第9話 記者会見

 午前八時。


 僕は魔央と先輩とともに記者会見の模様を聞くことになった。


 会見場にいる三人を見て、僕はどういうことか理解した。


 そこにいるのはオクセル・ブロットともう一人若くて長身な人物、あとは長身の女性だった。


『株式会社時方産業ときかたさんぎょうのCOO・オクセル・ブロットです』


「これが株式会社時方産業の登記簿とうきぼデータみたい」


 と、川神先輩から渡された会社の履歴事項全部証明書りれきじこうぜんぶしょうめいしょには代表取締役として僕の名前がある。


「つまり、僕を勝手に社長にしたということ? そんなことができるの!?」


 気づいたら社長になっていましたとか、そんなことはあっていいのだろうか?


「良くはないけど、まあ、出来ないことはないんじゃないかしら。ジャーブルソンの力なら法務省の情報にハッキングして、勝手に会社データを入れることくらいは容易だろうし」




 こちらは憂鬱な雰囲気だが、会見場もピリピリとしている。


『早速ですが、無償でエネルギー供給を行うと宣言した点についてお聞きしたいのですが』


『言葉通りです。もちろん、無償とは申しましても、ランニングコストや設置コストはかかります。従いまして、全くの無償ということはありませんが、一度家庭に設置すれば月に5ドルもあれば5人家庭の一か月分は余裕で供給されます』


 どよめきの声があがった。


 一か月の電気代が5ドル。つまり1000円もかからないと言うのだ。


 これで確実な供給がなされるのなら、既存の電力会社は不要になってしまう。しかし、そんなことがありうるのだろうか?


『一体、どのような方法でそれだけ低コストでエネルギーを確保できるのでしょうか?』


『それについては全てシークレットです。詳しいことを知るものはCEOのみです』


『つまりCEOの時方悠氏が全てを知っていると?』


『その通りです。ですので、CEOは常に暗殺の危険を背負っていますから、この場に出ることはできません』



 く、くっそう……


 ジャーブルソンめ、電力の破壊的な低コスト化を全部僕に押し付けて、反対勢力に暗殺させようという肚なのか。


「おそらく、電力無償も彼らの計画に入っているのでしょうから、一つの仕掛けで二つの成果を手に入れることができるわけね」


「でも、電力を独占して利益をあげようという考えはないのかな?」


 仮に20ドルくらいにしたら、それだけでものすごい利益が入りそうなものだけれど。


 と思ったら、同じ疑問は記者ももっていたらしい。


週刊憤激しゅうかんふんげき四里泰子よんり やすこと申します』


 僕は思わず頭を机に打ち付けそうになった。


 いや、まあ、彼女は記者だから、そこにいること自体はおかしくないんだろうけれど。


『パンフレットによりますと、時方産業はスウェーデンのウプサラと東京に拠点があると聞いています。しかし、今回の発表では中国をはじめとしたいわゆる同盟国以外にも無償提供するとあります。この点についてお伺いしたいのですが』


『水やエネルギー、食糧といった基礎インフラに国境はありません。あと一々区別するのも面倒なので、全員に無償提供します』


『両国政府から何らかの要求をされてはいないのでしょうか?』


『ありません。また、彼らにそんな権限はありません。我々の発電は政府や行政の施設に頼っているわけではありません。きわめて基礎的なものを使ったものであり、強いて言うなら許可をもらう対象は地球だけということになりますね』


 四里はなるほどと引っ込んでしまった。


 その後、幾つかの質問もあるが、いかにも日本的ななあなあの質問ということもあり、深く突っ込んだ質問は来ない。

 オクセルは難なく質問に答えているようだった。




 無償の電力に、空気中の端末。


 これがあれば、確かに誰でも競争に参加できそうだし、そうなった先には彼らの望む絶対評価による進化があるのかもしれない。


 そういう点では筋は通っていると言えるのだろう。




 世界にとっては大変なことになりそうだが、この状況下で僕は何をすべきなのだろうか。


 答えは出てこない。


 この時、鬘のことは抜きにして、もう一度オクセルと話をする必要があるのではないか、と思った。

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