第23話◆怪しいおじさん達

「ひょえぇ……メチャクチャでかい音が出たー!! でもカニも気絶してるから結果よし!! 起きる前にとどめを刺して回収しちゃお」

 ひょえぇ……じゃないし! 結果よしじゃないよ!!

 あー、呑気にカニにとどめを刺して収納してるー!!

 バカー、大きな音を出したから海岸の近くにいた人が様子を見に集まって来そうだよ!!

 アホー、収納スキルは珍しいスキルだから人に見られたらどうするの、バカー!!

 でっかいカニを収納スキルに何匹も詰め込んでいるの見られて変な人に目を付けられたらどうするの!!

 ほら、すでに近くにおじさん達が――。


 あ……。


 そして先ほど抱いた違和感の原因に気付いた。

「うおおおお!? 何だあ!?」

「な? そこにいたのか!?」

「雷魔法? それと視覚阻害の魔法か!?」

 俺が視覚阻害の魔法を使っていたせいで、おじさん達は俺達に気付いていなかった。

 だからライトニングナッツを投げようとしているグランのすぐ近くを、呑気に歩いていた。


 でも違和感はそれだけじゃない。

 このおじさん達の顔、すごく特徴がなくてつい見過ごして他の方へ視線が滑りそうになる。

 子供の頃から日常的に人の顔を覚えることが必要で、一度見れば人の顔を覚えることができるこの俺が、おじさん達から視線を外した直後に忘れていた。

 いや最初から覚えようとしていなかった。


 認識阻害――そこにいるものを個として認識しにくくする魔法やスキル。つまりそこにいるはずなのに全く印象に残らない状態にするもの。

 このおじさん達、認識阻害の魔法かスキル、もしくは魔道具を使っているな!?


 阻害系の魔法はその存在に気付いてしまえば無効化される。

 俺が使った視覚阻害の魔法も同じだ。見落としやすくなるが、一度目にとまってしまえば効果は消えて普通に見えてしまう。


 そう、おじさん達はグランが投げたライトニングナッツの雷でグランや俺の存在に気付いた。

 そして俺は、おじさんに注視してあまりの印象の残らなさにそれに気付いた。

 気付いたから、もう覚えたよ。その顔。


 ジッとその顔を見れば、すぐに俺の視線に気付き驚いた顔をする。

 君達が俺達に気付いたように、俺もおじさん達に気付いたよ。

 ふふ、そこにいるからもう君達の存在は認識した。そしてその正体も見えたよ。

 おじさん達、咎人系の称号が付いているね?

 しかも、隠密系のスキルに特化している。

 見えるようになってしまえば究理眼で"見える"からね。


 俺に何か用?


 響き渡った大きな音を聞き付けた野次馬が集まる前に片付けちゃう。

 例えば、海沿い――いきなり津波が来てもおかしくないね?

 あ、潮だまりにグランがいるから津波はダメだね。

 じゃあ、天気のいい日の突然の雷。

 ああ、これもグランがライトニングナッツを投げたばかりだからグランが疑われちゃう。

 もう、余計なことをしてくれちゃって。


「ああ~、すみませ~ん。おじさん達が近くまで来ていたのに気付きませんでした~~!! 大丈夫ですか~? 感電しませんでしたか~? や~、おじさん達は凄腕の冒険者ですか? すごいですね~、近くに来るまで気配に気がつかなくて、ついパチパチドングリをばら撒いちゃいました~。お詫びにカニいります? 気絶してますけどまだ生きてて新鮮ですよ~。ぎゃっ! カニが起きた! うわ、ハサミ、あぶなっ!!」

「なんだこのガキ……は????」


 ちょっとおおおおお!? この赤毛は何をやっちゃってるのおおおお!?

 なんで明らかに怪しいおじさんの方に、気絶したカニを抱えて近付いてるのおおおお!?

 それ素でやってるの!? それとも怪しいおじさんに気付いて油断させようって演技!?

 いや、それやっぱ天然だよね? 変なおじさん達をライトニングナッツの雷撃に巻き込みそうになったのを、天然ですごく白々しい誤魔化し方をしているだけだよね!?


 あっ! ライトニングナッツの雷で気絶していたカニが目を覚まして暴れ始めた!!

 って、変なおじさん達の方に持っていたカニを投げたああああああ!!

 ねぇ、やっぱりわざとやってるの!? 変なおじさんってわかってやってるの!?

 天然なの!? わざとなの!? もう、わけがわからないよ!!


 ああー、潮だまりの中で気絶していたカニ達も目を覚まして、ライトニングナッツを投げたグランの方にワラワラと寄って来たー!!

 そしてそのままカニを引き連れておじさん達の方へ逃げていってるー!!

 ……やっぱいつものうっかりかな?


「ひえー、カニがついて来ちゃったー! おじさん達、逃げてーー!!」

 まだ声変わりをしていないグランの高い声が周囲に響き渡る。

 逃げてーと言いつつ、おじさん達の方にカニを連れていっていない!?

 そうだ、ちょうどいいからカニにとどめを刺すふりをしておじさん達を氷漬けにしちゃう?

 って、騒いでいるうちに野次馬が集まってきちゃった。

 あぁー、おじさん達もさっさと逃げちゃったな。思ったより素速いおじさん達だね。

 もー、用意した魔法でペルルガザミにとどめを刺しちゃおっと。


「もー、何やってるのー。カニは徘徊してるし、大きな音で人が集まって来ちゃうし」

「お、カニにとどめ刺してくれてありがとうさん。いやー、思ったより大きな音が出ちゃった。おっと、集まって来た人に謝らないと。すみませーん、カニを捕まえようとしてパチパチドングリを投げたら大きな音が出ちゃいましたー!! どうもお騒がせしましたー!!」

 頭を掻きながら集まってきた野次馬にペコペコと謝るグラン。

 野次馬達もそんなグランを、しょうがない子供を見るような表情で苦笑いをして、一言二言注意して帰っていく。


 わからない。


 どこまでが素でどこまでが計算された行動なのか。

 でも、このわざと子供っぽく、不慣れな子供冒険者のように野次馬達に謝っているのは、確実に計算された行動だ。

 やっぱり、大きな音や声を出したのはわざと?

 結局この騒動で怪しいおじさん達はどっかに行って何事もなかった。

 全てはそうなることを見越しての行動?

 グランの行動はよくわからない。


 あのおじさん達は兄上が俺に付けている見張りじゃない。

 きっと俺のことが嫌いなあの人の手の者だ。


 兄上の手の者にも気付いていたグラン。

 やっぱりさっきのおじさん達にも気付いていた?

 いつものおじさん達と違うと気付いていた?


 兄上もあの人も何なの?

 俺はもうあの名も身分も捨てたのに、なんで放っておいてくれないの?


 俺はもうあの場所に帰るつもりはないのに。

 あそこは俺の帰る場所じゃない。

 あそこにいても俺はずっと一人だったから。

 家族なんていらないんだから、もう俺のことは放っておいてよ。


 俺のことが大っ嫌いなあの人も。

 名前を捨てたのに俺のこと気にかける兄上も。


 俺の帰る場所は、いつか俺が見つけるから。



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