第15話
翌朝、ペーテルはやって来るなり、あんた、いったい何を言ったんだい、と、なかばおそれ、なかば面白がるようなようすで、わたしにたずねた。俺、あんなに怒った姉ちゃん、今まで見たことねえよ。
「聞かないほうがいいわ」
わたしはむっつりと答えた。
「とんでもなく嫌なこと、いったから」
すると、ペーテルはすこしおどろいた顔をし、それから、はは、と笑って、こう言った。
「意外とさあ、おもしろい人だな、あんた」
その日は、二人で畑のあいたところをたがやした。といっても、わたしはほとんど、座って見ていただけだけれど。
できあがった畝に、ペーテルは、わたしのきらいなナスの苗を植えるといった。わたしが、レタスの方がいいというと、ペーテルはげらげら笑いだした。
「んなもん、今時分、植えるやつがあるかよ。虫に食われて、茎しかのこんねえぞ。ほんとにお嬢さまってのは、なんにも知らねえなあ」
わたしはむっとしたが、反論はできなかった。それでなくても、草の消えたあとの畑に、あまり、野菜は残っていなかったのだ。玉ねぎ暮らしも三日目に入り、畑に作物がないということの意味を、わたしはおぼろげに理解しはじめていた。
ひょろひょろのじゃがいもと、茎ばかりのトマトを見て、ペーテルは肩をすくめた。
「これでも、まだいいほうさ。うちのほうでこんだけほったらかしたら、なんにも残らねえ。なんもかんも、虫とねずみに食われちまわあ」
「そうなの?」
「そうさ。だんなのとこは土もいいし、畑も納屋も、獣に悪さされることはねえんだ。みんな、だんなの狼がおっぱらっちまうのさ。嬢さん、知らねえの?」
「……あいにく、うちには竜しかいないのよ」
つんと肩をそびやかして、わたしは言った。本当は、もっと狼の話をききたくてたまらなかったのだけれど、口に出せなかったのだ。
ペーテルは、うへえ、と蛇でも見たような顔をした。
「竜飼いかあ! どうりで、変わり者の嬢さんが生まれるはずだわ」
それからペーテルは、葉ばかりのズッキーニの根元から、黄色い、食べられる花をつむ方法をおしえてくれた。実になる花に花粉をつけたり、いんげん豆のしげみから、小さなさやいんげんをとるやり方も。おかげで、その日の晩御飯には、塩をふったズッキーニの花のソテーが、一人に一つずつ、お皿にのった(もちろん、作ったのはレイスだ)。
けれど、翌朝、ペーテルは来なかった。考えてみればあたりまえのことで、草引きも全部終わったとなれば、毎日くる必要など、どこにもないのだ。
仕方なく、わたしは一人で、しおれかけたズッキーニの花をつみ、さやいんげんをとった。それから一人で散歩をしたり、昼寝をしたりしていたら、午後、ペーテルがパンの追加をもってきて、ぼんやりしているわたしにおどろき――どうやら、炊事、洗濯といった女の仕事は、わたしがしていると思っていたらしい――あわてて、暖炉の使い方をおしえてくれた。
「こう、おき火のうえに小枝を組んで、下にたきつけをおいてよ。火が大きくなったら、だんだんに太いまきをいれるんだ。おき火は絶対、絶やしちゃなんねえぞ。あんたには、火起こしなんて無理だからな」
いいながら、ペーテルはあっというまに、灰のなかでくすぶっていた燃えさしを、大きな炎にそだててみせた。しばらくたって火が落ちつき、赤く光る炭ばかりになると、ペーテルはその炭を火かき棒でかきだし、そのうえに足つきのフライパンをおいた。そして、ハムの脂身から出た油で、ズッキーニの花をいためてみせ、それからなべをかえてお湯をわかして、さやいんげんをゆでてくれた。その日の夕食は、焼きたてのパンに、岩塩でゆでたさやいんげん、それに、ズッキーニの花とハムのいためものだった。
夕方、小屋にもどってきたレイスは、夕食ができているのをみても、顔色一つ変えなかった。けれど、わたしは鼻高々だった――ほら見なさい、わたしだって少しは役に立つのよ!
ところが次の日の昼、チーズトーストでも焼こうと、同じことをしてみたら、どうにも、勝手がつかめなかった。おき火がうまく燃えたたないのだ。
やっと燃えたと思ったら、こんどは、薪が多すぎたらしい。炎が大きくなりすぎて、火のてっぺんが、暖炉の天井からあふれ出しそうになってきた――どうしよう、ここの暖炉ときたら、ディースのよりずっと小さいのだもの! 小屋はどんどん暑くなり、火の粉まで飛びはじめて、どうしていいかわからなくなったわたしは、とうとう、井戸から水をくんできて、暖炉にぶっかけた。
じゅうっとすごい音がして、湯気と煙がもうもうとたった。火は消えたものの、あたりは猛烈に煙たくなり、わたしは肩を落して戸口にすわると、煙のしみる目をこすった。
「あんた、人の家を燃やす気か?」
夕方、帰ってきたレイスの、第一声がそれだった。言いかえせずにいると、さらに文句がふってきた。
「火遊びしたけりゃ、自分の家でやれ。馬鹿の遊びにつきあわされちゃたまらない」
その言葉に、にじみかけた涙がひっこんだ。気がつくと、わたしはこういいかえしていた。
「何よ! だとしても、たいして燃えるところもないじゃない、こんな家!」
レイスは何もいわなかった。ふん、と鼻を鳴らすことさえしなかった。わたしは納屋に逃げかえり、残念ながら、夕食にはありつけなかった。
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