第27話◆最後まで楽しい一日であってほしいから

 都会には変な人が多い。

 たくさんの人がいるので、変な人の数も多いだけだろう。

 それと同じでたくさん人がいる分、悪い人もたくさんいる。


 最近友達になったアベルは変な奴。

 いつもプリプリツンツンしているのに、何だかんだでチョコチョコとついてくる野良猫みたいな奴。

 俺より年上だけれど、ヒョロヒョロガリガリでちっこい。しかも子供っぽいところもあるし、前世の記憶があって精神年齢の高い俺にとってアベルは弟みたいな感覚だ。

 弟みたいな感覚だけれど、アベルはすごく細かいことを気にして口うるさい。

 俺のだらしない部分を注意してくれているのはわかるのだが、お袋に小言をいわれているのを思い出すくらい口うるさい。

 いいじゃん、ロビーでご飯を食べても。休憩するところだからご飯を食べている人は他にもいるよ。でも、においだけはちょっと気を付けるようにするよ。

 少し変な奴だけれど何だかんだで気が合うし、俺の知らないことをたくさん知っていて色々教えてくれるのでとても助かっている。


 アベルの保護者の熊みたいな人、ドリーさんも変な人。

 よく冒険者ギルドのロビーでアベルと言い争いをしているのを見る。最終的に拳と魔法のケンカになって、ギルド長や職員さんに怒られるところまでがセット。

 まぁ、そのギルド長はなんか変な人っぽいし、ドリーのパーティーメンバーらしき人達も変な人っぽいから冒険者は変な人が多いのかもしれない。

 俺は冒険者だけれど変じゃない方の人。何事も例外のない規則はない。


 そしてアベルの周りをうろうろしている変なおじさん。

 元はいいとこの坊ちゃんで家出少年らしいアベルに、家族がこっそりと護衛を付けているらしい。

 だいたい二人から五人くらいで行動していて、ダンジョンでも見かけることがある。

 いつもコソコソ後ろをついてくるからすごく怪しくて、アベルのストーカーかと思って知らずに仕事の邪魔をしちゃったみたいでごめんなさい。

 事情を知ってからは邪魔していないと思う。

 でもアベルはメチャクチャ嫌がっているし、ずっと見られているのは落ち着かない気持ちもわかるので、いつかちゃんとご家族と話し合う場所を設けた方がいいと思います。


 アベルもドリーさんも、アベルの護衛役のおじさん達も変な人だけれど悪い人達じゃない。

 だけど都会には悪い変な人もいる。


 時々いるよね、本当に変なおじさん達。


 今日はアベルと海に行く約束をしていてせっかくワクワクとしたいい気分だったのに、朝早くから怪しいおじさんが俺が泊まっている宿の前でコソコソしていて気になった。

 薄暗い朝に真っ黒は目立つよ。

 いつものおじさん達はもう真っ黒の装備じゃないから、いつものおじさん達じゃないよね?


 あ、おじさんが腰に下げている武器、少し変わっているから覚えているよ。

 昨日、俺とアベルがギルドのロビーで今日の計画を立てている時に、売店で買い物をしていたよね。

 刃の部分の中程から先端にかけてグネッと鉤型に曲がっている小型の剣。

 相手の獲物を引っかけてねじ伏せたり、奪い取ったりするための形かな。それに歪曲している部分は刃が鋭くてよく切れそう。

 なんかかっこいい剣だったから、覚えていたんだよね。


 ギルドでドリーさんやいつものおじさん達にバレないようにポルトペルルに出発する計画――アベルが自分の部屋から転移魔法で俺の宿に直接飛んでくるという話を、ロビーでしていたのを聞かれたのかもしれない。

 ドリーさんやそのパーティーの人、そしていつものおじさん達がいないのは確認していたけれど、このおじさんはまったく知らないおじさんでその時は気にしていなかった。


 ねぇ、おじさん達はいいおじさん? それとも悪いおじさん?


