第19話◆俺とアイツの始まり
「ねえ、君さ……何で朝っぱらからギルドのロビーでチーズグラタンなんか食べてるの!? 朝から重すぎない!? チーズのにおいすごくない!? ていうか君さ、前々から言おうと思ってたんだけど、何でいつもロビーでご飯を食べてるの!?」
「え? いつも泊まっている宿屋で、早起きしてパン焼きを手伝う代わりにオーブンを貸してもらったんだ。グラタンはそれで焼いたんだ。つか、ロビーで飲食してもいいよな? 今日は朝からグラタンを焼いてたら、依頼が貼り出される時間に遅れそうになって、それで先に依頼を取ってから食べていただけだし」
今朝の依頼争奪戦が終わった後、のんびりと朝飯を食っていたら面倒くさい奴に絡まれた。
というか依頼用紙を取る時に軽く一試合してきたばかりなのに、その後わざわざ絡みに来なくてもいいのに。
俺の向かい側の席に座ってキーキー言っているが、俺は朝飯のチーズグラタンを食べるのに忙しいのだ。
宿屋のおかみさんと仲良くなってオーブンを貸してもらえたので、つい張り切って朝からグラタンを作ったら、朝飯を食べる時間がなくなってしまったのだ。
というわけで、依頼を受けて出発前に朝飯! せっかくだから作ったグラタン!!
いつでもどこでもできたてが取り出せる俺の収納君超優秀!!
あの怪しいおじさん事件の後から、依頼の取り合い以外でもアベルに絡まれるようになった。
相変わらず依頼の取り合いは毎朝やっているし、狩り場ではやたらアベルのトレインに巻き込まれるようになった。
ランクが離れているので一緒に行動することはあまりないのだが、Cランクの依頼でよく場所が被るので仕方なく一緒に依頼をこなしていることもある。
あの事件から数日が過ぎ、今朝もこうしてアベルに絡まれている。
「理由はもっともらしいけど、朝からロビーでチーズグラタンはおかしいよ!! ていうか焼きたて!?」
グウウ。
「ん?」
「……」
何か低い音が聞こえたな。
「お……おっおっおっ俺のお腹の音じゃないよ!!」
なんだこいつの腹の音か。
「食べる? コカトリスの肉とヤエルのチーズのグラタンだよ。できたてをすぐ収納に入れたから熱々で美味いぞ」
せっかくオーブンを借りることができたので、纏めてたくさん作っておいたのだ。
一つくらいお裾分けしてやろうと、熱々のグラタンと木のフォークを出した。
目の前で腹を鳴らさせれると、自分だけ食っているのは気まずいんだよなぁ。
「だからこの間言ったばっかりでしょ! 収納スキルは珍しいうえに、こんなにきっちり中身の時間が止まるものを君くらいの年齢で扱えることを、人に知られると危ないから使う時は気を付けろって!」
そういえばアベルと行動している時に収納スキルを使ったら、そんなことを言われたな。
いかんいかん、便利すぎるからついどこでも使っちゃうんだよなぁ。
「おう、気を付けるよ。それでグラタンいる?」
いるの? いらないの?
こいつ、よく俺が飯を食っている時に寄ってきて物欲しそうに見るわりには、いつもいらないって言うんだよなぁ。
今日もやっぱいらないかな?
ほーら、熱々のチーズグラタンだよー。チーズビローンビローン。
「くっ、今朝は寝坊して朝ご飯を食べてないし……」
グウウウウウ。
またアベルの腹が鳴っている。
「魔法使いならちゃんと食べないと、魔法を使うと腹が減るだろ」
「うううう……ポーションは飲み過ぎるとトイレが近くなるからなぁ。く……この後の依頼に関わるから食べるよ! これは依頼のためなんだからね! それと、グラタンを貰ったことはドリーには内緒にしておいて。知らない人に食べ物を貰うなって言われてるから」
「それなら俺とお前は知らない人じゃねーからセーフじゃね?」
そう言うと、アベルがキョトンとした表情になった。
「そういえばそうだね。それじゃ食べても問題ないじゃん。あ、でもこれは今日朝ご飯を食べそびれたから貰うだけだからね。べ、別にグラタンが美味しそうで欲しくなったわけじゃないからね」
少しツンツンしながらも納得したのかグラタン皿とフォークを自分の方へと引き寄せた。
こいつ俺より年上なのに俺より身長がちょっと低いしガリガリだから、ちゃんと食べているのか心配になるんだよなぁ。
ほーら、あっつあつのグラタンだー、しっかり食って肉を付けろー。
「あ、そうそう。周りにアイツらいない?」
「ああ、アイツらか。今はいないみたいだな」
アベルが警戒するアイツら――先日のストーカーパーティーである。
「アイツら隠れるのは上手いから、どこで見られてるかわかんないんだよね。アイツらがいると俺の行動が兄……家族に筒抜けになってそうで嫌なんだよね」
アベルがチーズグラタンをフォークでビヨーンと掬いながらブツブツと言っている。
