第6話 我秀胤十兵衛①

 次の日、僕と魔央はバスに揺られて実家の最果村へと向かっていた。


 もう一人の眷属けんぞく候補・我秀胤十兵衛がしゅういん じゅうべえに会いに行くためである。


 今回に限って二人きりなのには、残りのみんなは引き続き吉利真面目を観察する必要があるからだ。もちろん、邪魔はしないけれど、邪魔をしなくても有害なことをするようならば、何とかしなければならない。


 昨晩、此花婆さんに報告した際にも「どうしてもというのなら、消すことも差し支えない」という物騒な許可をもらっているからね。



 ということで、今回は武羅夫と武蔵はついてきているが、それだけである。


「我秀胤先生は凄い人なんですよ」


 魔央が見せてくれた動画には、70歳くらいのムキムキのお爺さんが拳一発で山を割り、蹴り一発で火山を噴火させて、二発目の蹴りで噴火を止めるシーンが映っている。


「……」


 これはさすがに誇張だろう。


 とはいえ、体つきを見るだけで恐ろしそうな爺さんだ。この爺さんが動画並にパワーアップしたら、人間にとっては災厄となるだろう。


「でも、魔央はこの人から教わっていたというけれど、何を教わったの?」


「それはもちろん、空手とかムエタイとか……」


「そうなんだ。なら、結構強いんだね」


「そんなことはないですよ。我秀胤先生のように火山を噴火させて止めるなんて、できないですから。でも、全力でやろうとするとウルグアイが沈むからやめろ、って言われました」


「ウルグアイ?」


 ウルグアイというと南米の国だったよね。


 何でウルグアイが沈むんだろう?



 バスは終点の最果村入口まで着いた。


 ここから集落までが遠いんだ。確か40分くらい歩くはずだ。


 でも、魔央は村とは違う方向に向かう。


 我秀胤十兵衛は武道家のようだし、人里離れたところに住んでいるのだろうか?


 最果村は山奥にあるから、基本的には涼しいけれど30分も歩いていると汗ばんでくる。


 これで村まで更に一時間歩くとなると、かなりの運動になりそうだ。


「あそこですね」


 魔央が指さす先には、滝があった。


 その途中に岩肌に、一件の小屋が建てられている。


 いやいや、滝の満々中じゃないか。こんなところで生活なんてできるのか?


「先生~」


 魔央は構わず呼びかけている。



 ……冷静になるんだ。


 今まで、散々、怪奇現象も超常現象も見てきている。


 滝の中の小屋に住む人間がいるくらいで、今更驚く僕ではない。


「ここじゃ」


 返事が下の方からした。


 視線を落とすと、何と、滝の中に正座して座っている白ふんどしの老人がいる。先ほど動画で見ているから間違いない。我秀胤十兵衛だ。


「おぉ、魔央嬢ではないか。む、隣にいるのは彼氏かな?」


 いかにも無骨な老人という雰囲気だが、かけてくる言葉は軽い。



 魔央はどう答えたらいいのか迷っている。


 まあ、現時点ではお互い恋人って感じではないからなぁ。魔央がこちらをどう思っているのかは分からないけど、僕は友達感覚だし。


「世界を滅ぼさないための監視人みたいな存在です」


 無難な答えをしておくことにしよう。


「ほう、破壊神の監視人……?」


 我秀胤が立ち上がった。「ハアッ!」と叫ぶと、滝の流れが逆流しはじめた!?


「よろしい。破壊神の監視人の力、一つこの我秀胤十兵衛が試すとしよう」


 そう言って、こちらの方に向かってくる。



 あれ、この展開って、僕が彼と手合わせすることになるの……?


 そんな話、一つも聞いていないんだけど?

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