第26話◆勘のいい赤毛

「ふう……無事に帰って来ていたか……今日も胃が痛い一日だったな。アベル様の部屋に見える人影はご本人のようだな」


「あ、見てください赤毛がアベル様の泊まっている宿から出てきましたよ。ということはアベル様を宿まで送って、ドリアングルム殿にも事情を話し終わってそうですね。彼も自分の宿に戻って休むだろうしこれで今日は一件落着ですかね。ああ、あのアベル様に友達ができてよかった……最近のアベル様は以前ほどピリピリしてませんし、よかった……本当によかった」


「いや、よくねーだろ。今日だって、アベル様が起きてこないからいつもの寝坊だと思って部屋までドリアングルム殿が起こしにいったら、置き手紙だけしてあって今日のこの騒動だよ! やっと追いついたと思ったら呑気に飯を食ってるし、帰りは転移魔法で帰っていくし、まったく転移魔法に対処なんかできないつーの!!」


「いや、あれは普段早起きしないアベル様が日の出と共に起きていたという珍事も原因ですね。まさか、あんな朝早く起きて部屋から転移魔法で赤毛の宿に移動して、そこから始発の乗合馬車でポルトペルルに行っているなんて予想外すぎますよ。転移魔法で行けるはずなのになんでまた乗合馬車なんかで……おかげで足取りを掴むのに苦労しましたね。『探さないでね☆』って直筆の置き手紙がなかったら何か事件に巻き込まれたかと大騒ぎになるとこでしたね」


「その手紙も行き先が書いてなかったけどな。ドリアングルム殿の機転で、赤毛が泊まっている宿屋の女将さんに話を聞いて、二人で海に行ったのがわかった時にはもうその場で頭かかえちまったぜ。ドリアングルム殿が外せない仕事を受けている日にこれだ、これからこういうの増えるんだろうなぁ」


「赤毛があそこの女将さんと仲がよかったおかげで色々話していてよかったですね。まさか転移魔法があるのに、乗合馬車なんかでポルトペルルまで行ってるとは思いませんでしたけど」


「朝飯も食わずに騎獣をとばしてポルトペルルへ行って探し回ってやっと見つけた時には、海岸でめちゃくちゃいい匂いをさせながらパスタなんか食ってるし? ペルルガザミのクリームパスタだ!? どうせ赤毛の仕業だろ!? いつもいつもどっからともなく飯を出してきやがって! 今日はバレてないからお裾分けもないし最悪だな!! あー、カニ食べたい」


「ドリアングルム殿曰く、あの赤毛はなんだかすごい性能のマジックバッグを持ってるらしいですよ。ダンジョンで偶然拾って? すごい性能のマジックバッグに所有者として選ばれたらしいって話ですよ。とりあえずカニ食べたいっすね」


「馬鹿野郎! そんなあからさまに嘘くさい話があるわけないだろ! あれはおそらく相当使い込んだ収納――いやでもあの歳で熟練の収納スキル持ちのような性能というのも……やはり偶然拾ったすごいマジックバッグか?」


「そうそう、偶然拾ったすごいマジックバッグだよ」


「やっぱりそうかー……ん?」


「ですよねー……え?」


「赤毛えええええええ!?」


「いつの間に!? ていうか、また見つかった!! 宿に帰ったんじゃないの!?」


「あ、どうもこんばんは。偶然拾っためちゃくちゃすごいすごいマジックバッグ持ちの赤毛です。いつの間にと言われましてもさっきからいましたし、木の上で防音魔法を使って話していると、声と一緒に風で木の葉が揺れる音まで消えて違和感が大爆発してるので様子を見にきました」


「あ、そういう……なるほど。これは共有すべき注意事項っすね」


「まぁそうなのだが、見つかったのがまたバレるな。今日は逃げ切ったと思ったのに」


「実は、お昼ご飯の時に俺は気付いてたんですけど、今日はアベルが見張りの目がないからのびのびできるって、はしゃいでたから空気を読んでスルーしました。それとペルルガザミのお裾分けです、お納めください」


「日頃からのびのびしてやりたい放題な気がするんだよなぁ。おっ、カニか? 気が利くな、ありがたく頂こう。って、そうじゃない! いつも空気を読んでスルーしてくれたらありがたいんだが!? いや、見つかった理由は聞いた方がいいのだが、色々大人の事情もあるんだよ」


