第14話 新居千瑛と天見優依③

 どうしようもないので、とりあえずブルーレイを鑑賞することにする。


 しかし、改めて見ると天見優依のステージは男女比率が半々だよなぁ。しかも、若い人だけでなく、結構年配の人も多い。


 70を越えていそうな老夫婦が手を合わせている姿を見ると、何やら危険なものも感じてしまう。

 まさしく、老若男女に愛される存在といえそうだ。


 もっとも、僕はというと、老夫婦のように涙を流して見るというほどの感動は持たない。今までも言ってきたと思うけど、別に嫌いというわけではないし、歌もうまいとは思うんだけどね。


 ぶっちゃけ、周りを見ても山田さん以外はほぼ信奉者といっていい。


 この差異は一体どこにあるのだろうか。



 去年のツアー集のブルーレイもある。


 驚くのはその日程のタフさだ。休日抜きで10連続なんていうのがざらにある。


 移動時間も勤務時間と考えれば、過労死レベルを軽く凌駕していそうなのだけれど、大丈夫なのだろうか。


 とか何とかやっているうちに段々空腹になってきた。


 同時に、ちょっと飽きてきた。そろそろ抜けたいなぁ。


 とはいえ、ここから玄関までのいたるところに魔央を含めたみんなが警戒態勢を敷いて待っている。それを突破して抜けるのは至難の業だ。


 だから、僕には打つ手がない。


 ……ということもない。


 僕はみんなにメッセージを送る。


『最新のツアーブルーレイがあるよ。みんなで見ない?』


 たちまち全員から『見る!』という返信が返ってきた。



 10分後、広間には全員が揃った。


 僕はこの前から行われている台湾と韓国ツアーのブルーレイをセットした。


 大スクリーンに天見優依の姿が映るや、みんな「優依ちゃーん!」と叫んでいる。


 挨拶に反応して、歌が始まると部屋の外にあったグッズを振りまくっていた。


 この隙に抜けることとしよう。


 二時間くらい聴いたんだ。悪く思わないでくれ。



 しかし、玄関に出ようとしたところで僕は足を止めざるを得なかった。


「うっ、山田さん」


 みんなの中で、唯一、天見優依の魅力?が通じない山田狂恋が玄関の前でマシンガンを構えていたのだ。


 思い切り目が合う。


「天見優依に夢中にならないのは、僕と山田さんだけなのかな?」


「……少なくとももう一人いるわね」


「えっ、もう一人?」


 誰だろう?


 みんな、応接間で最新ツアーに夢中状態になっていたけれど。


「知恵の使徒よ」


「千瑛ちゃんが?」


 驚いたけれど、確かにそうかもしれない。


 そもそも、マネージャーをやるとなれば、多少冷静でなければならない。ライヴに夢中になっていたらマネージャーは務まらないだろう。


 うん、ただ、夢中でないということは、千瑛ちゃんは僕が抜け出したことに気づいている?


『当然よ』


「うわぁっ!」


『本当に悠ちゃんは身勝手よね』


「に、二時間は見ていたから。それより聞きたいことがあるんだけど」


『何かしら?』


「千瑛ちゃんはどうして、天見優依のマネージャーになったの?」


 その事実に驚いていたけれど、そもそも、千瑛ちゃんは五年前から幽霊だ。


 幽霊をマネージャーにするなんて聞いたことがない。事務所や取引先はどう思っているのだろうか?


『マネージャーなのはもっと昔からよ。11歳の時からね。死んでからは、ちょうど同じ日に死んだ18歳の女子高生に乗り移ってマネージャー業務をこなしているわ』


「はい?」


『私の本体は白血病でどうにもならなくなったけど、同じ日に人生に絶望して自殺しようとして脳死してしまった女子高生がいたのよ。本人の霊と話し合って、使わせてもらうことにしたわ』


 使わせてもらうことにしたわ、って……


『後でインタビュー映像でも見ておきなさい。隅っこに冴えない顔をしていじめられそうな眼鏡をかけた女性がいるわ。それが私のマネージャーとしての姿よ』


「前から思っていたけど、千瑛ちゃんって本当に何でもありだね」


『そうよ。必要な時は乗り移っていて、そうでない大半の時は本来の姿になっているわけ』


「なるほど……」


『ついでにさっき悠ちゃんが抱いていた疑問に答えてあげるわ。何で優依ちゃんが皆に愛されるのか、その秘密を……』


「えっ?」


 期せずして、天見優依の核心に迫れる……のか?

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