第30話
帰りは、空荷だった。道のいいところでは、レイスはアレクに乗り、わたしはロバに乗ったせいもあって、行きにくらべると、道ゆきはずいぶん楽だった。
とはいえ、長い山道を、ぽっくりぽっくりと鞍にゆられていくのは、それはそれで、暇なものだった。わたしたちは二人とも言葉少なだったけれど、それでも、おそらく出会ってから初めてかもしれないという量の会話をかわすことになった。
「ねえ、あなたたち、昼間はいつもなにをしてるの?」
前から気になっていたことを、わたしは聞いてみた。すると、すこしだまったあとで、レイスが答えた。
「石垣の補修」
「ああ。だからいつも、服があんなに汚れてるわけね。でも、一人で石垣の補修って、大変なんじゃないの? シファは手伝わないわけ? ――って、ああ、そうか、しないのね。例の、歯が腐るとかいうあれね。でもじゃあ、そのあいだ、シファは何してるの? あなたが働いてるのを、ただ見てるだけ?」
「別に。見回りとか」
「見回り? 牧場の?」
「ああ」
「――じゃあ、あなたたち、昼間、一緒にいるわけじゃないの?」
「必要がないのに、一緒にいることもないだろ」
わたしは思わず、だまりこんだ。
てっきり、レイスとシファは、昼じゅう一緒なのだと思っていた。わたしは一人ぼっち、でも、二人は一緒。そういうものだと思っていたのに。
「――でも、それじゃあ、あなたたち、昼も夜も別々にすごすことになるじゃないの」
夜は、シファは狩にでる。レイスは小屋で寝ている。
「さびしくないの?」
思わずたずねると、レイスがふりかえった。あきれたようにいう。
「……あんたも獣使いになりたいっていうなら、言っておいてやるが。獣相手にさびしさを紛らわそうなんてのは、幻獣使いとしては、下の下以下だぞ」
いつもどおりの、嫌味な口調。
でも、わたしは言いかえせなかった。ふいに、気づいてしまったのだ。――さびしくない、はずがないと。
そう。さびしくない、はずがない。昼も夜も一人きりで、さびしくないはずがない。
なのに、レイスはそれを受け入れているのだ。友達や、家族や、仲間――そういうものがないまま生きていくことを、受け入れている。仕方がないことだとみとめて、あきらめているのだ。
それは、わたしの目には、途方もないことのように映った。たしかに、レイスの親兄弟が、どうしようもない理由で、死んだことは知っている。でも、それでも普通は、誰か新しい知り合いを作って、友だちを作って、そうして、暮らしていくものじゃないんだろうか。そうやって、自分を、まわりの人々のなかに、織りこんでいくものなんじゃないのだろうか。
なのに、それをせず、ずっと一人でやっていくなんて。一体何があったら、そんな考えになるのだろう――。
どんな言葉で答えていいのかわからず、わたしはしばらくのあいだ、だまっていた。
それから、わざと肩をそびやかした。
「それは、そうかもしれないけど。でも、人づき合いがいやで、年がら年中、仏頂面ばかりしてるような人は、それはそれで、人間として、下の下以下ですからね」
レイスは、フン、と鼻を鳴らした。それから右手をあげて、眼下に見える、遠い丘のうえを指さした。
「――ほら」
見ると、はるか山のふもと、森のあいだに見え隠れする丘のおもてに、大地を縫いとめる糸のように、低い石垣がつづいていた。遠目にもえんえんとつづく、暗い灰色の石垣は、ひどく古く、ほとんど遺跡のように見えた。――あれを一人で補修するのは、さぞかし、骨が折れることだろう。
「古いものなの?」
「創立以来だ」
その言葉にふと、好奇心をおぼえて聞いてみる。
「ねえ、ホローって、もとはどこの出なの?」
「北方だそうだが」
ふうん、とわたしはうなずいた。それから、思いきってたずねる。
「ねえ、でも、聞いていい? あなたの肌の色……それ、南の方の色でしょ」
ふいとふりかえり、レイスはこちらを見た。それから、うなずく。
「――あちこち入ってるからな、うちは。混血しすぎて、訳がわからなくなっているんだ。祖母はどこか南方の人だし、母は東方だ。どちらも、言葉もわからずに嫁いできたそうだ」
なるほどね。わたしは納得した。古い家にはよくあることだ。血筋がいきづまると、どこか遠くから若い娘を――幻獣使いの家系の娘を、つれてきて、結婚する。
と、レイスがちらりとわたしを見た。小さく息をつき、皮肉な口調でつけくわる。
「もし、もう十年早く生まれていたら、あんたあたり、うちの連中の誰かに嫁がされてたかもな」
その言葉にわたしは目を見はり、それから、低くうめいて空をあおいだ。
レイスのいうとおりだ。考えたこともなかったけれど、たしかに、あと十年早く生まれていたら、レイスの家の誰かとわたしが、結婚させられていた公算は大きい。ディースは比較的新しい家で、今までに、ホローと縁組みしたという話はきかないし(なにしろ、代々、都の財脈に食いこむことばかり考えてきたのだ)、それに、うちの父さまが、この国有数の富家との縁組みを前に、呪いにまつわる黒いうわさを、わざわざ気にするとも思えない。母さまは、娘の嫁ぎ先が近ければ、それだけで喜ぶに決まっているし。
そして――もし、そうなっていたら。今ごろ、わたしは生きていない。
とうに灰になっている。あの、白茶けた館とともに。
「……そうでなくって、ありがたいわ」
うんざりとつぶやくと、レイスは少しおかしそうにこちらを見た。そして、
「だろうな」
と、短く答えた。
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