろうと思えば馬や騎獣に乗っていたとしても時間がかかってしまう。

 そのため日没後、ポルトペルル方面から戻って来た場合通ると思われる門は予想ができる。

 もちろんわざわざ大回りをして時間をかけて別の門から戻ってくることも考えられるが、乗合馬車を馬で追いかけてきて抜かすこともせず、あからさまに一定距離を保ち続けるようなおっさんが、そんな手間のかかるようなことをするようには思えない。

 そう考えた俺は、ポルトペルル方面の門へと向かった。


 ああ、アベルより先にきっと俺のとこにくる。

 だってあの時、俺ははっきりとおじさん達を見たから。

 もう認識阻害の効果が切れているとおじさん達も気付いていたから。

 そう、俺は目撃者。

 あの時は何も起こらず、証拠もない。

 だけどアベルに何かあった時、俺がおじさん達の顔を見たことがおじさん達の特定に繋がるかもしれない。

 おじさん達はそう思うかもしれない。


 やましいことがあるのなら、きっと俺のとこにもくるはず。

 悪いことをする人は心配症で自意識が強い。

 だから悪いことをした人にしかわからないボロを無意識に出す。

 俺の見当違いならそれでいい。

 何も起こらなくて平和に一日が終わるだけだから。




 前世のように電気がない今世の夜は暗い。

 明るく安全な照明器具に使われる光の魔石は庶民にとって安いものではないため、夜になると人々は早々に眠りにつき、町の灯りは夜遅くまで営業している酒場や賭博場、子供の俺には関係ない大人のお店ばかりが目立つ。

 それでも大都市ロンブスブルクの大通りには、要所要所に光の魔石を利用した街灯が設置されており、灯りを持たなくても歩けるくらいの明るさがある。


 さて、この辺かな。

 俺が選んだのは王都の中心を通る大通り沿いのある、整備中の広場の前。

 王都ロンブスブルクは非常に古い町で、国の繁栄と人口の増加と共にどんどん大きく広がっていった町だ。

 それ故に少し裏の通りに入ると、人が増え町を広げ建物が追加された歴史を物語るように、非常にごちゃごちゃと道が入り組んでいる。

 そしてそちら側は治安が悪く、怖い大人の溜まり場なので近寄らないようにしている。


 変なおじさん達を見つけても表通りで騒いで人が集まると逃げられるので、そちら側に誘い込んで何かしてくるなら狭い地形を利用して逃げるふりをして、冒険者ギルドの裏口まで引っ張っていこうと最初は思っていた。

 やましいことがあればきっと俺を追っかけてくる。

 王都の冒険者ギルドで、多分見かけたことのないおじさん。

 王都の人ではないなら、冒険者ギルドの裏口を知らないと予想してそこからギルドに飛び込めば追いかけてきたところをギルド職員に助けてもらえるかもしれない、少なくともギルドにいる人に顔を見られる作戦だった。


 だがその作戦は俺が逃げ切れることが前提で、おじさん達が俺を見つけた場所によっては移動距離は長くなり失敗する危険がある。

 それと王都に詳しい人ならギルドの裏口くらい知っているので、ギルド前で諦められる可能性も高い。


 というわけでこの作戦はなし。

 俺は子供。子供は素直に大人にあまえる。

 そうそう、いつものおじさん達に助けてもらおう。

 変なおじさんがいることは伝えた。夜間に王都に入るならそのルートもだいたい予測できることも。

 そして俺が顔を見られたことも。


 どこからきたかわからない平民の子供。釣り餌としてはちょうどいいでしょ?


 俺が選んだ整備中の広場前。

 ここは王都で一番大きな門からわかりやすい大通りに沿って進んだ先。門の方から歩いてくれば絶対目に付く場所、ちょうど街灯の光で明るくなっている場所。

 この大きな門は夜間も通ることができ、ポルトペルル方面から来た場合はこの門から入るのが手っ取り早く、他の門からとなると非常に遠回りになる。

 その門から王都に入って俺の泊まっている宿屋に行くならこのルートがわかりやすい。


 整備中の広場の前にある花壇の縁に腰をかけ、夜空を見ながらもさもさとパンをかじる。

 俺は田舎者の子供。

 子供なので星を見ながらパンを食べたい時もあるし、田舎者なので都会の夜が珍しくてつい夜の街を散策しちゃう。

 何も不自然ではない。

 ほら、暗い夜の街灯の下、俺の姿が浮かび上がるようによく見えるでしょ?

 だから早く見つけて。

 というか、街灯の下って虫が集まってきてパンとか食べる気分じゃなくなるから、来るなら早く来て!!


 この辺りは区画整備中の場所も多く、建物は残っていても老朽化のため取り壊し予定ですでに人が入っていないものが多く目に付く。

 人口の多い王都とはいえ出歩く人は限られている夜間。

 わかりやすい大通り沿いだけれど人の気配がほとんどない場所と時間。

 広場の前で座る俺の前を通り過ぎていくのは、門から入ってきて足早に宿や自宅へ向かう人達がポツポツいるだけ。

 人が来れば足音が響く。足音を隠している人でも、静かすぎて気配はすごくわかりやすい。

 意識して気配を消していても、集中すれば気付けるほどに静か。


 ほら、また足音が聞こえてきた。

 すごく軽い。とても軽い、大人とは思えない足音。


 ん? 子供? こんな夜に出歩くなんて危ないな、どこの子供だよ!


「は? グランこんなとこで何やってるの!?」

「は? アベルなんでこんなとこにいるんだよ!?」


 足音の方を振り返ると頭がピカピカ光っているのじゃないかってくらい眩しい銀髪と、最近すっかり見慣れた女の子みたいな顔。

 そして声が重なった。

 なんでこいつがここにいるんだよ!!

 子供はうちに帰って寝てろ!!


「気持ちのいい夜だから散歩をしているだけだよ!」

「俺も気持ちのいい夜だから星を見ながらパンをかじってるだけだよ! それよりドリーさんにはちゃんと言って出てきたのか?」

「言ったら着いてくるかダメって言うから、言ってるわけがないじゃん。朝と同じ手段、グランの宿の近くまで転移してそこから歩いて来たんだよ。それに子供じゃないしなんでいちいち出かける時に言わなきゃいけないの!?」

 いや、どう見ても子供だろ。

 先ほどドリーさんにやんわりとお説教をされた直後だっていうのにこれである。

 ドリーさんも大変だなぁ。


「はー、今日は海まで行って疲れてるだろ? もう宿に帰って休めよ」

「グランこそ、虫がパラパラ落ちてきそうな街灯の下でパンなんか食べてないで宿に戻りなよ」

 はー、アベルが来ちまったし今日は諦めるか。

 いつものおじさん達が、何とかしてくれるかなぁ。

 そうだなぁ、俺達は子供だから無理はすることないか。


「アベルが帰るなら俺も帰るよ。ほら、もう一回宿まで送っていくから」

「え? 転移で帰ればいいし、俺がグランを宿まで転移で送っていくよ」

「いいや、せっかく星が綺麗な夜だから、空を見ながら歩くのも悪くないかなって」

 転移で俺を送った後、また転移でここまで戻ってくるつもりだろ?

 そんなことはさせない。

 歩いて帰るのは時間稼ぎでもあるけれど、本当に星が綺麗だから。

 綺麗な海を見た日を、綺麗な星空で締めるのも悪くない。


 そう思った直後、足音を消した気配が複数こちらに近付いて来ているのが聞こえた。


 あーあ、空気読めないおじさん達だなぁ。


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