第11話◆十日後にやらかすグラン&巻き込まれるアベル――十日目②
やばい、服がない。
ボロボロの上着は脱ぎ捨て、腰紐が溶かされたズボンをずり落ちないように押さえた状態で頭を抱えた。
魔物の革製の靴が溶けなかったのが救いだろうか。
ズボンはとりあえず適当な紐をベルト代わりにして腰で括ってしまおう。この際、脱げなければいい。
上半身は、筋トレでテンションが上がっているドリーみたいなものだと思えば問題ないだろう。
見よ、この鍛え抜かれたAランク冒険者の筋肉美を!!
アベル達や三姉妹達に気付かれず自分の部屋に戻ることができれば何も問題がないのだが、隠密スキルを使ってこっそりと帰っても、うっかり鉢合わせをしてしまうと姿を見られてしまう。
俺の隠密スキルは気配を消していないように錯覚させるだけのものなので、目の前でばっちり見られた場合や、すでに気付かれている相手には効果がないのだ。
そこで目を付けたのが透明ポーションの原料を与えたスライム達。
透明ポーションの材料――とくに擬態系の材料を与えたスライムはいい感じに成長しており、水槽の中で背景に上手く擬態している。
そしてそのゼリーは付着した場所も、その向こうのものが透けているように見える。
見えるだけで実際は透けてはおらず、擬態状態になっているだけだ。
いける、いける気がするぞぉ!!
姿を消して隠密スキルで気配を消せば、姿を見られることがないので隠密スキルを見破られることはない。
アベルにトレースの魔法を使われるとバレてしまうが、普通に考えて家の中で使うような魔法ではない。
お玉で擬態スライムのゼリーを採取して、目の粗い布を通してゼリー内の汚れを除去する。
それに触媒に光属性の魔物の骨と水の魔石で水を加えて薄めて量を増やしながら、合成スキルを使って混ぜ合わせる。
そうして出来上がったものを霧吹き型のポーション瓶の中に入れて、試しに腕にシュッとするといい感じ腕が背景に溶け込んだ。
よっしゃ、いける! これでこの状態をバレずに部屋まで戻れるぞ!!
シュッシュッと体に擬態ポーションを振り掛けると、そこから自分の姿が背景に同化して見えなくなっていく。
よく見ればわかるものだが、隠密スキルと併用すればおそらくバレない。
勘の良いカリュオンならすぐに気付きそうだが、気配察知が苦手な上に日頃から究理眼に頼りっぱなしのアベルならきっと気付かないだろう。
よぉし、全身に振り掛けたらいい感じに背景に溶け込めたな。
ズボンの上から振り掛けた部分も背景になっているな。
服の上から振り掛けても、裸には見えなかったから、擬態系のポーションでは服だけを消して見せるのは難しそうだな。
だが、今はそれでよかった。
ズボンだけ消えて中身が消えなかったら、とんだ変態になってしまう。
おっと、ドールちゃんを持ってきていたんだった。
ここはジメジメしているから、忘れず連れて帰ってあげないとな。
俺はドールちゃんを手に持って、地下室から階段を上り倉庫の出入り口へと向かった。
ドールちゃんに、擬態ポーションを振り掛けるのを忘れて。
服を溶かされたことで同様していた。そしてそのことでさっさと部屋に戻りたくて頭が回っていなかった。
自分だけ姿と気配を消して満足をしていた。
人間、何か一つのことに気を取られると、大事なことがすっぽ抜けてあり得ないミスをしてしまうことがある。
この時の俺はまさにそれだった。
倉庫の照明を落とし入り口の扉に手をかけた時、背後――倉庫一階の作業場でザワリと魔力が動くのを感じた。
あ、この感じはアベルの転移魔法だ。
雨が降っているから倉庫には来ないと思っていたが、アイツには転移魔法があるんだった。
チクショウ、チート様羨ましいぜ。
もしかして、昨日みたいに昼飯の準備をして呼びに来てくれたのかな?
それだったらすごく申し訳ないのだが、いくら気心が知れたアベルとはいえ今の姿は見られたくない。
Aランクの俺がスライムに服を溶かされたなんてバレると、しばらくネタにして笑われそうだし、服だけを溶かすスライムなんか作っていたことがバレると何を言われるかわかったものではない。
よって、俺は隠密スキルで気配を消すぜ!
