第22話◆どこでも非常識
「うおおおお!! うお!
ニホン?
また知らない単語が出てきた。これはグランの独り言によく出てくる単語。
地名っぽいけれど、ユーラティアにはそんな地名はない。
グランはよく独り言を漏らす。
本人は完全に無意識のようだが、考えていることが時々どころかよく口から漏れている。
口から漏れなくても、表情に出ているから考えていることはわかりやすいけれど。
ほら、今だって魚を売っている十歳以上年上の女性の胸を見てニコニコしている。
それ、変なおじさんの行動と似ているからやめた方がいいと思うよ。今は子供だからいいけれど、大人になってからもやってると絶対気持ち悪い人だよ。
「塩は海水から作るのは技術も手間も費用もかかるし、ポルトペルルには大規模な塩田はないから、海沿いの町といっても塩が安いわけじゃないよ」
まただ、また何か違和感。
塩の値段を見て考え込むグランに違和感を覚えつつも、その値段の理由を説明する。
「あーそっか、塩田か……言われてみると確かにそうだな。王都から海は遠くないのに店に並んでるのは岩塩と半々くらいだな。うーん、自分で作っちゃうか……海岸はあるよな、できれば人があんまいないとこがいいけど」
え? 自分で作る? 何を言っているのだ、この赤毛は?
「海岸はあるよ、人の少ないとこもあると思う。海岸周辺の依頼もあると思うし、ギルドに寄ってからそっちの方に行ってみよ」
何を言っているのだと思ってもグランの突飛な行動はやはり気になるし、海でいきなり非常識な行動でもして騒ぎを起こしても困る。
今日はドリーがいないから少々やらかしても怒られることはないと思うけれど、ギルドで怒られるようなことになればドリーの耳に入って、グランだけじゃなくて俺まで一緒に怒られそうだからね、依頼を口実に一緒に行くよ。
と、依頼を受けて人気のない海沿いの岩場に来たのだが――これは……ついてきてよかった!!
ついてこなかったら、どうなっていたかわからないよ!!
ホント、何これ!? 本人だけじゃなくてスキルまで非常識なの!?
「ちょっと!? 君、何やってるの!?」
「何って、海水を分解して塩を作ってるだけだけど?」
だけだけど? ってレベルの所業じゃないけどおおおおお!?
そもそも分解スキルってそういうスキルじゃないよね!?
組み立てられたものをバラバラにしたり、物質を細かくしたりするスキルだよね?
なんで海水から塩が取り出せちゃってんの!?
理論上はいけるものなのかな? いや、それは明らかにグランだけの理論上に違いない!
そんなことより――。
「海水からそんな風に塩が作れるなんて誰かに見られたらどうするの!?」
慌てて視覚阻害魔法を展開して、周囲から俺とグランの姿を目視しにくくした。
「お、視覚阻害魔法かぁ? ありがとう。人に見られるとまずいかなぁって思って、ちゃんと人のいなさそうな場所を選んだぞ! それよりこれどう? 海水を一度収納に入れて、出しながら分解してこっちの箱に塩を落として残りの水は海に返すの。ニガリは大豆を見つけないといけないから今はいいかな。ねぇねぇ、これって塩作りの効率がめちゃくちゃよくね? 純粋な塩ほど白に近いんだったよな! これでたくさん作って、王都で売ると超稼げない!?」
確かに人の気配はあまりしない場所だけどさ、絶対人が来ないってわけじゃないでしょ!
って、それより海水を大量に収納したと思ったら、箱を出してその中にザラザラと真っ白い塩を手の中から出し始めたぞ!?
そしてそれと同時に、塩を抜かれたと思われる海水はそのまま足元に垂れ流されている。
いやいやいやいやいやいや、あり得ないでしょ!? この勢いで塩を作るとか絶対おかしいでしょ!? ていうか、どれだけ塩を作るつもり!?
しかも、山育ちのくせになんで純粋な塩が真っ白だなんて知っているの!?
あ、また知らない単語!! ニガリって何!?
「ダメ! 絶対ダメ!! こんな真っ白な塩をたくさん売ったらすごく目立つし、そんなことしたら塩の相場が崩れるだけじゃなくて、やばい商人や貴族に目を付けられて監禁されて一生塩を作らされることになるよ!!」
けっして大袈裟な脅しではなく本当のことだから全力で止めた。
自分のスキルが明らかにおかしいことを自覚していないし、危機感もないからホント困った赤毛だよ、グランは!!
