第6話 許婚の屋敷は注文が多い③
玄関に入ると、「うらめしや~。いらっしゃいませ~」という暗い声とともに人魂のようなものが現れた。
「悠さんと、友達二人の三人で、皆さんバラバラでお願いします」
「承知しました~。うらめしい~」
人魂がゆらゆらと廊下を進んでいき、荷物が浮き上がった。
「あとは幽霊さんとポルトーガイストさんに任せておけば大丈夫ですよ」
魔央はそう言って、自分は別のところに行ってしまった。
な、何て薄情なんだ……
人魂に案内されて、部屋に入った。
「おぉ、これは!」
二十畳はあろうかという和室に縁側もしっかりしている。
浴室は綺麗な檜風呂で『源泉出ます』と書かれてあった。真っ赤な筆で書かれてあって、まるでダイイングメッセージみたいに見えるけれど……
悪くない部屋だ。
「おー、これはすごいであります!」
「すごいよ! ヤスオ!」
両隣の部屋から、木房さんと堂仏の声も聞こえてくるから、二人も満足しているようだ。
ただ、棚に置かれてある、いかにも髪が伸びますな日本人形が二体あるのだけはどうにかしてほしいけれど。
食事も美味しかった。
これまた、謎の人形が持ってくるのが怖すぎるのだけは、何とかしてほしかったけれど。
食後に風呂に入り、ご飯の片づけと布団の準備も終わり、後は寝るだけか。
『アハハハハ、ねぇ、遊ぼうよ!』
そうだよね、そんなに甘い世界ではないよね。
「遊ぶって、何をするの?」
尋ねると、鞠が転がってきた。部屋の隅にぼうっと染みのような明かりが広がっている。
試しにそこに投じてみた。
しばらくすると、鞠が勝手にこちらに跳ねてくる。
どうやら、鞠を投げていればいいらしい。
しばらくの間、鞠を投げて、返ってきたのを受け止めて、というのが続く。
シュールだ。
一歳や二歳の子供相手にやっているのなら、楽しいのかもしれないけど、何せ相手がはっきり見えないし、おそらくは幽霊の類だ。
楽しくない。「自分は何でこんなことをしているんだろう?」という気にもなってきた。
ひょっとしたら、向こうも飽きたのかもしれない。しばらくしたら、鞠が帰ってこなくなった。
よし、これで大丈夫だろう。寝ることにしよう。
でも、寝たら寝たで何かあるのかな。
夜、目が覚めたら、あの日本人形がすぐそばにいるのかもしれないな。
……なんて考えているうちに、次第に瞼が重くなってきた。
気が付いたら朝だった。
庭の方を見るとスズメが楽しそうにかけまわっている。
のどかな風景だなぁと思っていたら、突然、鷹が舞い降りてきてスズメ二羽を足でわしづかみして上がっていってしまった。
田舎だから、鷹もいるのかな。
堂仏の友達じゃないよね。
そうこう考えていると、人形たちが朝食を運んできて、これも美味しく食べる。
うーん、いい部屋だったなぁ。
九時、僕は玄関に向かった。
木房さんと堂仏も同じタイミングで出て来た。魔央も玄関に待っている。
「それでは皆さんのお会計ですね。まず、木房さんは……398円です」
安っ!
「あ、あれだけの部屋がサンキュッパでいいのでありますか?」
「はい。真っ暗な部屋を更に黒くしてくれて、幽霊の満足度が高かったみたいです」
なるほど、彼女の闇を操る力がこういうところで役に立ったわけか。
「次に堂仏さんは、マイナス4万3000円ですね」
マイナス43000円? どういうこと?
と思ったら、魔央がお札を取り出している?
もしかして、マイナスって、宿が客に払うってこと?
一体、何をしたんだ?
「日頃見ることのないゴリラやクマさんと一緒にいられて、みんな大満足したみたいですね」
「へへへ、泊まったうえにお金まで貰っちゃって、悪いな~」
堂仏は思い切り照れ笑いを浮かべている。いいなぁ。
最後は僕だ。
一体、いくらなんだろう?
「えーっと、悠さんは……1633万円です」
「ブッ!」
先ほど飲んだ朝食後のコーヒーを噴出してしまった。
「な、何でそんなに高いの!? というか、170万円以上はないんじゃなかったの?」
「えーっと、夜中に幽霊さんとポルトーガイストさんが楽しんでいたら、同居人に文句を言われて、何も言い返せなくて、ここ数百年で一番の屈辱を味わったって、みんな憤慨しています」
「えっ、それって……」
僕はずっと寝ていたよ。
夜中に幽霊もポルトーガイストも見ていないよ。
「千瑛ちゃんの仕業か!?」
『……だって、休もうとしていたら低レベルな騒ぎ方しているんだもの。思わず泣くまで説教してしまったわ』
酷すぎるでしょ!
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