嵐のような大雨で昼間だが日の光は少なく、照明を落とした倉庫内部は夜のように暗い。擬態ポーションを使った状態で気配を消せばバレる気はしない。
アベルが俺がいないと思って帰るまで、気配を消して倉庫の隅に潜んでやり過ごすぜ。
気配を消して大きな棚の横へと滑り込んだ直後、作業場にアベルの姿が現れた。
暗い室内だが冒険者たる者、僅かな光があれば暗いところでもある程度視界は利くように訓練されている。
「グランー、今日も時間忘れて作業してるみたいだからお昼ご飯作ったよーって、真っ暗! あれ? グラン? グラン、いない? 部屋にいないから倉庫だと思ったのに」
アベルが真っ暗な中でキョロキョロとしているのが見える。
俺は気配を殺しその様子を棚の横から見つめる。
アベルはすぐに魔法の明かりを出すだろうということが予想される。
大丈夫、擬態ポーションを使った上で隠密スキルまで使っているから、魔法で光を出したとしてもバレないバレない。
ほら、アベルがいつものように指パッチンをしようと左手を動かした。
だが、それより先に。
バリッ!! バリバリバリバリバリバリッ!!
ドドドドドドドドオオオオンッ!!
「うわあああ!?」
窓の外が白く光り、直後に空気が引き裂かれるような雷の音と、それがどこかに落ちた音がして、窓や家具がビリビリと揺れアベルが声を上げ耳を押さえた。
俺もびびって声を出しそうになってあわててそれを飲み込んだが、雷の大きな音とアベルが耳を塞いだため気付かれなかったようだ。
「びっくりした……。グランー、倉庫にいないのー?」
アベルが耳から手を離し指をパチンとすると、アベルの右側に白い小さな明かりがふわりと現れ周囲を照らし始めた。
室内が明るくなるが、アベルの注意は地下のスライム部屋の方へと向いており、俺のいる棚の方を見ることがなかった。
よし、そのままスライム部屋の方へいけけ。その間に俺は入り口から倉庫を脱出して母屋に帰るぜ!
アベルが地下室の方へ降りていくのを確認して、俺は棚の横からスススッと入り口へと移動して、音を立てないようにゆっくりと扉を開いた。
ゴォッ!!
バタンッ!!
少し扉を開けたところで、叩き付けるような強い風に扉が押し戻され、大きな音を立てて閉まってしまった。
まずい!
急いでもう一度扉を開けて外に出ようとしたら、地下からアベルが階段を駆け上がってくる音がした。
再び棚の横に戻り息を殺す。
「グランいるの?」
アベルが階段から戻って来て一階を明かりで照らす。
その明かりは俺のいる場所も照らし、室内を見回すアベルの視線がこちらへと向く。
大丈夫、今の俺は擬態ポーションを使っている。鈍感なアベルにはきっとバレないはずだ。
ほら、外で雷がゴロゴロいっている。
アベルはめちゃくちゃ怖がりだろ?
俺のことは諦めて、さっさと母屋に帰るんだ。
室内を見回すアベルの視線が俺のいる場所で止まった。
うげぇ、バレたか!?
いや、アベルの視点は俺の目ではなくもっと下だ。俺に気付いたら目が合うはずだし、声に出すだろう。
しかしアベルは何かに気付いたようで、その目が大きく見開かれた。
何に気付いた? 俺のいる場所? 俺の視線より下の方?
ん?
んん?
んんんんんん?
あっ! あああああああああああ!!
「う……うわああああああああああああ!!」
バリバリバリバリバリバリイイイイイイッ!!
俺がそれに気付く、アベルが叫ぶ、そして特大の雷が落ちる、それがほぼ同時だった。
「ヒッ!? 人形!?!?!?!?」
「待った! 待った待った待った待ったああああああ!!」
アベルの周りに氷の矢がいくつも浮かび上がるのが見えて、やばいと思いすぐに叫んだ。
倉庫の中で攻撃魔法は勘弁して欲しいし、その先にはドールちゃんとそれを抱えた俺がいる。
そう、アベルが見たのは背景に同化した俺が持っている人形。
きっとアベルの視点からだと空中に浮かぶ人形。しかも俺が抱えているせいで、消えている俺の腕が被さっている場所は何もないように見えたのだろう。
おそらく胸から上辺りと足だけ見える感じか?