先日、アベルの泊まっている宿屋の前で大騒ぎをする原因になったあの怪しいパーティー、実はアベルの家族がアベルに付けた監視役だったとか。
まぁ貴族の我が儘ぼっちゃんで世間知らずっぽいし、家族も心配になるよなぁ。
アベルは監視役だと言っているが、護衛も兼ねているのかなと思う。
怪しくはあったけれど危害は加えなかったし、アベルの気付いていない魔物の処理もしていたし、今思えば俺が騒音玉を使った時の反応も護衛っぽくはあったな。
ものすごく怪しかったから、行動は少し見直した方がいいと思うけど。
どうやら俺はその監視役の邪魔をしてしまったらしい。
監視役のおじさん達には悪いことをしたがアベルには気に入られたようで、時々こうしてそのおじさん達がいないか聞いてくる。
今はいないけれど、時々こっそりしているおじさん達の姿は見かけるので、気付いたらおじさん達に見えているよって手を振って教えてあげることにしている。
時々それでアベルも気付いてしまって、おじさん達に嫌がらせをしている。
その辺は俺にはどうすることもできないし、詳しい事情も知らないから、おじさん達頑張れ。
そんなことより今は朝飯が忙しい。
んー、グラタンだけだともの足りないなぁ。
濃厚なチーズグラタンにはやっぱパンかな。
収納から俺の手のひらより少し大きいくらいの丸っこいパンを取り出し、一緒に取り出した小皿の上に置いた。
「うわ……すごく堅そうなパン。それ食べられるの?」
どう見てもゴツゴツして堅そうで、焼き色も濃くあまり美味しそうではないパン。
俺が取り出したパンに気付いてアベルが微妙な表情をした。
「うん。できが悪くて売れ残ったパンを安く売ってもらったんだ」
閉店間際のパン屋の大安売りタイムは俺のような駆け出し冒険者の味方である。
その売れ残りの中でも、見るからに失敗作のようなパンは更に売れ残ってほぼタダみたいな値段になっている。
前世に住んでいた国と違って、やや失敗したようなものも店に並んでるんだよね。
その明らかに堅いパンを食べようとしている俺を、アベルが可哀想な子を見る目で見ている。
その表情、今すぐ変えてやろう。
パカッ。
この堅そうなパン、ただのパンに見えて実は上の方に切れ目が入っていて、その部分が蓋の役割になっているのだ。
蓋になっているということは中身もある。
パンの中はくり抜いてパタ芋のポタージュスープが入っているのだ。
「え? え? 何それ? パンの中にスープ? パンがくり抜いてあるの?」
直前まで可哀想な子を見る目をしていたアベルが、一瞬で好奇心に溢れた表情になった。
「うん、スープをゆっくり飲んでると器のパンが柔らかくなって食べられるようになる。くり抜いたパンもスープの中に入っててもう柔らかくなってるはず。アベルもいる?」
……。
「いる! こ、これは朝ご飯を食べそびれて、このままだと魔法を使うのに支障が出そうだから貰うんだよ。キッ! 貰ってばっかりだと悔しいから、解体が面倒くさくて収納空間の中に入れっぱなしのサラマンダーを一匹あげるよ!」
葛藤の現れのような沈黙の後にこのツンデレ。
「え? グラタンとパンスープだけなのにサラマンダー一匹は悪いな。解体が面倒くさいなら俺が解体してやるから、今日の飯代と解体の手間賃分サラマンダーの肉を貰って後は返すよ」
「ホント!? じゃあ手間賃分の肉や素材をあげるから溜まってる魔物を解体してくれない?」
「ん? そういうことなら纏めてやってやるぞ」
解体スキルも上がるし、素材や肉が貰えるのはお得すぎる。
「やった。ね、ね、ところで今日のCランクの依頼も一緒にいこ? 俺と近い場所の依頼を受けてるよね? グランがいるとアイツらが近くをうろうろしてても見つけてくれるからね」
怪しいおじさんパーティーはすごい嫌われようである。
おじさん達は仕事らしいけれど、思春期の男の子には秘密も多いからずっと見られていると落ち着かないのは当然である。
「うん、いいよ」
この時からロビーで朝飯を食っていると、いつもアベルが寄ってくるようになり、気付くとアベルと一緒に行動する時間がすっかり増えていた。
そしてロビーで飯を食っていると、黒髪の大男ドリーも来るようになり、気付けばそのパーティーメンバーとも仲良くなっていた。
これは、順調にいけば友達百人できそう!!
と、思ったのだがこの後なぜか全く友達らしい友達は増えなかった。
友達を作るのは案外難しいと実感したが、この時できた縁は王都を離れた今でも続いている。
ちょっと面倒くさい奴らだが、その縁がこれからもずっと続いていけばいいと思っている。
※グランとアベルの出会いの話はここで一区切りです。
本編に入れるところのない短い話をまた投下するかもしれませんので、その時はよろしければお付き合いください。
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