第10話 ビジネスなら1兆ドル
アル・ナスィアルは当然のように「1億ドル」と口にした。
段々感覚が麻痺してくる。
1億ドルだって……?
そもそも、ジェラルミンケースに1億ドルが入るのか?
どこかで1億円入るという風には聞いたことはある。
ただ、日本円は1万円札が最高だけれど、ドルの最高額は100ドル札だ。
つまり、日本円の100倍入れなければならない。
作者は貧乏だから、そのあたりが分かっていないんじゃないか?
僕はそう思いながら、枚数をざっと計算しようとした。
と、思ったら、中にチェック(小切手)が入っていた。そこに9900万ドルと書かれてある。
つまり、ここにずっしり入っているのは100万ドルで、残りの9900万ドルはこの一枚の小切手で支払う、ということか。
それなら100万ドルをわざわざジェラルミンケースに詰める必要があるの?
重いのに。
「繰り返し言っておくが、これは挨拶だよ。君とビジネスをするのならば、こんな端した金で済ませるつもりはない」
「……だから、アル・ヤタハカムの件は黙っていろということですか?」
さすがに目の前に1億ドルをちらつかされると、心が揺らぐ。
元々確固たる信念でワリドアラビアの野心を止めようというわけでもないし、そこにいる選手達に恨みがあるわけでもない。
さすがに守備範囲が10歳未満と70歳以上の彼には、何とかしろと言いたいけど。
アル・ナスィアルは大笑いをした。
「何か、おかしいんですか?」
「言っただろう。私は君にビジネスを求めているんだ」
「……すみません、おっしゃりたいことが分かりません」
「アル・ヤタハカムは所詮お遊びだよ。もちろん、我々中東人はフットボールが大好きだ。しかし、それはあくまで趣味、言うなれば児戯に過ぎないよ」
あ、ちなみに彼はかなり高度な日本語を使っているけれど、翻訳ソフトを使って同時通訳で音声が話している。彼は終始アラビア語で、僕は日本語だけど、お互い話は通じているようだ。便利な世の中だよね。
「児戯と言いつつ、ものすごいお金を出していますよね?」
「そんなことはないよ。あくまでお遊びの金額さ」
アル・ナスィアルは楽しそうに、ジェラルミンケースを指さした。
「何度も繰り返して申し訳ないが、これは1億ドルだ。これはエイマールの半年分の給料になる。しかし、君との関係ではこれは挨拶に過ぎないと私は考えている」
「……僕は、エイマールより価値があると?」
その通りと言わんばかりに頷いた。
「仮に君に給与という形で提示するならば、この一万倍は軽いね」
……一万倍?
1億ドルの一万倍ということは、1兆ドル!?
1ドル140円で計算しても、140兆円?
あれ、日本の国家予算が110兆円くらいだったよね。それより上?
何か数字が大きすぎて想像もつかない。
「当然だろう。君には世界を救う力があるのだ。1兆ドルでも安いものだ。10兆ドルだって不当じゃない」
「それだけのお金がワリドアラビアにはあるんですか?」
「さすがにそれだけの金はないね。備蓄石油を全て売り払うくらいのことをする必要があるだろう。そうそう、君にはこの点でも感謝しているのだよ。ジャーブルソンのリーダー・オクセル・ブロットを精神崩壊させてくれた、というね」
そういえば、ジャーブルソンはエネルギー問題を完全解決する術を作り出したって公表していたっけ。あの後、何だかよく分からないうちにブロットは精神崩壊してしまって、うやむやになったけれど。
そうか。エネルギー問題が解決すれば、ワリドアラビアにとっては大変なことになる。僕はその点で恩人ということになっているのか。
「……アメリカと国際資本が世界を牛耳るようになってもう数十年が過ぎた。我々、中東の苦難という点ではもう200年にもなる。彼らの鼻をあかせる存在が唯一、君達、ミスター・トキカタとミズ・クロヤミなのだよ」
うわぁ、何とも面倒そうな話になってきそうだ。
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