第19話
毛布をかぶって、わたしは泣いた。自分が情けなかった。なにもできないくせに、好き勝手をして。あげく、自分で自分を焼き殺しかけた。
死ぬなら、他所で死んでくれ。そう言ったレイスの声は、ふるえていた。
彼もこわかったのだ。あたりまえだ。
――レイスが怒るのも、あたりまえだ。
足のやけどは、思ったよりも軽かった。ひざからももにかけて赤くなったものの、水ぶくれまではできていない。それでも、赤くなったところ全体が、ずきん、ずきん、とひどく痛んだ。
わたしは泣きつづけた。泣いて、泣いて、やがて、夜もふけたころ。柔らかな羽ばたきの音が、空から舞いおりてきた。つづいて、足音と、話し声。床を掃く音に、かちゃり、かちゃりと、割れた皿をあつめる音。
レイスが帰ってきたのだ。帰ってきて、小屋を片づけている。
寝床の上で、わたしはさらに身をちぢめた。本当なら、出ていって、手伝うべきだ――なんといっても、わたしのせいで割れた皿なのだから。でも、服はびしょぬれ、スカートは焼けおちて、かきあわせなければ足が見えてしまう。とても、人前に出られる格好ではない。なにより、痛い――ずきん、ずきん、ずきん、ずきんと、心臓の鼓動にあわせてつづく、この痛み。
もし、この火傷から熱がでて、死んでしまったら?
そのときは、父も、母も、なげいてくれるだろうか。こんな馬鹿な娘でも、家を追い出すなんてかわいそうなことをしたと、そう、思ってくれるだろうか――。暗闇のなか、わたしはそんなことを考えつづけた。
そうして、いつしか、眠りに落ちたのだろう。次に気づいたときには、朝だった。足の痛みはいくぶんひき、服もほとんどかわいていた。熱も出ていないようだ。
スカートをかきあわせて、外にでる。レイスはとうに出かけていた。
手洗いをすませ、納屋にもどる。
お腹がすいていたけれど、食欲はなかった。礼儀知らずの、厄介もの。ただ飯ぐらいの、鼻つまみもの――ホローにとって、わたしはずっと、そうだったのだ。ううん、もしかすると、ディースでも。
水を飲み、寝床でまどろむあいだに、昼の時間はすぎていった。戸口から差しこむ光が、床の上を動いていくのを、ぼんやりとながめる。
そのうちにまた、眠ってしまったのだろう。あたりに薄闇がおとずれるころ、聞こえてきたかすかな話し声に、わたしははっと目をあけた。
「――そう、いい子だ」
レイスが誰かに話しかけている。わたしと話すときよりも、シファと話すときよりも、ずっと優しい声で。
それだけで、会話の相手が誰かを察し、わたしはあわてて体をおこした。毛布からはみ出した足を、急いでひっこめる。
そのとたん、レイスが戸口にあらわれた。こちらを見下ろし、短く告げる。
「馬はつないでおいた。明日、家に帰れ」
何も言えずに、わたしはレイスを見つめた。
「焼け死にだろうが、飢え死にだろうが、ここで死なれるとこまるんだ。どんな噂が立つと思ってる」
その言葉に、わたしはうなだれた。――そう。そうだ。レイスの言うとおりだ。ホローは、ただでも白い目で見られている。ここでわたしまで行きだおれたら、そのうわさはあらゆる尾ひれをつけて広まるだろう。
「……ごめんなさい」
あやまるわたしを、レイスはじっと見た。戸口に立つ、暗い影となって。
その影が一度、立ち去ろうとするように動き、けれど、もう一度こちらを向いて、口をひらいた。
「――そもそも、あんた、なんで、ここで働くなんていいだしたんだ」
少しのあいだをおいて、またつづける。
「そうまでしなくても、別のやり方があったはずだろう。どのみち、血は引いてるんだ。どこか適当な牧場にでも、嫁にいけばよかったんじゃないのか」
もっともな言い分だ。そのくらいが、わたしには似合いだったのだ。
獣使いになりたいだなんて、無茶を言ったりせず、獣のそばにいたいならいたいで、もっと身の丈にあったやり方をえらべばよかったのに。
なのに、どうしてこんなまねを。まわりじゅうに迷惑をかけ、ディースの評判を地に落としてまで――。
涙がこぼれそうになり、目をとじる。いまさら泣くなんて、馬鹿馬鹿しすぎる。
「……竜と話したことがあるのよ、わたし。小さいときに。たぶん、四歳か、そのぐらい。うちの牧場で一番年とった竜が、おまえは誰? ってわたしに言ったの」
思いだす、あの、大きな灰色の老竜。日差しの色と、わらのにおい。
「でも、家の人はだれも信じてくれなかった。父も、兄も、だれ一人。信じてくれたのは、竜舎で働いていたおじいさん、ただ一人だけだったわ。――だから、わたし、思ったの。わたしには素質があるんだって。父よりも、兄よりも、獣使いの才能があるんだって」
「あんた、それで、自分が幻獣使いにむいてるなんていったのか」
うなずくと、とうとう、涙がこぼれた。
レイスはため息をつき、そのままだまりこんだ。
沈黙は長くつづき――やがて、レイスは口をひらいた。
「……気の毒だが、結論からいうと、獣が口をきくかどうかと、幻獣使いの素質のあるなしには、まったく関係はない」
はっきりと告げられた言葉に、顔をあげる。レイスはまっすぐにわたしを見ていた。
「冷血の獣は、そもそもが無口だから、あんたたちが知らないのも、無理はないのかもしれないが――でも、まあ、何の口伝えもないというのは、少々いかれてるとしか思えないが――幻獣が、見知らぬ人間に口をきくこと自体は、それほど、めずらしいことじゃないんだ。ただし、相手は老人か子供にかぎる。物心つかない子供と、墓に片足突っこんだような老人、そういう相手ばかりをえらぶんだ。逆に、大人はきらう――なぜだか知らないが」
そこで一度、言葉を切り、すこしゆっくりと、レイスはつづけた。
「……だから、あんたのそれも、たまたまそのとき、あんたが子供だったという、ただそれだけのことだろう。血も、素養も関係ない。歳さえ条件にあえば、そこらの子供だろうと、あんたの兄貴にだろうと、声をかけた可能性は、十分にある。――その程度のものだ」
わたしはだまって、その言葉を聞いた。
つまり、わたしに、特別な才能などないということ。わたしだけが特別に、幻獣使いにむいているなんてこと、あるはずないということ。
怒りはなく、意外とすら思わなかった。本当は、自分でもわかっていたのかもしれない。わかっていて、しがみついてきたのかもしれない。わたしには夢があるのだと、だから、ほかの人たちとはちがうのだと、そう、思いたいばっかりに。
暗い戸口に、沈黙がおちた。どちらも、なにもいわなかった。
「――あんた、家に帰れよ」
ふいに、唐突とも思える強さで、レイスがいった。
「帰って、親に許しでもなんでも請え。そのほうがいい」
わたしはレイスを見あげた。暗がりにたつ、その、浅黒い顔を。
こちらをじっと見おろしたまま、レイスは低くつづけた。
「俺に言わせりゃ、幻獣使いにむいた人間なんて、いないんだ。……いるはずがない」
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