「ホントは賄賂は貰ったらダメなんですけど、これはただのカニの足つまり魔物のパーツなのでセーフですかね。見つかるのはまずいのですが、原因がわかるのはありがたいので、こうしてまたこっそりと教えて貰えるならありがたいかな」


「うん、じゃあ気付いた時はまた手を振ってジェスチャーで教えるね。カニは海岸でおじさん達のお仲間っぽい人に、パチパチドングリで迷惑をかけちゃったからね、そのお詫び」


「仲間? 俺達じゃなくて? いや、俺達はパチパチドングリなんか投げられてないな。というかそんなもの無闇に投げたらダメだぞぉ。それと教えてくれるなら今日みたいに後でこっそりがいいかな!!!」


「うん、いつもとは違う人。俺、人の顔を覚えるの苦手だからさ、装備で覚えてるんだけど、前にも指摘した黒く染めた装備付けてる人だったよ。パチパチドングリを投げる時は気を付けるし、今度から気付いても上手く誤魔化すようにするよ」


「結局投げるんだね。それで、その人はいつから?」


「王都を出た時からずっとついて来てたから、昨日ギルドのロビーでアベルと海に行く計画を立てていたのを聞かれてたのかな? そうそう、その朝からいたおじさん達ね、馬で乗合馬車を抜かさないのは怪しいよって教えてあげて。怪しすぎて一緒に乗ってたごっつい冒険者のおじさんも気付いてすごく威圧スキルを飛ばしてたから、距離をとったっぽくて見えなくなっちゃった」


「お、おう。馬は足音が大きいから、認識阻害系の魔法はあんま効果ないからなぁ。馬鹿な奴らだぜ」


「まぁ、俺達も慌てて騎獣で追いかけたから、馬車に追いついていたら見つかってましたね。それでそのいつもと違うおじさん達にはいつパチパチドングリを投げたんだい?」


「うん、アベルに視覚阻害の魔法をかけてもらって海でちょっと遊んでたら、そのおじさん達が俺達に気付かずに、気配を消して近寄ってきてアベルの傍まで行きそうだったから、パチパチドングリで音を出して教えてあげたよ」


「他人事でよかったな」


「ええ、まったくですね。って、その人達! その人達はその後どうしたんだい!?」


「うーん、パチパチドングリをばら撒いた時に大きな音が出ちゃって、人がたくさん集まってきたから、その時に見失っちゃった。おじさん達が来た後からは近くでは見かけてないから、おじさん達と交代したのかと思ってました」


「え? あ、うん。そうそう、交代交代!」


「俺達も休まないといけないからね。そう、交代だよ、交代」


「そっかー、じゃああのおじさん達はアベルにばっちり顔を見られて覚えられてると思うから、次のお仕事の時気を付けないとすごく痛い報復をしそう。ものすごく怒ってたみたいだし、気を付けた方がいいよ。もしかするとアベルの方から仕返しに行くかもしれないね」


「むあ!? それはまずい、非常にまずい」


「ええ、教えてくれてありがとう。そのおじさん達は王都に帰ってから見てない?」


「うん、俺達はアベルの転移魔法で帰って来たからね。帰ってきたらドリーさんが待ってて、今日のこと話してたらこの時間になっちゃったから外のことはわからないや。それにしても俺達が転移した時、おじさん達がポルトペルルにいたのを見たのに戻ってくるの早かったね」


「ああ、足の速い騎獣だと二時間もかからない距離だからな」


「奴らがどのタイミングでポルトペルルを出たかわりませんが、アベル様達が転移した後だとするとまだ王都には戻ってきてないですかねぇ。あれからすぐ出ていたとしたら、帰ってくる時間も予想できそうですね」


「ふむ、もうすぐ交代の時間だが、少し残業になりそうだな」


「遅くまでお勤め大変ですね、じゃあ俺は帰って休みますね! あ、そうそう、そのおじさん達、阻害系の効果が切れたタイミングでばっちり顔を見ちゃったんですよね。大丈夫かな? 仕事の都合上、顔を覚えられたらまずかったりします? ま、俺は人の顔を覚えるのは苦手だからいいかー。それじゃ、おじさん達もお勤めがんばって!」


「あ、おい! 赤毛、待て! って、もう行っちまった。野生動物みたいに気配を悟らせない上に素速い奴だな」


「それより、顔を見たってまずくないですか? 距離が近かったなら、顔を見られたことに気付かれてますよね?」


「ああ、交代が来たら追うぞ。今日はあっちが本命になるかもしれん」

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