そりゃ、嵐の日にこの暗い倉庫でそんなもの見たらびびるわな。しかもアベルはめちゃくちゃ怖がりだ。
マジですまんかった。
「え? グラン?」
「ああ、俺だ。とりあえず落ち着け。俺はすぐ目の前にいるから魔法を引っ込めるんだ」
俺の声に気付いてアベルの氷の矢が止まった。
氷の矢をぶつけられるのと、この恰好を見られるのなら後者の方がマシだ。
防具なしでアベルに氷の矢なんかぶつけられたら大惨事どころの話ではない。
とりあえず氷の矢を止めてくれたので安心。
「グランどこ? 何で人形からグランの声がするの? でもその人形はただの人形だし……まさかこいつ、俺の鑑定が効かない奴? もしかして人形のふりをした上位の生き物? グラン、また何かに巻き込まれた!? まさかその人形がグランを隠してる?」
なんてことはなかった。
馬鹿野郎、究理眼に頼りすぎだ!! 心の目で見てみろ、俺は人形の後ろにいるぞ!!
うおおおおおおい、Aランク冒険者様ああああああ!!
もっと落ち着いて状況判断をするんだ!!
といってもピカピカ光りゴロゴロと鳴る雷、暗くて不気味な倉庫、姿が見えない俺とこの人形、怖がりアベルは完全に冷静さを失っていそうだ。
一度止まった氷の矢がジリジリとドールちゃんの方へと先端を向ける。
まずいまずいまずいまずい。擬態ポーションの効果はまだしばらく切れない。
ドールちゃんを見捨てて逃げればいいのだが、せっかく作ってもらった人形と、一生懸命作った衣装、それを粉砕されるのは悲しい。
俺はドールちゃんと守り抜きたい。
何とか説得しないと――。
カッ!
バリバリバリバリバリバリ!!
再び窓の外が白く光り、激しい雷の音がした。
「うわっ!! 人形の目が光った!!」
アベル、落ち着け! 光ったのは雷を反射した人形の目に嵌められた魔石だ!!
ぎえええええええーー!! 氷の矢がーーーーー!!
バンッ!!
氷の矢がドールちゃんをターゲットにして動き出しそうになった時、音を立てて入り口の扉が開いた。
それと同時にアベルが出していた氷の矢がパンパンと全て砕け散った。
「何を騒いでいるのだ」
突然開いた扉から白い影がスッと室内に入って来てアベルの横に立った。
助かった!! マジ森の守護者様!!
「あっ! 今、俺の氷を砕いたのはラト? 何をするのさ! あの変な人形を倒さないといけないのに!」
「ん? 何やら穏やかな様子ではないようだったので止めに入ったのだが、人形? ああ人形だな。で、グランは姿を隠して何をしているのだ?」
絶妙のタイミングで倉庫に滑り込んできて白い守護者様ラトが、複雑な表情をしてこちらを見ている。
やっぱラトは気付くよね? さっすがー!!
「え? 姿を隠して?」
あ、これはアベルも気付くやつ?
「なんか倉庫で面白そうなことをしている気がしたけど、マジで面白いことになってるなー? グランは何で裸で姿を消して人形を抱えてるんだ? 新しい扉でも開いたのか?」
うおおおおおおおおおおおい、カリュオオオオオオオン!!
ラトに遅れてカリュオンが倉庫に入ってきた。
そういえばカリュオンはラトと一緒に出かけていたな。
そして、そんな妙な趣味の扉は開いてない!! あと、裸なのは上半身だけだ!!
「え? 裸? 姿を消してる? 人形を抱えて?」
アベルの目がスゥッと細くなり、眉毛がつり上がった。
そして、すぐにものすごく胡散臭い笑顔になった。
やば。
シュッシュッ!!
これはアベルの浄化魔法の魔力。
あっ! 浄化魔法で体に振り掛けた擬態ポーションが消し飛ばされてしまった!!
「や、やぁ、アベル。ちょっと服を貸してくれないかな?」
できるだけ笑顔で尋ねてみた。
確認しなくてもわかる。俺の姿はもう消えていない。
一瞬の沈黙。
「何をやったら、倉庫で明かりも付けないで、裸で姿を消して人形を抱えてるなんてことになるの!? しかもそこにいたってことは、俺がグランを探してるのも見てたってことだよね!? 何で返事しなかったんだ!?」
ピシャアアアアアアアアアアアア!!
超笑顔のアベルの後ろ窓から、白い稲妻が見えた。
この後めちゃくちゃ詰められて、俺の浪漫スケベ計画も全てバレることになった。
※お読みいただき、ありがとうございました。
グラン&グルメ1巻発売カウントダウン話はここまでになります。
また、近いうちにこちらに番外編や本編ではあまり出てキャラの話を投げると思います。
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