第9話 挨拶は1億ドル

 僕達は、アル・ヤタハカム代表からのメールを受けて、東京・お台場にあるウルトラゴージャスリッチホテルに行くことになった。



 しかし、すごいホテルの名前だ。


「スイートルームだと、一泊1633万円もするんですね」


 宿泊費……1633万円……


 うっ、頭が……!



 その内容はというと、ワンフロア全て貸し切り。

 そこにプールもあればジムもあり、更に一流シェフやホテルマン二人を一日使い放題……


 お金さえあればこんなこともできるんだなぁ、という話だ。



 当然、これだけの価格だからプライベートもバッチリ守られているだろう。


 極端なことを言えば、そこを訪問した客が殺されて処分されたとしても、バレることがないかもしれない。


 恐ろしい場所だ。



 とはいえ、こちらにも魔央、木房さん、堂仏という三人がついている。どれだけ頼りになるか分からないけれど、佐々木武蔵もいる。


 AI兼幽霊で出入りできない場所がない、というチート極まりない千瑛ちゃんもついている。


 向こうも変なことはできないはずだ。




 日付や時間の指定はないから、いつ来てもいいということなのだろう。


 だから、東京にのんびり戻って、二日後に向かうことにする。



 その頃には、アル・ヤタハカムが日本で極秘キャンプをしていたという情報はほぼ明るみになっていて、最果村は連日大忙しらしい。



 ということは、魔央の実家の幽霊宿に泊まる人達も増えているのだろうか?



 夕方5時、僕はウルトラゴージャスリッチホテルのフロントについた。


 黒服のホテルマンが困惑した表情で近づいてくる。


「お客様、その……」


「あぁ、木房さん、そのシャツ姿はダメなんじゃない?」


 彼女はいつもと同じ『負け組万歳』のTシャツを着ている。日本で最も高いホテルに「負け組万歳」はないだろう。


「そちらではなくて、こちら側のお客様が……」


「あぁっ! ダメだよ、堂仏さん、イノシシを連れてきたら」


 てっきり犬だと思っていたら、イノシシだった。


 大人しくしているとはいえ、走りだしたら止まらないし、人にガンガンぶつかりまくるのがイノシシだ。ホテルにイノシシはない。


「えぇ~、仕方ないなぁ」


 堂仏は不満そうにゴリラのヤスオを呼び出して、イノシシを引き取らせた。


 どうでもいいけど、ヤスオが街中を歩いているのは都民的に許されるのだろうか?



「スイートルームのアル・ナスィアル・ナスィアルナーシーさんから招かれている時方悠と言います」


 と、用件を告げる。


「で、デラックス・スイートルームのアル・ナスィアル様ですか?」


 ホテルマンがギョッと驚いた。


 どうやらスイートルームの更に上があったらしい。


 VIP中のVIPであるから、慎重に連絡を取っている。つまり、その間待たされることになる。


 待つこと十分、ホテルマン三人が近づいてきた。


「失礼いたしました。確認がとれましたので、どうぞ……」


 と案内する。エレベーターホールとは全く違う方向で、「あれ?」と思ったけれど、しばらく歩くと別のエレベーターがあった。



 デラックス・スイートルームだけに、直通エレベーターがあるらしい。



 エレベーターで最上階に上がると、そこ自体が部屋となっているようだ。



「おぉ、ミスター・トキカタ、待っていたよ。私がアル・ナスィアルだ」



 と迎え出てくれたのは50前後の男性だった。


 いかにも中東の人という雰囲気で髭が伸びていて、これまたいかにも中東の偉い人がつけていそうな布を頭に巻いていて、豪華なローブのようものを身に着けていた。


 そのいずれにも金糸の刺繍がちりばめられており、宝石のようなものも輝いている。



 部屋の中には他に二人、サングラスをかけたSPのような人物がいる。


「酒は飲むかね? 私はムスリムなので口にしないが、好きなものを飲んでくれたまえ」


 アル・ナスィアルはそう言って、一つの棚を指さした。そこには見たこともないワインボトルやウィスキーボトルが並んでいる。一本ン十万円とするんだろうなぁ。


「いえ、僕もあまり好きではないので」


「そうかね。まあ、いいだろう。早速だが」


 アル・ナスィアルが指を鳴らすと、隣の部屋から綺麗なお姉さんがジェラルミンケースを持って現れた。


 そのジェラルミンケースをテーブルの上に置いて、パッと開いた。


「1億ドルある。挨拶代わりに受け取ってくれたまえ」


 アル・ナスィアルは平然とした顔で言った。

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