第25話◆グランと見る海

 いつからだろう、食事が嫌いになったのは。

 食事に紛れ込む嫌がらせ。それを実行するのは信じていた見知った顔。


 究理眼のおかげで毒や異物を見抜くのは簡単。

 空間魔法のおかげでそれを排除するのも簡単。

 いつも寝起きしている場所でならそれを回避するのは簡単。


 だけど家族との食事の時は、規則で魔法が制限されていた。

 それでもいつも些細な嫌がらせは、犯人以外が気付かないところで行われる。

 究理眼で見ることはできても、空間魔法で取り除くことはできない。

 仕方ないので差し障りのないものだけを口にする。


 信じれば裏切られた時が悔しいいつもの食事。

 精神を削られるような気分の家族との食事。

 あそこにいる間は食事というものが大嫌いだった。


 そんな俺を心配した使用人の一人が、自分で淹れたお茶なら安心だろうとお茶の入れ方を教えてくれた。

 だからお茶は好き。安心できるから。

 そして必ず目の前で毒味をしてから、俺にティータイムのおやつを出してくれていた。

 究理眼があるから、そんなことをしなくてもいいのに。

 だから、ティータイムに出てくるような甘いお菓子は平気。

 当時は彼女すら信じられなかったけれど、彼女は最後まで裏切らなかったからもっと信じればよかった。


 あそこを飛びだして冒険者になってからは、最初のうちは上手くお金が稼げなくて粗末なものを食べるのがやっとだった。

 最初の頃は、作られてから時間が経ってボソボソになったパンばかり食べていた気がする。

 生き物の解体を習ってからは、自分で魔物を狩ってから肉を焼いて食べるようになった。

 だけど解体作業はグロテスクで、やっているうちに肉は食べたくなくなってくる。

 でも食べないともたないから、できるだけ肉っぽくないようにしっかりと焼いて食べる。


 自分で倒した魔物の肉なら安心して食べられるから、あそこにいた時よりは気楽に食事ができるようになった。

 それでも生きるために必要だから食べているだけで、味なんて気にしている余裕はなかった。

 冒険者のランクが上がって金銭的に余裕ができた頃には劣悪な食事事情に慣れ、俺にとって食事とはただ腹を満たすための行為になっていた。



 グランが差し出したパスタから昇る白い湯気と、フワリと鼻をくすぐる白いソースの香り。

 グランがよくロビーで食べているグラタンのにおいにもこの香りが混ざっている。


 最初にロビーで見かけた時は何も思わなかった。

 ロビーでにおいの強い食事をする非常識な奴。

 それもほぼ毎日。

 そして、やたら美味しそうに食べている。

 気付けばつい目で追っている。

 べ、別に羨ましいわけじゃないんだからね!


 それを見ていると、何故か俺も何か食べたくなる。

 ドリーにも口うるさく言われているから、知らない人に食べ物は貰わないけど。

 何度か赤毛と目が合って、いるかと聞かれたが断った。

 知らない人に食べ物を貰うわけがないでしょ!

 そ、それに食事は嫌いだもん。食べられれば何でもいいもん。

 別に欲しくなんかないし!!


 と思っていたのだが、グランに言いくるめられて一度食べてしまえば、それ以降は抵抗なくグランの料理を分けてもらうようになった。

 いいの! グランはもう知らない人じゃないからね、貰っても大丈夫なの!


 知り合い? ちょっと違う。

 仲間? うーん……近いけれど微妙。


 ……と……と、ととと……友達?


 仕方ないね、友達が一番しっくりくるから友達でいいよ!

 友達なら借りは作りたくないから、料理を貰う代わりに肉をあげる。

 少し多いって言うのならそれは、次の料理の代金にして。

 そう、次の料理のね!!


 そして、それから俺とグランの肉と料理の関係は続いている。


 今日も海に連れて行ってあげるから、料理を分けてもらう。

 グランは嘘が下手だから、嘘をつくとすぐわかるから安心。

 味方の顔をして俺の料理に細工をしないから。

 細工をしてもせいぜい俺の嫌いな野菜を、俺が気付かないくらい小さくして入れるくらいだから許してあげる。

 味がわからないくらい小さくして入れるなら、嫌いな野菜もたまには食べてあげていいよ!

 ふふ、俺のために無駄に手間が増える?

 いいね、もっと手間を掛けてよ。

 今日のペルルガザミも、手間を掛けて食べやすくしてくれたんだ。


 ありがとう。

 最近、食事がちょっとだけ楽しいんだ。

 ……ちょっと、だけ! ちょっとだけ楽しいだけなんだからね!!

 俺が誰かと食事をするのが楽しいなんて今までなかったことだから、グランは光栄に思うといいよ!!


「ほら、ぼーっとしてないで冷める前に食おうぜ。海を見ながら食べる飯はいいなぁ」

「うん、ありがと。海を見ながら食事をするのは初めてだけど悪くないね」

 それから、一人じゃない食事も。


 グランと二人、並んで砂浜に腰を下ろし海を見ながらカニクリームパスタをすする。

 料理の香りに釣られこちらに集まる視線は気になるけれど、グランと一緒に見ている暑い季節の日差しをキラキラと反射する海が、宝石よりも魅力のあるものに見えた。









※二日ほど空けてもう少し続くのじゃよ。

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