第13話 静かな午後がやってくる

 天見優依が近づいてくる。


 僕は思わず一歩下がろうとしてしまった。


 ただ、彼女の能力的には逃げても無駄だろう。



『悠ちゃん! もうすぐツアーが終わるから、必ず会いに行くね☆』


 彼女はそう言ってニッコリと笑い、また後ろの方へ駆け出していった。



 何があったのかは分からないけど、脱力した。大きく息を吐いた。


「違います……、そうじゃないんです……。私はそんなつもりは」


 ブロットは完全に魂を壊されてしまったかのように、ぶつぶつと何かを言い続けている。


 と、一台の黒塗りの外車が近づいてきた。そこから二人の男が飛び出て来る。一人はブロットと同じような北欧人ぽい人、もう一人は少し浅黒い中東にいそうな雰囲気の人だ。


「リーダー! ダメだ、これは精神がやられている」


 そんなに簡単に精神がやられたと分かるものなのだろうか。正直、分からないけれど、二人はブロットを車に回収してそのまま走り去って行ってしまった。



 ようやく、場が静かになった。


 余りの騒動に警察でも呼ばれないか不安になったけれど、何だか周りの全員が落ち込んだ雰囲気だ。ひょっとすると、直撃ではないけど、天見優依の「大っ嫌いです」という言葉にかなり希望を奪われたのかもしれない。


 しかし、拒否反応を示すだけで相手を廃人にしてしまうとは、改めて恐ろしい能力だ。


 世界を滅ぼすことはできないにしても、人類を破滅させることなら、天見優依一人でできるのではないだろうか。世界中の端末やら電波に乗って移動できる千瑛ちゃんとのコンビは危険過ぎる。



 ただ、それ以上に、彼女が僕のことを「悠ちゃん」と呼んでいたことが気になる。



 冷静になって振り返ってみるけれど、僕と彼女の接点は全くない。


 それこそ、調べ始めたのも魔央が知っていたから、というあたりからだ。名前は知っていたけれど。


 となると、やはり僕の早合点かもしれない。


 さっき考えたように「ユウちゃん」自体はいくらでもいる。



 僕に裸踊りをさせようとした千瑛ちゃんである。


 僕がうっかり間に受けて、「天見優依は僕のこと知っているんだよね」とか調子のいいことを言い出したところで、「彼女が言っていたのは完全な別人よ。何、自分だと思って調子に乗っているのかしら」と淡々と馬鹿にされる可能性がある。


 うん、まだ決めつけるのは危険だ。




 全てが片付いてしまったので、僕は戻ることにした。


 この結果をどう受け止めればいいのかは疑問だ。


 オクセル・ブロットについては完全に倒したということになるのだろう。倒したのは僕じゃないけど。


 ただ、ブロットがどこまでの存在だったのかが分からない。


 彼を回収した二人は「リーダー」と叫んでいたけれど、それは完全な組織のリーダーだったということなのか、あるいはプロジェクトのリーダーだったということなのか。


 彼は恐るべき存在とも見えたけど、鬘の件など、かなり間の抜けたところもあった。


 意外とたいしたことのない存在だったのかもしれない。



 そう考えると、何も終わっていないのかもしれない。


 天見優依の件も含めて、謎と分からないことだけが増えたとも言えるだろう。



 時計を見るとちょうど正午だった。


 午後は学校に行こうかな。

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