第8話 限界突破

「さあ、やってみせるのだ! 時方悠ときかた ゆう!」


 滝の上から我秀胤十兵衛がしゅういん じゅうべえが叫んでくる。


「悠さん、頑張って!」


 魔央も無邪気に応援してくる。



 ええい、やるよ。やればいいんでしょ。


 爺さんはともかく、魔央はそんなに鍛えているとは思えない。


 それでもさっきみたいなことができるということは、この滝の下には何かしら霊力みたいなものがあって、一般人でもピョーンと飛び上がれるのかもしれない。


 きっと、そうだろう。


 そうに違いない。



 それなら、僕も飛び上がることができるはずだ。


 腕を回して準備運動をして、滝の下に行く。滝の裏側に入ると、水しぶきは当たらないけどとても冷んやりとしていた。


「よし、行くぞ!」


 僕は大きくしゃがみこみ、全力で飛び上がる!


 そして、すぐ着地する。



「……」

「……」



「こらぁ、何をふざけておるのか!?」


 十兵衛爺さんの怒号が届いてきた。


「ふざけていないよ! そんなところまで飛び上がれるわけないでしょ!」


 重力がかからないとか、引力がないのではという期待は脆くも打ち砕かれた。


 滝の下だろうと、裏だろうと、普通に地面だった。


 むしろ下が水なので、飛び上がるにはよりマイナスだ。


「ぬぅぅぅ、最近の若い者はたるんでおると聞いておったが、まさかここまでだったとは」


 十兵衛爺さんがあんまりなことを言いながら、降りてきた。


「ええい、もう一度やってみい!」


 と言いながら、僕の背中の一点を強烈に指圧する。


「痛っ!」


「構わず飛ばぬか!」


 あんまりすぎる。


 何で久しぶりに立ち寄った故郷で、こんな理不尽な目に遭わなければならないんだ。


 そう思いながらも、とりあえずもう一回飛ぶことにした。


「えぇっ!?」


 しゃがみこんだ時点からして、もう違う。


 勢いが先程の数倍はあり、更に地面を蹴りだす力も数倍。


 数倍の二乗効果で数十倍?



 ともあれ、僕は一度目とはくらべものにならない勢いで激しく飛び上がったのだけれど。


「あ~れ~」


 タイミングを間違えたのか、真上には飛ばず斜め上の方に飛んでしまった。


 僕は数十メートルほど飛び上がり、滝の横にある林の中へと突っ込んでしまった。


「痛たぁ!」


 木々の葉や枝をまき散らしながら僕は地面に落下した。


 葉とか枝が緩衝材となったから、衝撃はそれほど大きくない。


 だが、尋常ではない痛みだ。今までの人生でここまでの痛みは感じたことがない。


「おおぉ!? 時方悠? どこに行ってしまった?」


「悠さーん」


 遠くから微かに僕を呼ぶ声が聞こえる。


 返事をしようとしても、全身が痛すぎて声も出せない。


 何でこんなに痛いんだ?


 確認したいけど、深い林の中で真っ暗だ。



 だから、考えてみるしかない。


 十兵衛爺さんは僕の背中を刺激した。


 想像するに、あれはいわゆる火事場のくそ力的なやつを出せるようにしたのではないだろうか?


 人間の筋肉は限界まで使えば、とんでもないことになると言う。だけど、そんな力を出すと体自体を破壊してしまうので通常、三割くらいに制限されているという。


 それを彼は解除し、そのために僕は限界を超えた跳躍ができたに違いない。


 ただし、それは当然僕の身体を破壊することを意味する。筋肉の限界を超えたところまで使ったので、足の筋肉が破壊されてしまったのかもしれない。



 ……仮にそうだとしたら、今、そこまでする意味あるの?


 限界を超えた力を出すなら、もうちょっとこう、例えば全く勝ち目のない相手がいるとか、誰かを助けるために転がってくる岩を止めなければいけないとか……

 そういう重要な場面でやるべきじゃない?


 単なる練習で、身体壊しまでして限界を超える意味が、どこにあるんだろう?

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