第19話 須田院阿胤

 次の日、僕は川神先輩の車で奥多摩の方へ移動していた。


 服部武羅夫はっとり たらお佐々木武蔵ささき むさしを復活させられる唯一の存在という須田院阿胤すだいん あいんがこの奥地で一人研究しているというのだ。


「彼女は、人間社会との関わり合いを基本的に避けて、一人で研究しているわ」


 ちなみに何かあると面倒なので、魔央まおはついてきていない。


 山田さんや木房さんにも声はかけていない。


 でも、川神先輩と二人きりでも何かが起きるということはない。


 この人は、ボイスターズの試合と、ボイスターズファンとしての勧誘をしてくる時はどんな常識も通用しないが、それ以外の時はいたってノーマルだ。


 つまり、今はまともな人なのである。



 走ること二時間、既に舗装された道路はなくなり、土の道を進んでいる。


 最終的に止まった場所は、富士の樹海の入り口を思わせるような場所だった。


 車を止めた途端、木々の一部が左右にスライドした。地下へのエスカレーターが進んでいる。地下迷宮を思わせるような場所だが、エスカレーターで入るのは新しい。


 エスカレーターは結構続いている。


「これだけのものを作るとなれば、かなりお金がかかったんじゃないかな?」


「どうかしたね。須田院は多くのアンドロイドやAIを開発して、それらに任せただろうから、労力はほとんどかかっていないかも」


 それは凄いなぁ。


 となると、武羅夫と武蔵が復活することも期待していいのかも。




 エスカレーターと歩く歩道で進むこと10分。


 僕達はコンピューターの制御室のような部屋へと案内された。


「これは凄いな……」


 壁のいたるところに回線がめぐらされていて、時々怪しく光ったりピピッという電子音のようなものを鳴らしたりしている。


「お嬢様、ようこそ」


 その奥のテーブルに白衣をまとった女が座っていた。キリッとしたやや怖そうな顔立ちだが中々の美人ではある。左目は義眼なのだろうか、かなり特殊な光を放っている。


「あなたが時方悠ときかた ゆう君ですね。私は須田院阿胤、天才須田院様と呼んでくれて構いませんよ」


「えーっと……」


 ボケているのか、本気で言っているのか判断できない。


 何せIQ300だ。僕のような一般人とは考えていることが違うだろう。


「浄化された二人が復活できると聞いたのですが、本当ですか?」


「もちろんです」


 須田院は即答し、コンピューターのキーボードを叩きだす。


「昨日、お嬢様からの連絡を受けて、服部武羅夫と佐々木武蔵に関するあらゆる情報を集めました。そのうえで、二人の残置物からDNA型なども検出済。全てのデータがある以上、生き返らせるのは至極簡単です」


 パチパチとキーボードを叩いて、最後にターンと強く叩いた。多分Enterキーだろう。


 部屋の一角にあるモニターが大きくなった。そこにカプセルがあり、中に武羅夫と武蔵がいる。


 ピーという音とともに、カプセルが開いた。


「ここは……? 早く悠と魔央ちゃんのところに戻らないと」


「一体何があったのでござる? 拙者は聖女聖良の光を浴びて、その後はよく覚えていないでござる」


 二人が身を起こした。すぐに着替えて、近くにいた人に場所を確認している。




「あの……」


 僕は須田院に確認する。


「……これって、復活したというよりも、新しく作り直したという方が正しいんじゃないでしょうか?」


 昨日浄化されてしまった武羅夫と武蔵が蘇ったわけではない。


 新しく作った人間型肉体に記憶と能力を埋め込んだだけである。


 もちろん、経緯を知らない人間にとっては全く同じ存在に見えるかもしれない。例えば魔央が二人を見たら、「生き返った」と思うかもしれない。魔央はそもそも二人が浄化されたことを知らないけど。


 僕から見た場合……、少なくとも生命の連続性を認めることはできない。


「時方悠君、細かいことを気に病んでいるとストレスで若禿げになりますよ」


「余計なお世話ですよ」


「世界は五分前に始まったという説をご存じですか?」


「一応は」


 実は世界は五分前に始まったもので、それ以前の記憶は全部作られたもの、というものだ。


 科学的な説というよりは、思考を巡らす題材としてあるみたいだけどね。


「私にしても、貴方にしても、今朝起きた自分と、昨日寝た時の自分が間違いなく繋がっているという確信はありません。それとも、時方君は証明できるとでも」


「それはできませんが……」


 恐らくこれ以上話をしても堂々巡りになるだけだろう。時間の無駄だし話を切り上げるしかない。



「まだ何か質問やら確認事項がありまして?」


「質問ではないですけれど、二人をあれだけ作り直せるまでデータを集めるというのは凄いですね」


 二人が生き返ったという表現には抵抗があるが、二人がほぼ当人そのものであることは否定しようがない。それは単純に凄い。IQ300もネタではなく本当なのだろうと思えてしまう。


「フフフ、それはさすがに私一人ではできません。3年後には世界の支配者となる最強AI・MA-0えむえー・ぜろが集めたものですわ」


 彼女はそう言って、満面の笑みで後ろのコンピューターに手を触れる。


 ぽんぽんと、労うような様子で、軽く二度叩いた。



《第二章・紅く燃えよ横浜 了》

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