「ええ~、お金持ちになれるチャンスなのに~。じゃあ地方の……」
「地方もダメ!! 地方だと品質の高い塩の流通量が少ないから、更にダメでしょ!! もう! やるなら少しずつ……や、少しずつでもこの白さはやばいな。もー、お金稼ぎはダンジョンで一緒に魔物の纏め狩りをしてあげるからそれでいいでしょ?」
「マジで! 塩を作るよりそっちの方が楽しそうだな! やるやる、魔物たくさん狩って肉と素材をたくさん集めてお金持ちだ! あ、でも塩はもうちょっと作って帰るし、海水も何かあった時のために収納にストックしておくよ」
塩はともかく海水をストックしておくという発想がわからないよ!!
「海水なんて何に使うの!? って、もうすごい勢いで海水を吸い込んでる!! ちょっと、こっちに来てる人がいるよ!!」
シャリシャリと砂を踏む音をさせて、おじさんが数名こちらに向かって歩いて来ていることに気付いて、慌てて海水を吸い込むグランを止めた。
「え? マジ? もっと海水も塩も欲しかったのにー、ついでに海水で収納のスキル上げもしたかったのにー」
ものすごく、ものすごぉくしぶしぶと海水を吸い込むのを中断し、塩の入った箱を収納スキルで回収するグラン。
普段はものすごく気配に敏感なのに、何かに夢中になるとそれに集中しすぎてものすごく注意力がなくなるのもグランの特徴だ。
「もうっ! 怪しまれないようにギルドの依頼をやっているふりをするよ!」
「やっているふりじゃなくて、普通に依頼をやればいいんじゃないかな? なんだっけ、この時期浅瀬に増えるペルルガザミとかいうカニの魔物の討伐だったよな。カニ! そうだ、カニ! カニを倒してカニを食べよう!!」
うわ……また変なことを言い出したよ。
この赤毛、ホントなんでも食べようとするんだよね。このペルルガザミの依頼もカニなら倒した後に食べられるとかって理由で受けたやつだ。
まぁ、ペルルガザミはそこそこ美味しいから食べるのは大賛成だけど。
ペルルガザミはこのポルトペルル近海に棲息するカニの魔物で、大きいものは三メートルを超え水中ではCランク程度の強さだ。
普段は沖合の海の底にいて人と関わることはあまりない魔物だが、初夏から夏にかけて孵化後幼生から稚ガニに成長した個体はある程度の大きさになるまで海岸付近で過ごす。
稚ガニといっても一メートル弱でEからDランクくらいの強さ、そして成長期の稚ガザミは食欲旺盛で好戦的、陸地にも上がってくるため海岸付近に来た人が襲われる危険もあり、この時期はペルルガザミの駆除は冒険者ギルドの依頼に多く募集されている。
食材としても需要があるため討伐報酬に加え買い取り価格も高く美味しい依頼だ。
「そうだね、王都に帰ったらカニ食べよ。今日はここまで付き合ってあげたんだから、何かカニ料理を――って何やってるのおおおおおお!! ちょっとおおおおおおおおっ!!」
グランにリクエストするカニ料理を考えていた一瞬の隙に起こった出来事だった。
「おい、見ろよ、あんなところにペルルガザミが固まってるぞ!! 狩りは効率重視!! こないだ拾ったライトニングナッツ!!」
あああーーー!! 見える、見えるぞおおおおお!! グランの手の中に金色の綺麗なドングリがーーーー!!
見た目は綺麗だけれど、ちょっとした衝撃でパチパチと弱い雷を発するやばいドングリだ。
一つ一つはたいした威力ではないのだけれど、何個握り締めているのおおおおおおお!!
それをどうするつもりなのって、聞かなくてもわかるよ!!
投げるんだよね!? ていうかもう投げてるうううううううう!!
ていうか、近くに知らないおじさん達がいるのに何やってるのおおおおお!!
たくさんの金色のドングリが強い日の光を反射してキラキラと光りながら宙を舞う光景が妙に綺麗だった。
その先には大きな潮だまりとそこに集まるペルルガザミの稚ガニが複数。
そしてすぐ近くを歩く知らないおじさん……あれ?
バチバチバチバチバチパパパパパパーーーーーンッ!!
そのどこにでもいそうなおじさん達に僅かな違和感を覚えたが、その原因がわかる前に金色のドングリが潮だまりに落ちパチパチと金色の火花を散らした。
しかもあまりにたくさん投げ込んだものだから、発生した小さな雷が大連鎖を起こして弾け大きな音が周囲に鳴り響いた。
ちょっと!? ホントに何やってんの!?
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