第10話◆十日後にやらかすグラン&巻き込まれるアベル――十日目①

 昨夜から降り始めた雨は、朝になって止むどころか更に強さを増していた。

 分厚い雨雲で日が隠れ薄暗い日中、三姉妹達はあまり元気がないようで、朝食の後はリビングのソファーで本を広げ、そのまま揃ってうとうととしていた。

 アベルは今日は休みのようで、リビングでのんびりと本を読むようだ。


 こんな大雨の日だが、ラトは日課の森の見回りへ。

 うちでは飲んだくれているが、決して自分の仕事をさぼることのない真面目な森の番人である。

 つい先日からうちに住み着いている超陽キャ半エルフのカリュオンは、雨の日でも元気。

 アベル同様今日は冒険者稼業は休みのようで退屈なのか、嵐のような雨の中ラトについて森へ行ってしまった。

 水属性のカメ君は、雨など気にすることなく今日もどこかへ出かけていった。

 ルチャルトラかな? あっちの天気はどうなんだろうな。


 そして俺はというと、朝食の後は倉庫のスライム部屋へ。

 そろそろ念願の服だけを溶かすスライムちゃんが出来上がっているかもしれない。

 透明になるスライムもそろそろできていそうだ。


 人形は人形そのものも、服もすごく良い出来になってしまったので、服を溶かすのはもったいないし、うっかり人形まで溶けるとショックが大きいので、服が溶けるスライムは自分で試すことにした。

 それに人形の制作費は結構かかっているし、昨夜も遅くまで服をチクチクとしていたので、即日で溶かしてしまうのはなんだか辛い。

 服を溶かす実験は自分でやって、透明ポーションの実験だけ人形でやることにしよう。


 収納の中にあった実験で溶けてしまっても問題ない麻の服を引っ張りだしてそれに着替える。

 袖口の辺りで試すつもりだが、スライムは生き物なのでもしもの時のために、どこが溶けてもいいように、最近着ていない古い服を上から下まで身に着けた。


 もしもでもしものことが起こっても、パンツだけは魔導繊維のものなので全裸になることはない。

 冒険者向けの下着は防具も兼ねており、少々高くても魔導繊維製のもので防御系の付与がされているものが好まれる傾向にあり、俺ももちろんそういった下着を愛用している。

 冒険者活動中、それ以外の時でも不慮の事故はあるからな。


 古い服に着替え人形を持って、台所にある勝手口から倉庫へ。

 ここから倉庫に行くと、母屋と倉庫の間の隙間を通ることになり、そこは母屋の屋根がはりだしているため、ほとんど雨に濡れることなく倉庫まで行けるのだ。

 しかもこのルートなら、二階の俺の部屋から台所に直通できるので、リビングにいるアベルに普段着ない服を着て、人形を抱えて移動しているところを見られない。

 アベルに見られたら絶対怪しまれるからなー。説明するのは面倒くさいしこっそりこっそり。

 服だけを溶かすポーションや透明ポーションは出来上がってから報告すればいい。




 スライム部屋は倉庫の地下にあるため外の雨音はかすかにしか聞こえないが、時々ゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。

 倉庫の入り口は浸水対策の付与が施してあるが、大雨の日に地下室はやはり怖い。

 しかも元々薄暗い場所なので、天気が悪いと更に暗くなりたくさん並んでいるスライム入りの水槽が不気味に見えてくる。

 だが、スライムがどうなっているか気になる気持ちの方が勝ってしまった。

 それにこの大雨ならアベルが突然倉庫に来て、この新作スライム達が見つかることもないだろう。


 そんな雨の日のじめっとした地下室で、服だけを解かすスライムの仕上がりを確認作業に取りかかった俺は、可愛い女の子の姿絵が貼ってある水槽の中で、プルプルとしているハチミツのような色のスライムに目を付けた。

 こいつはルチャルトラで獲ってきた貝を与えたスライムだ。

 同じように植物を溶かす性質のあるものを与えた他のスライム達は、あまり色が変わっておらずまだ成長しきっていないようなので、今日はこのハチミツ色君に決めた!!


 まずは危険がないか確かめるところからだ。

 時々好戦的でいきなり攻撃してくるスライムもいるから、スライムの扱いには注意が必要だ。しかしこいつは、俺が水槽に近付いてもこちらには興味を示さないのでおそらく大人しい性質のスライムだろう。


 すまんな、ちょっと金属の棒でつつくぞ。

 大人しいスライムだとしてもいきなり素手で触るのは危険なので、まずは魔法鉄の棒でチョンチョンとつつく。

 これでジュッといくようなら危険なスライムなので迂闊に触れないのだが、ハチミツ君に触れた魔法鉄の棒は無反応。

 よしよし、あまり強烈な溶解能力はないようだな。では次。

 魔物のなめし革の切れっ端を近付けてみるがハチミツ君は無関心、そしてゼリーに触れてもなめし革は溶けることはない。動物性のものも平気なのかな?


 では次は自分の指先で少しだけ触ってみよう。触って見て強い刺激があればすぐに手を引けばいい。

 水槽の中に手を入れ人差し指をハチミツ君の方へと近付ける。


 ス……。


 あ? このスライム、俺の指を避けた?

 指を近付けると、まるでそれを避けるように体を変形させ、プルプルとゼリーを揺らしながら指とは反対方向へ移動した。


 おい、ちょっと触らせろ!

 触らないと検証できねーだろ!!


 再び指でつつこうとすると、ハチミツ色のスライムはスッと体を変形させて指を躱し、水槽の端へ移動していった。

 あん? お前、俺に触られたくないってか?