 冒険者はいい人ばかりではない。いや、どちらかというと荒々しい人の方が多いかもしれないし、悪い人だってたくさんいる。

 冒険者は誰でもなることができて、それまで冒険者登録をしていなければ新しい身分証を得ることができる。

 戸籍が完全には定着していないこの国で、自分の身元証明できるものを手軽に作れる場所。

 その反面、犯罪者が身元を隠すのにも使えてしまう。


 そんな悪い人達にとって、見るからに弱者である子供の冒険者はカモである。

 しかもアベルは歳のわりに背が低くガリガリ、そして行動も子供っぽい。

 そのうえキラキラとした銀髪と女の子のような綺麗な顔立ち、そして仕草から滲み出る上品さのせいで、駆け出しの魔法使いが身に付けるような質素なローブを着ていてもいいとこの坊ちゃん風の雰囲気が隠し切れていない。

 本当はやべーくらい強力な魔法を使って俺よりずっと強いのだが、知らない人から見ると弱そうだけれどいいとこの坊ちゃんが冒険者ごっこをしているように見えるだろう。


 本人を脅せばすぐに金を巻き上げられそう。誘拐すれば実家から身の代金をふんだくれそう。違法な奴隷商人に売れば高く売れそう?

 家出中とはいえ、家族が心配して護衛を付けるのもわかる気がする。


 そんなアベルの周りは、時々変なおじさんがうろうろしている。

 いつものおじさん達も変なおじさん達なので見分けが付きにくいけれど、よく見るおじさん達とはどこか違うおじさんはだいたいすぐ見かけなくなる。

 ……うん、深く考えないでおこう。大人って怖い。



 そんないつもとは違う変なおじさんが、ポルトペルル行きの乗合馬車に乗った後も付いてきていた。

 俺は海でやりたいことがたくさんあってワクワクしていい気分だし、アベルも眠い眠いといいつつなんだか機嫌がいい、楽しい一日のはじまりに変なおじさんはいらない。

 ドリーさんやいつものおじさん達に内緒で出発したことを少し後悔したが、アベルは変なおじさんに気付いていないみたいだし、王都を出てから随分伸び伸びとしているので変なおじさんのことは内緒にしておこう。


 乗合馬車では外を見ているふりをして後ろに注意していた。

 あまりにずっと外を見ているので、一緒に乗っていた冒険者のおじさんが気になったのか外を見て、後ろ付いて来ている馬に気付いてこの馬車には強い冒険者が乗っているぞアピールをして追い払ってくれた。

 ありがとう、誰か知らないけれどかっこいいおじさん!!


 ポルトペルルに着いてから海岸で塩作りに夢中になっていたら、気付けば変なおじさん達が近くまで来ていてびっくりした。

 あの変な刃物を持ったおじさんもその中にいた。他のおじさんも冒険者風の恰好をしているけれど、やっぱ不自然に黒を基調にした恰好。

 びっくりしてカニ漁のついでにライトニングナッツを投げちゃった。

 ついでにちゃんと顔も見たぞ。俺の顔もしっかり見られたけれど。


 大きな音で人が集まったから変なおじさんはどっかにいったけれど、今日は人の少ないところに行くのはやめた方がいいかな。

 そう思ってその後は人の多い場所に移動して人目に付くことを意識して行動していたら、変なおじさん達の姿は見なくなった。

 代わりにいつものおじさん達の姿が見えて一安心。

 アベルは気付いていないみたいだから今日は黙っておこう。


 だって海を見ているアベルの表情がいつもみたいに固くないから。

 変なおじさんのせいで少し不機嫌になっていたアベルだけれど、カニクリームパスタですっかり楽しそうな表情に戻ったから。

 楽しい時間に不機嫌な顔はいらない。


 その後は平和。

 いつものおじさん達が近くにいたので、変なおじさんを気にしなくてもよくなって平和。

 いつものおじさんありがとう! 次に会ったらカニをお裾分けするね!


 そして王都に帰ってきてアベルを宿まで送ったら、ドリーさんがすごく困った表情で待ち受けていて、とりあえず無事に帰ってきてよかったと頭をワシャワシャされて、次からは行き先くらい伝えてから行けといわれた。

 そうだな、まだまだ俺達は子供だしな。

 大人のお小言や監視は面倒くさいと思う年頃だが、俺達だけでは力が及ばないことはたくさんある。

 今日は無事に終わったがもしもが起こってからでは遅いから、自衛ができるくらいの力が付くまでは素直に大人に庇護されよう。

 俺もアベルもまだまだ子供なんだ。


 俺一人で何とかしようと思わないで素直に大人を頼ろう。


 アベルの泊まる宿を出ると、ドリーさんと話しているうちにいつものおじさん達もポルトペルルから戻って来ていたので声をかけた。


 俺はなにも知らない子供。


 だけど少しだけヒントを置いていくよ。


 アベルが一人で、あのおじさん達に報復に行く前に。

 せっかく楽しい一日だったから、最後まで楽しい思い出にしたい。



 すっかり日が暮れた夜の王都の道を、夜でも開いている門の方へと向かって歩き始めた。


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