第3話 性差は劣位概念

 突然、筋尾組長の電話が鳴った。


「あんたか……? あぁ、あぁ、そこにおる」


 手短く話を終えて、僕を見た。


「もう中に入ったらしい。間もなくやってくる」


「分かりました」


 誰のことかはわざわざ言わなくても分かる。


 今更ジタバタしてどうなるわけでもないし、そもそも彼が僕達をどうするつもりなのかも分からない。待つしかないだろう。



 10分が経った。


 少し遠くから、四里と木房さんの歓声らしい声が聞こえてきた。何かのアトラクションに乗っているらしい。いい気なものである。


 再度組長の電話が鳴った。待ち合わせ場所を指定して、そこに細かく電話する友人同士のようだ。


「あぁ、見えましたよ」


 声がした方向を振り向いた。


 先ほど、空間モニターで見たその姿のままのオクセル・ブロットが現れる。


「やあ、皆さん。お待たせしました」


 笑うと、イケメンの風貌も相まってかなり爽やかだ。



 ブロットは筋尾組長に軽く挨拶はしたものの、その後はこちらに視線を向ける。正確には僕の後ろにいる魔央と山田さんを見ているようだ。


「ふむ、貴女が破壊神の生まれ変わりという存在ですか。最初にWOAで得た情報を見た時にはまさかと思いましたが」


「そうなんだ。だから、日本政府も色々苦労しているみたい」


「……しかし、そもそも、愛で世界を救うという考えがおかしいと思いませんか?」


 ブロットがこちらに向き直る。


「改めて聞かれるとおかしい、とも言えるけど、他に方法はないみたいだけど?」


 いや、方法はあるのかもしれない。


 それこそ木房さんが言うように79億9000万人を消し去ってしまうとか、極端な方向にバッサリとやれば行けるのかもしれないけれど、さすがに常識人がやるべきではないだろう。


「……常識人ですか。君は中々面白いことを言いますね」


 あれ、うっかり口に出したのかな。ブロットが反応した。


「常識というのは多数派のこと。しかし、生物の歴史は進化に適応した少数派の勝ち残りの歴史です。常識を持ち出すということは、すなわち自分達が進化できないということを主張しているに等しいものなのです。進化が必要とされている時代に、常識をもって対抗しようなどちゃんちゃらおかしい話です」


 ブロットは楽しそうに言った。




 本当に面倒くさい奴だなぁと思った。


 ただ、ブロットとしてみれば筋は通っているのだろう。常識というか周りを気にするような面々はもう置いていってしまえ、残った絶対評価の連中が進化させていくのだ、と。


 大量の抹消が伴うという点では木房さんとブロットは似通っているが、木房さんは善性においているのに対して、ブロットは進化論的な考え方だ。逆にブロットの場合、進化を志す者が増えれば人口は多くても困らないことになりうる。



「愛というのは退化的な概念なんですよ。そもそも、何のために愛は存在するのですか?」


「何のためと聞かれると難しいけど、愛を通じて社会が安定して、家族が安定して、子々孫々が繁栄していくんじゃないのかな?」


 ブロットは進化論的な考えが極端だから、そこに合わせて答えてみた。


「子々孫々という点では、愛はいりませんね。今やクローン技術を人間に応用することも、体外受精の技術もどんどん進化しています。数年すれば、同性同士でも、いや、単為生殖すら可能となるでしょう。世にLGBTという言葉がありますが、わざわざそんな言葉を使う必要もないほど当たり前すぎることなのです」


 権利用語を使うところは、北欧人ならではというところだろうか。


「20世紀までの人類はそれしか子孫を残す手段がないので、異性を何とか誘惑し、交尾をしてきました。しかし、これからの人類にはそんな手間はいりません。気になる相手がいれば同性だろうが異性だろうがこう言えば良いわけです。『私の遺伝子と貴方の遺伝子をかけあわせてみましょう』。お互いの髪やら垢から必要なものを作り出し、交配させる。五分で終わることです。あとは胚の成長を見て、育成するか廃棄するか決めるだけですから」


「性差すらいらないってこと?」


「いりませんね。常識人という愚か者は性差があることが進化の証と独りよがりに思っているようですが、バイオマスという観点では性差のない微生物やら植物の方が遥かに成功しています。心身の能力を伸ばすべき若い世代の人類がかなりの時間を異性のことに費やし、進化を疎かにしているのは望ましくありません」


「……」


 確かに、同級生には女の子のことしか考えていないような奴も結構いたなぁ。


 僕も幼馴染の新居千瑛が死ぬなんてことがなければ、彼女と遊ぶこととか考えていただろうし。


「性差はなるべく無しにすべきです。とは言っても、そのままだと難しいので当面は科学去勢して、そういうことを考えられないようにすべきでしょうが」


「いくら何でも極端過ぎない?」


 僕の指摘にブロットはニヤッと笑う。勝ち誇るかのような笑みだ。


「もちろん任意の選択制でも構いませんよ。親はどちらを選ぶでしょうか?」


「……日本人は去勢するだろうね」


 子供が異性のことを考えなくなって、勉強や趣味に集中できれば成功できる可能性は高い。それでいて、別に子孫を残すことに支障はないとくれば尚更だ。


 強いて難点があると言えば、精神の充足とか安らぎがあるのかなぁということだろうか。



 というか、誰も援護してくれないの?



 魔央は基本傍観者だし、山田さんもこういう話は乗ってこない。


 知恵の使徒は金タライ持って裸踊りしない限りは戦線復帰してくれないだろうし、完全に孤立無援じゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る