 スライム自体は触るとイヤイヤする生き物ではあるが、触る前から積極的に避けるほど活動的な生き物ではない。

 何でそんなに触られたくないんだ? 水槽に貼ったえっちな美少女ちゃんの姿絵の影響か?

 悪いな、むっさいお兄さんで。だがちょっと触らせろ!

 どうせ狭い水槽の隅っこだ、逃げられねーぞ! うおらあああああああああ!!


 プスッ!


 ハチミツ色のスライムを水槽の端に追い詰め、そのゼリーの中に指を突っ込んだ。

 指先に感じるひんやりとしたスライムゼリーの感覚。少し刺激のある薬を付けた時のようなピリピリとした弱い刺激。

 とくに指が溶けるような感じや強い違和感はないが、ピリピリするということは何か肌に影響があるということなので、このままこのスライムを人にぶつけるのは危険そうだな。

 俺が目指しているのは、えっちであっても人とって安全なスライムなのだ。


 このままでは実用はできないのだが――いや、実用する気はないのだが、服が溶けるかを試しておかなければいけない。これで上手く服だけが溶ければ、方向性としては間違っていないはずだ。

 最後の確認のため、スライムゼリーの中に突き刺した指を抜いて、ハチミツ君を掬うように掴んで持ち上げた。

 美少女ちゃんの姿絵を見てそだったハチミツ君は俺に掴まれたのが嫌だったのか、俺の手の中でウニョウニョと動いて抵抗する。


 後で思えば、なぜそこで掴み上げてしまったのか。水槽から出してしまったのか。

 普通に服の袖口だけスライムに近付けるだけでよかったのに。

 俺はなぜか猛烈にイヤイヤするスライムを右手で掴んで、左腕の袖の上にポンと乗せてしまったのだ。


 ジワ……。


 スライムを乗せた箇所の袖が溶けた。

「おぉ!?」

 面白いように布が溶けて、思わず感嘆の声を上げてしまった。


 服が溶けてスライムが直接肌に触れた部分は、やはりピリピリするのでこのままでは使えない。しかも指先の時より肌に面積が広いのでピリピリ感がかなり強い。

 目に見えて肌が溶けていないだけで、やはり肌にダメージはあるようだ。方向性は間違っていないようなので、ここからどう改良していくかだ。

 この先の調整はここまでよりずっと時間がかかるだろうな。世に出さないとしても、一スライム研究者として浪漫を追及しつつ研究を続けたい。

 スライム研究とは奥が深く、浪漫が溢れるものなのだ。


 俺の腕の上でハチミツ君も猛烈にイヤイヤしているし、腕もピリピリするので水槽に戻してしまおう。

 そう思ってハチミツ君を掴んで水槽に戻そうとした時――。


 バリバリバリバリバリバリーーーー!!


「うおおおおおおお!?」


 ものすごく大きな雷の音が地下まで響いて、スライム達の水槽がビリビリと揺れ、照明用魔道具が雷の魔力の影響を受けチカチカと点滅した。

 あまりに大きな音だったので驚いて声が出てしまった。


 そして雷に驚いたのは俺だけでなかった。


「うわ!? っちょ???? やめああああああああああ!!」


 雷に驚いたのは俺が掴んでいたハチミツ君。

 スライムって繊細な生き物なんだよねー、なんて呑気なことをいっている場合ではない。

 驚いたハチミツ君はニュルリと体を変形させて俺の手をすり抜け、溶けた服の袖からその中へと入ってしまった。

 雷の音に驚いて手に力が入って、ハチミツ君をグニュリと握ってしまったのがまずかった。


 ああああああああああああ!!

 服の中にハチミツ君が入ったらどうなるかって?

 俺の肌がチリチリする! それだけではなく服が溶ける!!

 しかも内側からだから捕まえるのが難しい。


 っちょ、やめ!

 スライムに服を溶かされるのは美少女や美女がいいのであって、俺が溶かされても意味がないのうおああああああああああ、やめろおおおおおおお!!


 なんとか服の中に手を突っ込んでハチミツ君を捕まえようとするが、手を突っ込む前にハチミツ君が触れた場所は服が溶けて穴が空く。

 そしてそんなところに手を突っ込めば、服はボロリと破れてしまう。

 着ていたシャツがシャツとしての機能を失うまでそう時間はかからなかった。


 そしてシャツがボロボロになって漸くハチミツ君を捕獲できるかと思えば、背中側からズボンの腰紐部分にポトリ。

 腰紐が溶けてちぎれ、ズボンがずり落ちそうになり、慌ててハチミツ君を振り落としたが、時すでに遅し。

 ハチミツ君を床に振るい落とした時にはズボンの腰の辺りをがっつりと溶かされてしまい、ウエストを持っていないとズボンが落ちてしまうし、なんならパンツが見えそうである。

 穿いててよかった、魔導繊維パンツ。


 床に振り落としたハチミツ君を回収して水槽に戻したのだが、俺の服はボロボロ。

 シャツはほぼなくなり、ズボンも手でさえないと落ちてしまうという酷い恰好である。

 違う、俺がこうなりたかったんじゃない!! 

 どう見ても変態さんである。


 と、とりあえず、服を着てここを片付けよう。

 って、あーーーーーっ!!

 いつも着ている服は部屋に置いてきてしまった。後は収納に入っているのは防具系の装備品や、商談に使うスーツだ。

 普段着はだいたい部屋のクローゼットに入れているのだよなぁ。

 元々あまり服持ちではないので、収納の中に残っていた服は実験に使った麻の服くらいである。


 服がこの状態で防具だけ付けても変態感が増しそうなだけだし、こんな汚い場所で商談用の高いスーツなんか着たくない。


 つまり、着て帰る服がない。


 やばい……この状況どうしたものか。












※最終話は本日の12:00に投稿します!!

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