第8話 彼らは交渉を求めてきた?
普通なら、千瑛ちゃんはパパッと戻ってくるのだけれど、さすがに有名人のプライベート情報を取りに行くのは大変なのだろうか。
数時間経っても反応はない。
ひょっとして、侵入がバレてしまったとか、そういう可能性もあるかもしれない。
仮にそうだったとしても、ハッカーでも何でもない僕にはどうしようもないのだけれど。
『ようやくアル・ヤタハカムの全員分を見つけてきたわ』
千瑛ちゃんが戻ってきたのは夕方近くになってきてからだった。
「やっぱりセキュリティが厳しかったの?」
『セキュリティよりも、ヤバい情報が多すぎて、残すハードディスクをどれにするか考えていたのよ』
「そんなにヤバい情報が多いの」
『えぇ、乱交パーティーを動画撮影していたり、動物虐待していたり、色々なハラスメント発言していたり。全部で2TBくらいあったと思うわ』
「なるほど……」
『ひとまず悠ちゃんのパソコンに保存しておいたわ』
「えぇぇ……」
それって、何か後で物凄く問題になりそう。
ともあれ、彼らのシークレット情報を色々ゲットしたということは間違いない。
問題は、これをどう利用するかということだ。
例えば、四里泰子に流してみる。彼女が週刊憤激でネタを取り上げてくれれば……
ダメだろうな。揉みつぶされるか、本人が忖度するのがオチだ。
木房さんが手をあげた。
「相手が悪いことが判明したので、全員消し去れば良いであります」
「スター選手をいきなり消したら大変なことになるよ。まず追い落としてからじゃないと」
「なるほど。人間としての価値そのものを消してから、本人も消すわけでありますか。さすが時方様、やることがえげつないです」
何故か木房さんに褒められたぞ。
いずれにしても、負け組代表なだけあって、勝ち組に対する憎悪は半端ないものがある。止めないとすぐに全員消し去りに動きかねない。
「全部公表すればいいと思うのですけれど、何かまずいのですか?」
魔央は極めてシンプルな使い方を推奨してきた。
「まずいわけじゃないけど、ちょっと可哀相感があるというか……」
良くないことをしているのは分かるんだけど、本人達が極悪な犯罪者というわけではない。彼らも利用されているだけの被害者と言えなくもない。
完全に破滅させてしまうようなことをして良いのだろうか。
迷っていると、千瑛ちゃんが提案をしてきた。
『ならばチームとワリドアラビア政府の方に送ってみましょう。政府がチームと選手に出している命令などを保管した極秘アプリの情報も見つけてあるわ』
恐ろしい……。
まさに時代は情報戦。
クロスでやりとりしている情報なんかは全部千瑛ちゃんや同クラスの技術をもつ相手にはバレてしまうということなんだろうなぁ。
「それをやると、僕が危険にならない?」
『今更何を言っているの? 悠ちゃんには黒冥魔央さんがいるから大丈夫でしょ』
そうか。
改めて言うことではないけれど、僕を殺せば、誰も魔央を止められなくなる。
その後、彼女が世界を滅ぼせばそれで全てが終わりだ。
ワリドアラビアの情報力を考えれば知っていても不思議はないはずだ。もし、知らないのならそれとなく示唆して知らせればいいだけだし。
魔央がいる限り、僕を殺せないという依存関係に頼ることはできる。
千瑛ちゃんの話ではないけれど、僕も当事者の誰かに恨みがあるわけじゃない。
千瑛ちゃん達は計画遂行から構わないというスタイルだけど、僕にとってそれは困る。
だから、計画を止めるのであれば、それ以上は何もしなくてもいいのかもしれない。
「……分かった。じゃあ、それで頼むよ」
『分かったわ』
千瑛ちゃんは、彼らにメールを送ったようだ。
『この内容で送ったわ』
『こんにちは。早速だけど本題に入るよ。
貴方達が計画している「木馬計画」はすぐに止めてもらいたい。
もし、続行するようであれば、これらの計画概要と添付したファイルを明るみにする準備ができている。
よろしく。
時方悠』
「……」
めっちゃ高圧的だ。しかも、僕の名前まで乗せているけど大丈夫なの?
尋ねる前に、千瑛ちゃんが反応した。
『返信があったわ。転送するわね』
すぐにメッセージが送られてきた。
『親愛なる時方悠へ。
連絡ありがとう。大変興味深い提案だ。ついては一度会いたいと思っているので、千代田区にあるトーキョー・ウルトラゴージャスリッチホテルまで来てもらえないだろうか。
アル・ヤタハカム代表 アル・ナスィアル・ナスィアルナーシー』
滅茶苦茶不穏な返信だ。
これ、絶対消されるパターンのような気がする。
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