第14話◆非常識で感じの悪いクソガキ

 その日、俺はいつものように朝から冒険者ギルドへ行き、掲示板に依頼の紙が貼り出されるのを待っていた。

 掲示板には貼り出されている自分のランクに見合った依頼の紙を剥がして、受け付けカウンターに持っていけば受注の手続きをやってもらえる。

 そのため依頼が貼り出される時間の冒険者ギルドは非常に混み合う。


 昼間の依頼が貼り出される朝のこの時間帯の冒険者ギルドはまさに戦争。

 この依頼争奪戦に今日一日の稼ぎがかかっているのでみんな殺気立っており、大人も子供も関係ない。

 まだ子供で体が小さい俺は、掲示板に群がる大人達の隙間から依頼の紙を取りにいく。


 Dランクの俺はCランクの簡単な依頼なら受けることができる。

 依頼は自分のランクの一つ上のランクまで受けることができる。もちろん無理のない範囲の話で、依頼によって難度も変わるため受付時にギルド職員が無理だと判断したら受けることができないこともある。

 下のランクの依頼ももちろん受けることができるが、下のランク帯の者の仕事を奪わないように、自分の一つ下のランクまでしか受けないようにする傾向がある。


 冒険者のボリュームゾーンはDからCランク。

 Cランクの冒険者はもちろんCランクの依頼を受けるし、Dランクの冒険者も自分の実力の範囲で報酬のいいCランクの依頼を狙う。

 そしてBランクの冒険者も、AやBの依頼の数が多くないためCランクの依頼を受ける者が多い。時には仕事がないAランクの冒険者もCランクの依頼を受けることがある。

 王都の冒険者ギルドは他の町のギルドに比べ圧倒的に依頼は多いのだが、それでもCランクの依頼は、受ける冒険者の数が多いため依頼争奪激戦区である。


 依頼が貼り出されるとまずはCランクの依頼掲示板へダッシュ。

 そこで自分の実力の範囲でできるだけ美味しい依頼を探す。

 体格のいい大人の冒険者の隙間からシュッと依頼の紙をゲット――。


 シュッ!


 俺が手を伸ばした紙が触れた瞬間消えた。

 反射的に振り返ると、冒険者達の隙間からそいつが見えた。

 それは妙にはっきりと。


 そして目が合う。


 それが時間がゆっくり流れたような気がした。

 ここ王都の冒険者ギルドに来た日に見かけたあの銀髪。

 目が合ったのはそいつ。そしてそいつの左手には依頼の紙。


 俺と目があったそいつがスッと目を細め、得意げに笑ったように見えた。

 そして左手にある紙をヒラヒラと振るのも見えた。

 山育ちで目のいい俺には見える。


 俺が取ろうとした依頼の紙じゃねーか!!!


 あんの銀髪のクソガキ、俺がその依頼を狙っているのをわかって横取りしやがったな!!

 知っているぞ、王都の冒険者の間でめちゃくちゃ有名なクソガキ。

 非常識が服を着て歩いているといわれている、王都冒険者ギルドの大問題児――名は確かアベルといった。


 俺より二年くらい先輩で、あらゆる属性の魔法だけではなく、空間魔法と時間魔法といった特殊な魔法も使いこなし、登録から一年程でBランクまで駆け上がったという天才魔導士。

 妖精のように整った顔、夜空を照らす月を思わせるピカピカの銀髪、折れそうな程細い体型。

 まるで物語の登場人物のような儚く美しい美少年魔導士だが、その性格は壊滅的に悪いことはここ王都ギルドでは知らない者はいないくらい有名だ。

 Aランク相当の実力はあるのに、性格が悪すぎてずっとBランクだとか噂をされている。


 ただの噂?

 いやいや、実際にその現場は俺も目撃をしている。

 よくロビーで他の冒険者と揉めているのも見るし、それを沈黙の魔法で黙らせるのをちょいちょい見かける。

 当然のことだけれどロビーって攻撃魔法は禁止である。

 沈黙魔法は補助魔法だからセーフなのか? いやいや、アウトだろ!?


 王都の冒険者ギルドに来た初日に見かけた黒髪の大男と、受け付けカウンター前で魔法と拳の大げんかをしているのも頻繁に見かける。

 これはだいたいギルド長が出てきて、二人纏めてぶん殴って裏に引きずっていて解決する。多分この二人は類友ってやつだ。


 銀髪はダンジョンや狩り場でもトレイン常習犯でマナーが悪いとの噂もよく聞くなぁ。

 今日のように空間魔法を使って、人混みの後から依頼用紙をかすめ取って他の冒険者と揉めているなんて日常茶飯事だ。


 Dランクになったらいつかやられるだろうなと思っていたが、それをついにくらうことになった。

 やられるとイラッとくるだろうなと思って見ていたが、実際にくらってみると思ったよりイラッとくるな。

 だが、前世の記憶があり精神年齢の高い俺は、イキッたクソガキのおイタくらい大目に見てやる。

 だって俺の心は大人だもーん。


 大人の俺は銀髪のクソガキアベルから目を逸らし、次の依頼を探す。

 今は依頼争奪戦中で忙しい、クソガキの相手をしている暇などないのだ。


 お、この依頼なら簡単で報酬もそこそこいいぞ。さっきアベルに取られたやつよりこっちの方が旨そうだ。

 程よい依頼を見つけ、紙を剥がそうとしたら、魔力が極々自然に動いたことに気付いた。

 注意していなければわからない程の自然な魔力の動き。だが魔物だらけの山育ちの俺は魔力や気配に非常に敏感なのだ。

 そしてこの魔力、もう覚えたぞ。

 アベルがまた依頼を横取りしようとしている。同じ手にはかからないぞ。


 サッと手を伸ばし、指先が依頼の紙に触れた瞬間に収納スキルの中に引き込む。

 その一瞬後に魔力が紙の消えた場所を撫でていった。

 俺の勝ちいいいいいいいいい!!!


 振り返ると目を見開いている銀髪と目が合った。

 ざまぁ!!! 

 にんまりを笑って――あっかんべええええええええ!!

 はーーーー、すっきり!!

 くははははははは、銀髪野郎のお綺麗な顔が引き攣っているぞ!!

 クソガキの単純な悪戯なんて、中身は大人の俺には通じないのだよ。

 まぁ、子供相手だからな精神年齢は大人の俺は、子供のレベルに合わせた可愛い仕返ししかしない。

 はー、綺麗な顔の男をおちょくるの超楽しっ!!


 おっとDになりたての俺はCランクの依頼は一つしか受けられないからな。

 おガキ様と遊ぶのはこれで終わりだ、じゃあの!

 依頼を取り合う大人達の間をくぐってDランクの掲示板に移動する。

 その時、アベルのすぐ横を通ることになった。


 そして再び目が合う。


 あっかんべえええええええええええ!!






 この翌日からほぼ毎朝、銀髪クソガキの空間魔法と俺の収納スキルでCランクの依頼の争奪戦が行われることになった。

 勝率五割くらい。

 面倒くさい奴だけれど、なかなかやりおる。


 おかげで空間魔法に対する反応速度と、魔力察知の精度がめちゃくちゃ上がった。

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